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神獣フェンリルはテイムされたくありませんっ!〜けど俺をテイムするはずの主人公に義務教育が足りてなさすぎるのでまずは教育しようと思います〜  作者: 咲田陽
第1章 魔の森

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0. プロローグ 主人公襲来

広大な森の中。グリズリーベアの大群が、巨大な竜に襲われている。

竜は、逃げ惑うグリズリーベアを軽々とその巨体で押さえつけると、半分に引きちぎって飲み込んだ。


この竜は、カイザードラゴンという種で、過去に大きな街すら一瞬で壊滅させたことがある恐ろしい存在である。

竜は、新たな狩場を求め、この魔の森と呼ばれる所へ飛来した。


木々を巨体で押し退け、倒しながらグリズリーベアを食べていく。


と、竜の目が上を向いた。

生まれて初めて感じる、恐怖という感情に戸惑い、その長い首を持ち上げ――


――竜の意識はそこで途切れた。


硬い鱗に覆われているはずの竜の首は、綺麗に切り落とされていた。

ズズンと竜が崩れ落ちる様をフェンリルは見守る。


このフェンリルこそ、風魔法を放って竜の首を斬り落とした張本人だ。


「今日は運がいいな。竜は首が長いから狩りやすい」

そう言って、フェンリルは竜を食べ始めた。

食べきれない部分は放置して行く。

グリズリーベアどもが戻ってきて残りを食べてしまうだろう。


腹を満たし、満足したフェンリルは、巣穴に戻るために駆け出した。


――――――


神獣フェンリル。


その名を聞けば、人々は憧憬と敬意を抱き、目を輝かせる。


何故か。

彼は、かつて創世神である女神エルサと、4柱の神獣達と共に魔王を討ち倒し、この世界を絶望の淵から救った生きた英雄だから。


そして現在は魔物犇く、通称『魔の森』の支配者として、君臨している存在だから。



黄金色に輝く、美しい毛並みを纏った、1匹の巨大で孤高な狼――


その姿を実際に目にすることができるのは、ほんの僅かな幸運な者だけである。



――――――――



……というのが世間の認識である。


神獣フェンリル


色々ご大層なことを言われているようだが、現在の彼はその実ただの「引きこもり」であった。


勝手に魔の森の支配者だなんだと言われているが、フェンリルはただそこに住んでいるだけである。


確かに彼の住処は魔の森の中心あたりに位置する、森全体を一望できるほど高い崖の上にある。

ボスが住んでいそうな場所だ、それは認めよう。


だがその場所に住み着いた理由だって、ただただ景色がいいのと、他の魔獣に滅多に邪魔されることがないからでしかない。



(だが……)

フェンリルは帰ってきた崖の上の巣穴で、ゴロリと寝そべりながら、ゆったりと目を閉じた。


(誤解される分には構わない)


どうせフェンリルはこの巣穴を終の棲家とするつもりだった。今更どこかへ行くこともあるまい。

会うこともない、どこぞのだれかに誤解されるくらい、どうということはなかった。


それに噂が1人歩きした結果、うまい具合に人避け魔物避けになってくれている。

己の寿命が尽きるまで、邪魔されずに穏やかに過ごしたいフェンリルにとって、この誤解はむしろ好都合でさえあった。


こうして今日もフェンリルは寝続ける。

誰とも関わることなく、1匹でひっそりと……


そのはずだった。


ぴくり。

フェンリルの耳がピンと立ち、目が開けられた。


フェンリルの思い違いでなければ、1人の人間が真っ直ぐ自分の巣穴を目指して、高く切り立った崖を登ってきている。

それも、すごくちっぽけで弱っちい人間が。


(そんな馬鹿な)

フェンリルは考えた。

これはフェンリルに食べられたい自殺志願者か、自分の力量もわからない阿呆でも来たのかもしれない。


(ああ、面倒くさい)

