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9話 さようなら、世界。こんにちは、君。
——ねえ、これを最後にしよう」
真栗の声は、どこか儚げだった。
「最後って……逃げるのか?」
「うん。全部燃やして、全部捨てて、新しい名前でどこかに行こう。
私ね、君となら生きていける気がするの」
彼女の手が、そっと直人の袖をつかむ。
「正義の味方やめたら、なにになれると思う?」
「……犯罪者」
「ふふ、それもいいけど……“自由な人間”だよ。自由人。
さようなら、世界。こんにちは、君。——そんな感じ」
冗談のような声。けれど、目は真剣だった。
直人は答えられなかった。
でも、心のどこかで、すでに答えは出ていた。
——彼女と一緒に行く。
それは愛か、依存か、それとも罪か。
きっと全部だった。
「白川くん、ねえ」
「……なに?」
「キス、する?」
「……なんで」
「ううん、なんとなく。今夜、どこにも盗みに行かない日でしょ?
じゃあ、なにか盗まなきゃつまらないじゃない」
「……俺の正義は、もう盗んだろ」
「じゃ、今度は——君の人生を盗むね」
真栗は笑って、ふわりと口づけた。
その味は、もう苦くなかった。




