3話 抗いがたい毒
直人はその夜、一睡もできなかった。
薬根真栗が犯人だった。
しかも彼女は罪を「悪い」と思っていない。
むしろ快感すら覚えていた。
(間違ってる……そんなの……許しちゃいけない)
頭ではそう思っていた。
けれど、心のどこかが、まだ彼女を「救える」と信じていた。
──もしも、俺だけが彼女の“本当”を知っているなら。
──もしも、俺だけが彼女を止められるなら。
それはきっと、正義だ。
そう思いたかった。
◇◇◇
昼休み。人気のない階段の踊り場。
真栗はいつも通りの笑顔で、ポケットに手を突っ込んで立っていた。
「白川くん。ねえ、さっきさ、家庭科の教室……行った?」
「……財布が消えてた」
「だよね」
涼しい顔で言う真栗の手には、小さな布製の財布。
中身を取り出すこともなく、指先でひらひらと揺らしていた。
「なんで……なんでこんなことを続けるんですか……」
直人は怒りよりも、悲しみに似た感情で声を出した。
「薬根さんなら、こんなことしなくても……みんなから好かれてて、信頼されてて……」
「そうだね。でもさ」
真栗はふと目を伏せ、ポツリと漏らした。
「“好き”とか“信頼”って、重くない?」
「……え?」
「期待されて、正しくいなきゃいけなくて、笑顔で、優しくて……
本当は全部、作ってたんだよ? 演技。お姉ちゃんみたいになれって、家でも言われてさ」
「そんなの……!」
「ある日、盗んでみたの。テストの答え、ロッカーから。
心臓がドクンドクンして、震えて、……でも、初めて生きてるって思ったの。
“正しさ”の外に、自由があるって知った」
直人は絶句した。
そして思った。
彼女は、きっと誰にも助けを求められなかったのだ。
完璧な“仮面”をかぶり続けて、息もできずに生きていたんだ。
「……俺が、助けます」
その言葉が出た瞬間、真栗の目が見開かれた。
そして次の瞬間、彼女はゆっくりと笑った。
「ふふっ……やっと、毒が効いてきたね」
直人の目の前で、財布が宙に放られる。
そのまま彼女は、校舎の階段を下りていく。




