22. ヴァンドラ 3
ルルフェルが戸惑っていると、グッと拳を膝の上で握りしめ、何らかの覚悟を決めたような雰囲気の紺くんが、パッとこちらを向く。
その目は歪められていても、キラキラとした輝きを放っており……
「な……あの、ほんの少しなので!ほんの少しだけ撫でても……!!?」
「あ!?あ〜……あ……」
ルルフェルは拍子抜けしてしまった。撫でたかっただけかい。
(テイマー的な何かの琴線に触れたんだろうか?)
ここで断って、関係悪化するのも怖いし、別に撫でられるのはイヌ科故好きな方だ。
それに、背中に乗せてるし、正直今更な気がする。
最初こそ警戒していたが、今どうこうされるなんて思わないし。
「別に良いよ」
ルルフェルはそのままゴロンとソファに横になった。
「ありがとうございます!」
目を輝かせた紺くんが首から背中にかけて撫でてくる。
ただ撫でるだけでなく時々揉むので、撫でられているというより、力加減が絶妙なマッサージを受けている気分だ。
流石将来のテイマー星5というべき才能なのだろうか……まるで熟練のトリマーさんに施術を施されているような気持ち良さである。
凝っていたのだろうか?頭の付け根を揉まれると眠気が襲ってきて目がとろりと揺れてしまう。
争う気持ちはあるのだが、うーんそこそこ、とつい人に飼われて野生を失ってしまった犬のようにどんどん力が抜けていく。
尻尾を振るのをやめられない。
ふとその様子をヴァンドラが驚いたように見つめているのに気づき、ルルフェルは咳払いをしながら慌ててシャキリと姿勢を正した。
危ない危ない。
(犬じゃないんだ、俺は狼。狼。狼!)
そしてふと考える。
(そういえば前世とかの創作では普通、転生者の方が異世界の大きな動物をモフモフして楽しんでいた気がするのに、なんで俺は逆なんだろうか)
そんなことをぼんやり考えていると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」とヴァンドラが返事をすると、飲み物が乗ったお盆を持った、先程の受付嬢、タニアが入室してくる。
「お飲み物お持ちしました……って、え!」
ルルフェルとタニアの目が合う。
「なにこのわんちゃん、おっきくてかわい〜!」
「タニアは怖くないタイプか」
ヴァンドラが言うと、タニアは飲み物をローテーブルに置きながら頷いた。
「はい、うちに大型犬いるので。もうおばあちゃんなんですけど……とてもいい子なんですよ〜」
飲み物を置き終わったタニアが、どこか懐かしむ目でルルフェルを見た。
タニアは紺くんの方を向くと「この子、ちょっとだけ撫でてもいいかな?」と聞いた。
「え」
十中八九、ルルフェルを紺くんのペットだと思ったのだろう、誤解された紺くんはあまりの恐れ多さに固まった。
ルルフェルにとって不本意ではあるが、まあ、普通の人は大型犬サイズのイヌ科を見て、それがフェンリルだとは見抜けまい。
「ああ、タニア、そこにいらっしゃるのはお客様だから」
ヴァンドラがそっと止める。
だがルルフェルは別のことを考えていた。
(これって……もしかしてラッキースケベというやつなのではないだろうか?)
綺麗なお姉さんに撫でてもらえる……転生する前は全く考えたことがなかったシチュエーションだが、女性に優しくしてもらえるのは悪い気はしない。
ルルフェルだって、神獣の記憶もあるとはいえ、今は19歳の男性に近いのだ。
せっかくイヌ科になったんだったら……少しくらいは……ねえ?
下心を優しさでカモフラージュしながら、ルルフェルは改めてタニアが撫でやすいように身体を半分紺くんの膝の上に乗せ、近づくと、そのまま姿勢を低くした。
ヴァンドラが軽く眉を上げ、紺くんが驚いた気配を見せる。
一方タニアは素直に喜んだ。
「え?もしかしていいの?ありがとう!」
彼女の手が伸びてきてルルフェルの毛に触れる。
ビクリと紺くんの膝が跳ねた。
と、同時に優しい微笑みを浮かべていたタニアの顔がにへらっと歪み、手に力が込められた。
「きゃー!うっわあ何この子フワッフワ〜!!!いい子、いい子ね〜!」
ルルフェルは、急にとんでもないハイテンションになったタニアに、ばるるるっと予想の数倍の激しさで首回りをわしゃわしゃ撫でられた。
「!!!」
ヴァンドラと紺くんに緊張が走るのを感じ取る。
ルルフェルも想像してなかった勢いに思わず身体をこわばらせた。
タニアの撫で方は完全に人好きのゴールデンレトリバーに対してするような撫で方であり、ルルフェルが神獣だと分かっていたら絶対にしなかっただろう撫で方だ。
なんなら犬吸いというのだろうか、今は顔を近づけてルルフェルの匂いも嗅いでいる。
(なんてこった――)
ルルフェルは密かなショックに目を閉じた。
悲しいことに、特に何も感じない、むしろちょっとだけ自分が減ったような気がして嫌――というのがルルフェルの正直な感想だった。
(撫でられるのは嬉しいはずなんだけど、将来確定星5テイマーのゴッドハンドの後だからかな……なんか撫でられ方想像と違うし……いや、優しく撫でられると勝手に期待していた俺も俺か……。というか本当に犬が好きなのね、タニア……)
げっそりしてしまったルルフェルは、数秒撫でられたあと、自ら起き上がり、とぼとぼ元の位置へ戻った。
それでもタニアは満足したみたいだった。
ピリつきながらルルフェルの出方を伺う外野の雰囲気になど一切気づかずに、ふーう!と幸せのため息を漏らす。
「撫でさせてくれてありがとね〜!」というと、お盆を持って背を伸ばす。
ルルフェルは数度尻尾を揺らし返事をした。
タニアが退室すると、ふう、と今度はヴァンドラが息を吐いた。
「タニアが悪いね……寛大なご対応感謝するよ」
「別に気にしない」
下心があっての行動だったので、ルルフェルはそれがバレないか内心ソワソワしながら、ブルブルと全身を横に揺らし気持ちを入れ替えた。
「撫でられるのは嫌いじゃない。突然触られるとかそういうのでなければ、特に問題はない」
「へえ」
スッとヴァンドラの両手が膝から僅かに浮いた。
「じゃ僕も……あっ」
撫でられの気配を即座にキャッチしたルルフェルが、ポンと音をたて人間に戻る。
いくら撫でられるのにそこまで抵抗感は無いとはいえ、今は成人男性のごつい手は遠慮しておきたい気分だった。
「ちぇ」
ヴァンドラは残念そうに手を下ろした。
「もふもふしたかったのに」