フェンリルは、身体を微動だにさせず、鼻から深く息を吐くと、再び目を瞑った。


羽虫が来たとはいえ、少し威圧すれば、すぐに去っていくだろう。

それか食べてしまうのもいいかもしれない。

今日の狩りは済ませてしまっているが、追加で人間を1人食すくらい、どうということはない。

人間が消えれば、またいつもの、何事もない凡庸な1日である。


――――――


果たして、フェンリルの巣穴にやってきたのは、1人の少年だった。


いそいそと巣穴まで登ってくると、その少年は入り口付近で膝をつき、きらりと輝く目で真っ直ぐフェンリルのことを見つめる。

そして。


「お休みのところ失礼します!神獣フェンリル様!どうかお願いします。僕を弟子にしてください!」


そう叫ぶと、身体ごと、ガバリと頭を地に伏せ、ごちん!と盛大に額を地面にぶつけた。


さい…さい…さい…ぃ……、……


くわんくわんと広い洞窟の中に彼の声が反響し、消えていく。

ごろりと寝ていたフェンリルは、緩慢な動きで自身の身体を起こした。

しっかり立つと、身体を魔法で小さくしている今でさえ、フェンリルの高さ3、4m程にもなる。

そのあまりの大きさに、少年は思わず身体ごと後退り、フェンリルを見上げた。


フェンリルがこの洞窟に住み始めて数百年。

人間の来客はこれが初めてである。

そして、このようなインパクトのある起こされ方も初めてであった。


(…………さて、どうしてやろうか。)

フェンリルはベロリと口舐めずりし、額が赤くなってしまった少年を見据えた。


――――――


フェンリルの住む魔の森は、その名前の通り、魔獣が多く棲息している地で、非常に危険な場所だ。

だがフェンリルは訳あって、この世の創造神、女神エルサから力を賜わった神獣である。

その為、魔の森ではフェンリルに敵うものはいない。


だから毎日、涼やかな洞窟で真っ昼間からゴロゴロ寝て過ごし、空腹になったらサクッと狩りをしては腹を満たすという、1匹だけの悠々自適な暮らしを送っていた。

フェンリルを恐れてか、今まで彼に直接干渉してきた生物はいない。

いないし、これからも存在しないと思っていた……のだが。


改めて紺色の髪の少年を見下ろす。


そんな中、初めて訪ねてきたのが、このようなひょろっちい、いかにも弱そうな人間の子供とは、興味深い。


(しかも、この私に面と向かって、弟子にしてほしいとな。)


少年は、細い身体にぼろぼろの布きれに近い服を纏っており、ここに辿り着くまでに負ったのだろうか?身体の至る所に細かな傷がついている。

フェンリルをキリッと見つめる大きな目は可愛らしくも力強く、髪と同じ紺色をしていた。そして特徴的なのはその眉毛で、これまた大きく丸い、可愛らしい形をしている。


フェンリルは最初は面倒だから、食ってやろうかとも思ったが、久しぶりの話し相手だしなと思い直す。

小さいながらもフェンリルを前にして逃げなかったのだ。

骨のありそうな子供だし、食べてしまうのは、もう少し会話してからでもいいだろう。


「弟子にしてほしいだと?何故私に弟子入りしようと思ったのだ」

「はい。僕は、僕の住む村で最弱なのです。その為、こちらに住まう神獣であらせられるフェンリル様に鍛えて頂きたいと思い、参りました。」

少年が、村での苦いことを思い出しながら話しているからだろう、顔を歪めながら説明する。


だがそれはおかしい。


「んん?解せんな。それなら村の誰かに弟子入りすればいいだろう。種族も住む場所も違う私に弟子入りする理由がない。」

フェンリルが首を傾げると、少年は驚きに目を見開いた。


「そんな!フェンリル様は村の者を鍛えてくださっていると、皆から聞きました。僕が弱いのは、きっとフェンリル様に稽古をつけてもらっていないからだろうって……!」


はあ、とフェンリルはため息をつく。


「話を聞く限り、そなたは騙されたのだろう。私は弟子なぞとったことないし、そもそも人と会話したのも久しぶりだ。そなた、体よく追い払われたんじゃないのか?」


「そんな……」

少年の顔がみるみる青ざめていき、その大きな目に涙の膜が張る。

せめて泣くところは見せまいとしたのか、少年は歯を食いしばり、俯いた。

その膝の上に、ポタリポタリと水滴が落ちる。

少年はしばらく無言で震えていたが、ようやく口を開いた。


「すみません……。まさか騙されていたとは気づかず……」



「ではもう用はないな?」

ハッと弾かれたように、少年がフェンリルの方を見る。

少年を、暗がりの中から、ギラリと光るフェンリルの翠眼が見下ろしていた。


「まさかここまで来て、生きて帰れるなんて思っていないだろう?」


フェンリルは失望していた。


せっかく自らと向き合える存在がやってきたかと思ったのに。

蓋を開けてみたら、ただの間抜けな人間が、うっかり転がりこんできただけにすぎなかった。


(ならばもう生かしておく理由はない)


