2話 その恋は、罪の味がした。
生徒会長としては自然な、そして今この場においては不自然な笑みがその場を支配する。
鞄を漁るその手を隠そうともしないまま、平然と笑っていた。
「……こんばんは、白川くん」
その声も、優しく澄んでいた。
まるで何の罪もないように。
直人は言葉を失った。
目の前の光景が信じられなかった。
「な……なんで……何してるんですか……?」
真栗は立ち上がり、制服のスカートをふわりと整えると、教室のドアのほうへ歩き出した。
そして、すれ違いざま、直人の耳元で囁いた。
「これ、秘密にしてくれたら……キス、してあげようか?」
——その瞬間、心臓が跳ねた。
耳にかかった吐息。甘くて、冷たくて、狂気を孕んでいた。
香水の匂いすら、どこか媚びたように感じられる。
「……っ、ふざけないでください!」
「ふざけてないよ?」
真栗は教室の入り口まで行くと、立ち止まって振り返った。
「私ね、白川くんがこうして一生懸命犯人を追ってるの、見てたよ。ずっと。
まっすぐで、真面目で、バカみたいに純粋で……ほんと、好きになっちゃいそうだった」
「じゃあ、なんで……!」
「だから、見てほしかったの。——"ほんとう"の、私を」
そう言って真栗は微笑んだ。
纏っていた仮面を剥ぐように、ほんの少しだけ、目元の陰が揺らぐ。
「ねえ、白川くん。"正しいこと"って、気持ちいい?"正義"を振りかざすのって、気持ちいい?人に誉められるから?認められるから?安心するから?」
「……なにを……」
「私はね、“悪いこと”が好きなの。盗む瞬間、誰にもバレずにやり遂げるそのスリル。胸の奥がゾクゾクして、世界を手に入れたような気になるの。そして、それを“正義の人”が見つけた瞬間の顔を見るのが、一番たまらないの」
——狂っている。
そう思った。
けれど、心のどこかで、真栗のその表情に、目を奪われている自分がいた。
(こんなの……こんなの、間違ってる。許せるはずがないのに……)
だが、体は動かなかった。
一歩、彼女が近づいてきても、逃げられなかった。
「どうするの?白川くん。正義の味方として、私を告発する?」
真栗は挑発するように笑った。
「それとも——私の“共犯者”になってくれる?」
息を呑んだその瞬間、教室の外から誰かの足音が近づいてきた。
真栗は直人に目配せをすると、指を一本唇に当てて静かに言った。
「しーっ。今夜は、ここまで」
そう言って、黒髪をなびかせ、足音も立てずに教室を後にした。
残された直人は、まだ震える手でメモ帳を握りしめながら、
ただ、ひとつの思いに囚われていた。
——恋なんか、するんじゃなかった。
それでも。
彼女を追いかけたいと、そう思ってしまった自分がいた。