17話 落とし穴
深夜0時5分前。
校舎の裏手にある、西門。
誰もいないはずの時間、誰もいないはずの場所。
なのに、その門の前には、ひとりの影が立っていた。
直人だった。
(本当に、来るのか?)
冷たい夜風が制服の袖を揺らす。
駅のベンチで言った「逃げよう」という言葉は、もう引き返せない祈りのように体に染みついていた。
持ち物は最低限。
偽名で作った身分証と、使い捨ての携帯。
地図には、遠くの港町までのルートが手書きされていた。
彼女の文字だった。
時計の針が、0時を指す。
一秒、二秒……十秒。
そして——
「……来てくれたんだ」
その声は、風に乗って背後から聞こえた。
振り返ると、真栗が立っていた。
制服の上にパーカーを羽織り、髪を結んでいた。
まるで“別人”みたいな姿。
でも、その目は変わっていなかった。
「当然でしょ。来なかったら、私が裏切り者だって思われるもん」
「……お前じゃなかったんだな、密告者」
真栗は黙って笑った。
その笑みが、安堵と、ほんの少しの痛みを含んでいるように見えた。
「これで決まったね。
盗まない。戦わない。——ただ、逃げる」
「……うん」
その時だった。
──「白川直人、薬根真栗。止まりなさい!」
門の外から、複数の足音と、怒鳴り声。
真栗が直人の手を掴む。
「走って! 間違いなくこれは、“計画された妨害”!」
「どうして……!?」
「私じゃない!でも——やっぱり“誰か”が、私たちを見てたんだよ……!」
夜の校舎の外、静寂が破られる。
直人と真栗は、息を切らして全力で駆けた。
荷物も地図も捨てて、ただ逃げる。
どこへ? わからない。
でも今だけは、
逃げることが、すべての正しさだった。