フェンリルは舌舐めずりしながら近づくと、そのまま素早く少年をガブリと口内におさめ……



「ペッ!!!」

盛大に吐き出した。


「なんだ、そなたまっずいな!食えた味じゃない、ゲェ、ペッペッオエ〜」


長い舌を突き出してフェンリルは苦しんだ。

まずい、とにかく不味かった。

特に服が、腐って放置された肉にネッチョリしたスライムを塗りつけたような味がして、食えたものではない。


涎まみれで床に投げ出された少年は、どことなく傷ついた顔をしている。

ショックで上手く身体を動かせないのか、床にペタリと座り込んだままだ。


「ウウッゲェッ……はぁ……はぁ……」

苦しみ終わったフェンリルは涎を垂らしながら少年をぎろりと睨みつけた。


「そなた本当に人間か?人間の味がしなかったぞ!」

「……一応、今まで人間のつもりで生きてきました……」

今度は目に見えてしょんぼりした少年が、俯きながらボソボソと答えた。


「はあ〜まあいい。もうそなたは食わん!食わないから、代わりに暇つぶしの話し相手にでもなれ」

フェンリルはやれやれとため息を吐くと、尊大な態度でどすりと地面に座り込む。


少年を崖から放り落とす気力もなかったし、こんなまずいものを食わされたのだ、少年を殺すにしても、何かしら有効活用してから処分してしまいたかった。


「で?そなた、名はなんというんだ?」

あまりの不味さにクラクラしたまま、適当な話題を振ってやると、少年は涎と涙で濡れそぼった顔をフェンリルに向けた。

そして諦めたように、とぼとぼとフェンリルの前に帰ってくると、ストンと座りなおす。


「……僕は、紺と言います」

「ふぅん、紺か。ここいらにしては珍しい名前だな。

ほら、なんといったか……えー……ああそうだ、随分と日本人らしい名前じゃないか。……ん?」

フェンリルは口をつぐむ。

自分で今言ったことが理解できなかった。

あまりの不味さに脳がイカれてしまったのかもしれない。


(私は今なんと言った?

ニホンジンらしい名前?

ニホンジンとは一体……?)


(そんな言葉、知らない。(いや知っている))

急に相反した思考が勝手にぐるぐると脳内を駆け回り、フェンリルは眩暈を覚えた。

揺らめく視界の端に、心配そうな顔をしてオロオロとする紺の顔を捉える。


途端、フェンリルの頭の中に警戒音が鳴り響く。

今日初めて見たはずのその顔に、どうしても既視感を覚える。先程まで、そんな感覚はなかったはずだ。

まさか……自分の中に、知らない記憶がある……?


「うっ」

意識した瞬間、フェンリルの中にドバッと“俺”の記憶が流れ込んできた。

日本という国で大学生として、何気ない日常を生きていた“俺”。

自分の家族のこと、友達のこと、家のこと、周りの背景、食べ物、生活、学校……そしてとある1冊の本のこと。

人間として別の世界で生きていた日常が、走馬灯のように目まぐるしく脳裏を駆け巡る。


(俺……は……)

一気に大量の記憶を取り込み……いや、思い出しすぎてズキズキと頭が痛み、フェンリルの身体が揺れる。


「フェンリル様!?大丈夫ですか!?どうしたんですか!?」

突然のことに目を見開いて驚いている紺の顔を、フェンリルは薄れゆく意識の中で見つめた。


まろ眉に、目尻に丸いまつ毛のあるこの特徴的な顔……


フェンリルは確信した。

……間違いない。


(この子は、俺が前世で読んだ小説の主人公だ!)


その小説のタイトルは、『神獣フェンリル?俺の下僕ですが何か?〜テイマースキル星5の俺は最強でした〜』というもので……


サァッと、今度はフェンリルの顔が青ざめた。


(このままだと俺、めちゃくちゃテイムされて、人生終了してしまうんだが!?)












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