13.やるじゃん
「ぁ……あ、誰か……誰かぁ……」
杖を取り落とし、へにゃへにゃと村長が座り込む。
村長は周りを必死に探すが、もう彼の周りに、無事に立っている村人はいない。
「あとは……あんただけ」
フェンリルはゆっくり村長の前まで歩いていく。
途中、紺くんの方を振り返る。
紺くんは乱闘には参加せず、最初は顔を青くさせて縮み上がっていた。
だが参加こそせずとも、途中から眉を寄せて、しっかり村人たちが報復を受けていくのを見守っていた。
「どうする?君を最も痛めつけていたのは村長なんだろう?君がやるかい?」
「…………」
紺くんが無言のままだったので、フェンリルは村長の方を向いた。
「それともあんたが謝るか?」
紺くんの話によれば、トトルたち若い男は明るい間、そして村長は1人で暗くなってから、わざわざ紺のもとを訪ねてきては暴力を振るっていたという。
村長は日々の鬱憤を晴らすように、持っていた杖を、紺が立てなくなるまで打ちつけた。
それはもう、執拗に。何度も、何度も、何度も。
村長はジャリリと地面を掴んだ。
悔しさに震えるその指先には僅かに血が滲んでいる。
その目が遠くにいる紺を恨めしそうに睨みつけ、「殺しておくべきだった……」と、呪いの言葉を吐く。
紺くんの身体が強張った。
村長はゆっくり視線を上にあげ、今度はフェンリルを虚な目で見つめた。
「あの子供を懐柔してどうするつもりだ?何が目的なんだ……いや、それともあの子供に懐柔されたのか?神獣が人のために動くなんて、何かしら理由がないとだろう」
「……」
フェンリルが答えずに黙っていると、村長はため息をつきながら首を左右に振った。
「大体あなたも……何故血の大切さがわからんのだ……」
フン、とフェンリルが鼻から短く息を吐くと、村長の額にビシリと血管が浮かび上がった。
「……所詮は噛みつくことしかできぬ、人間以下の犬畜生か……!」
「はあ!!?!?」
大声に、フェンリルと村長は揃ってビクついてしまった。
驚くべきことに、抗議の声をあげたのは、それまで黙っていた紺くんだった。
「今の言葉、撤回してください!」
紺くんは大股で村人たちの身体を避けながら、グイグイとフェンリルと村長に近づいてきた。
先程まで固まっていたとは思えない勢いである。
「フェンリル様は、僕を救うために、自分自身では行動を起こせなかった僕のために、戦ってくださったんです!」
「ッ……!黙れクソガキ!世話をされた恩も忘れよって……」
紺くんと村長が激しく言い合っている。
村長は急に言い返すようになった紺くんに僅かに怯みつつも、杖を使い、今はなんとか立ち上がっている状態だ。
途端に蚊帳の外になったフェンリルは、(紺くん……!自分で戦えるじゃないか……!)と感動してその様子を見守っていた。
と、村長が大声を張り上げる。
「殺さないでいてやったのに!使い道を与えてやったのに!その恩返しがこの狂犬を連れてくることか!?」
ゴキィン!
凄まじい音がして……紺くんの足が命中した。
村長の股間に。
(あぁ……)
フェンリルはその様子を見ながら、表面上では平静を保っていたが、冷や汗をかき自分のを縮み上がらせていた。
よく股間を押さえなかったと自分を褒めてあげたい。
あれはいっったそうである。絶対喰らいたくない。
ドサリ……とスローモーションのように村長が倒れる。
あまりの痛さに、身体がビクンビクン痙攣しているし、口からは泡を吐いている。
目がもうほぼ白目だ。
「やるじゃないか」
フェンリルが紺くんに声をかけた。
「俺のために怒ってくれてありがとう」
「それは……僕の台詞です……」
紺くんが、やや困ったように、けどスッキリした顔でフェンリルに笑いかけた。
(自分への攻撃は耐えてたくせに、人のためには怒れるんだな)
ただ優しいだけの、臆病な子ではなかったのだな、とフェンリルは紺くんを見直した。




