9. 理由を述べよ
ビュンビュンと風をきりながらフェンリルと紺くんは森の上を進んでいく。
程なくして、森の外れにぽつんと小さな村が見えてきた。
開けた場所を、木でできた柵がぐるりと四角に囲っており、その中に同じく木でできた掘立て小屋が、碁盤の目状に規則正しく数十軒建っている。
また入り口から村の奥の1番立派な家まで続く、一つだけ幅の広い道があり、フェンリルはどことなく平安京の地図を思い出した。
もちろん規模は遥かに小さいし、住んでる人々の格好は和装ではなく、中世の村人が着ているような服装ではあるが。
まだ昼前だが、既に朝の狩りは終えて帰ってきているらしく、村に人は多い。男も女も、各々の生活をしているのが見えた。
(好都合だ)
フェンリルはあえて気配を消して近づき、村の前に着地すると同時にブワリと、今度は威圧のオーラを放った。
「なんだ!?」
途端に村中が蜂の巣を突いたような状態に陥る。
ざわざわしながらも、流石魔の森の隣に住む者達だ、しっかり槍や剣などの武器を片手にフェンリルの前に姿を現す。
そして村の中心を貫く1番広い通りの先……村の入り口に毛をブワッと立たせた状態で仁王立ちしているフェンリルを認め、足を竦ませた。
3、40人くらいの村人たちとフェンリルが、しばらくお互いの出方を伺い、無言で見つめあう。
しかし業を煮やしたフェンリルが一度低く唸ると、「ヒッ」という声と共に、20代くらいの、1人の若い男が他の村人から押されるようにして前にあゆみ出てくる。
薄い洋服に不釣り合いな派手なネックレスをじゃらじゃらと幾つもつけた、薄い紫色の髪をした背の低い小太りの男だ。
「わわ、私はここの村長の息子、トトルと申します。神獣フェンリル様とお見受けいたします。こ、この村に何か御用でしょうか?」
フェンリルは、男が出てくるのと同時に、背中に乗っている紺くんの身体が僅かに強張るのを感じた。
「お前か」
「え?」
フェンリルに睨まれた男……トトルはビクリと一歩後ずさった。その脚はガクガクと震えている。
しかしフェンリルの背中から紺くんが下りてくるのを見ると、トトルは怯えた顔を一変させた。
眉は吊り上がり、瞳に凶悪な光が灯る。
「貴様!!!」
ギチリと音が出るほど両拳を握りしめ、「まさか本当に神獣様の洞窟へ行ったのか……!?」と喉の奥から絞り出すように呟いた。
紺くんが、身体を縮み上がらせ、フェンリルの長い毛をそっと握りしめた。
「この子に俺が弟子を取っていると嘯いたのはお前か?」
フェンリルがトトルを真っ直ぐに見つめながら聞く。
トトルの顔が醜く引き攣った。ひくりと片方の口角をあげ、両手を揉みながら口を開く。
「申し訳ございません、フェンリル様ァ……。まさかこの馬鹿があのような冗談を鵜呑みにする程の間抜けとは思わず……」
へへへ……と不器用に笑いながら、トトルはヘコヘコと数度頭を下げる。汗が滝のように滴り落ちていて気持ちが悪い。
だがフェンリルはニコリともせず、真顔でトトルを観察し続けた。
色々言いたいことは山ほどあったが、最終的に出た言葉はシンプルな疑問だった。
「何故だ?」
「へ?」
フェンリルはじっとトトルを見つめた。
「何故この子に嘘をついた?何故傷つけた?理由を教えてくれ」
紺くんと一緒に過ごした時間で、フェンリルが彼に気分を害されたと感じたことは一度たりともなかった。
確かに今は様々な面で劣っているかもしれない。
だがそれはしっかり教えてあげれば直していけることだし、その点を除けば、むしろ人のためによく動く勤勉な子で、感謝することの方が多い。
その為、何故傷つけられているのが紺くんなのか、村人たちがどう考えているのか、純粋に疑問だったのだ。
シン、と恐ろしいほどの静寂が村に広がった。




