7話 もう、他人じゃない
自分が見ている。
(……これは、罪を犯した顔だ)
昨夜の倉庫荒らし。
盗んだ道具、あの箱の中身。
真栗の笑顔。そして、彼女の手。
鏡に映った自分の顔は、以前のものとは違う気がした。
(俺は……もう、戻れない)
ポケットの奥には、まだあの時の手袋が入ったままだった。
◇◇◇
昼休み。
校舎裏の渡り廊下で、真栗が待っていた。
「おつかれ、白川くん」
その声は、どこまでも優しくて甘かった。
けれど、どこか「勝利宣言」のようでもある。
「これで、私たちおあいこだね」
「……なにが、おあいこなんですか」
「あなたが正義を信じてるってこと、私はずっと信じてた。
でも、私の中にも信じてるものがあるの。快楽と自由よ」
「……それが、罪でも?」
真栗は軽く微笑んで、直人の胸元にそっと指先を置いた。
「罪って、誰が決めるの? 社会? 教師? 他人?
私にとっての正義は——“私が生きたいように生きる”ってこと」
「でも、それは他人を……!」
言いかけた言葉が、唇ごと塞がれた。
ふいに顔を近づけてきた真栗が、迷いなくキスをしてきたのだ。
静かな廊下に、わずかな吐息と布の擦れる音だけが響く。
目を見開いたまま、直人は動けなかった。
そこにあるのは、恋ではない。
愛でもない。
——共犯者としての契約だった。
唇を離すと、真栗は少しだけ目を細めて言った。
「今のは、封印の口づけってことで。
ね、もう他人じゃないでしょ? 白川くん」
直人は俯いたまま、何も言えなかった。
頭の中では、警報が鳴りっぱなしだった。
(これは違う。間違ってる。全部間違ってる——)
でも。
それでも、心のどこかが囁いていた。
(でも、彼女は俺にだけ、本音を見せてくれた)
それがどれだけ歪んでいようと、救われた気がした。
誰かに必要とされた気がした。
真栗は笑って、また一歩、近づいてくる。
「さ、次は何を盗もっか?」
その問いに、直人は——答えられなかった。