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6 まだ騎士爵じゃなかったヤブイシー(ざまあ回)


 前話の末尾を加筆しております。よろしければぜひお読みください。(2025.06.05)


「これは…?私はたしかにナーセル騎士爵を呼ぶようにと申し伝えたはずですが」


「ッ!?」


 思いがけぬ王妹ユーリアの声にヤブイシーは戸惑う。よく通る澄んだ声、同時に聞き取りやすい。だからこそダイレクトに胸に突き刺さる。このオレ…、薬師としてだけでなくあらゆる事にその才能を発揮する天才ヤブイシー様を呼んだんじゃねえのかよ…?ぎりり…、ヤブイシーは口の中で歯噛みする。


「そ、それは…。私は確かにユーリア様のお言葉を伝えるようにと伝令を出しましたっ」


 焦ったような女の声が続いた、おそらくユーリア殿下付きの侍女であろう。


「どういう事ですか…?ナーセル騎士爵の髪は黒色のはず。だが、そこにいる両名の髪色は黒くはない。まさか私をたばかろうというのですか」


「く、薬師くすし長殿ッ、お答えなされませ!ユーリア様のお召しになぜ別人を連れてこられたのですかっ!?そして横にいるその者は誰なのですか?」


 ヤブイシーは勝手に頭を上げる訳にはいかないから姿も見えない人々の声を聞き続ける事しか出来ない。それというのも王やその親族が身分差のある者に最初から直接声をかけてくる事はない。ひとつ迂回をするというか、近臣などに声をかけさせる。本来、貴人は下々の者とは直接言葉を交わさぬものだ。だが、それではなかなか会話が進まない。それゆえ最初か二言ふたこと三言みことは人を介してやりとりをしてその後に直言を許すというのが一般的だ。その貴人の言葉を介している侍女の問いかけに薬師長は頭を下げたまま返事をする。


「はっ!薬師長ボウムーン、お答えいたします」


 薬師長ボウムーン…、ああ…確かコイツそんな名前だったな…。全然覚えてなかったけどぬ…、頭を下げながらヤブイシーはそんな事を考えていた。


「ユーリア王妹殿下の前に侍りまするこの者は士分しぶん(騎士見習い)のヤブイシー・ナーセルにございまする」


「ッ!?」


 士分しぶん士分しぶん…、士分しぶん……、ヤブイシーの頭の中に薬師長の声が響く。士分だと?け、権限とかは騎士爵並に与えられてるけどあくまで『騎士爵と同じように扱ってやるよ』という事であって騎士爵ではない。あくまでも能力や人格に問題ないと判断され実績を積んでいけば正式な騎士爵になれるというのが士分なのだ。


(そうだったな…、忘れてたぜ。オレは子爵家の嫡男になったから代替わりすりゃ爵位が勝手に転がりこんでくるからな。こうやってイチから爵位を得る時は見習いからだ…。クソ、ドゥサード兄貴は正式な騎士爵だ。これじゃオレのが下じゃねえか…。へっ、まあ良い。ヤツだって見習いからだったはずだしすぐに追いついて…いや、追い抜かしてやンぜ!)


「………、姓こそ同じナーセルであるが私が召し出したかったのは黒髪の…ドゥサード・ナーセル騎士爵です。なぜ違う者がいるのですか?薬師長ボウムーン、直答を許します。答えるように」


 ヤブイシーがそんな事を考えている間にも会話は進んでいたようで薬師長の直答が許されていた。


「ははっ。ドゥサード・ナーセル騎士爵は昨日薬師を辞し、同時に騎士爵を返上いたしました。ここにいるのはその弟、本日より同じく薬師として出仕しております」


「なんと…、そうでしたか。それで…、ナーセル騎士爵はこれからどうすると…」


「わ、分かりませぬ。ひとまず実家であるナーセル子爵家に戻ったと思いますが…」


「そうか…、たしかナーセル騎士爵は子爵の嫡男であったな。ふむ…、そうなると国許くにもとに戻り父の後を継ぐ為の準備をするという訳か…」


(国許には帰るだろうけどよ…)


 ヤブイシーは頭を下げながらもニヤリと笑った。


(そりゃあ後継ぎの為じゃねえ。下男げなんか召使いにでもなる為だよォ…。へへ、オレがいずれ子爵の位になった時にゃあコキ使ってやンぜえ…)


 ニヤニヤ…、ユーリアの前にいるというのに頬が緩むのを我慢出来ないヤブイシー。自分が子爵家を継いだら…、その時の事を考えたらヤブイシーは笑いだしたくなるのを堪えるのに必死であった。


「ですが…、惜しいですね…。ナーセル騎士爵の作る薬は素晴らしい物でした、その騎士爵が職を辞したとなると…」


「そ、それでしたらッ!!」


 王妹ユーリアから発言を促された訳ではないが薬師長ボウムーンは焦ったような声を上げた。本来なら控えねばならない行為、しかし今のまずい状況を打開したいと考えたのか思わず…といった感じで発言したのだろう。


「この薬師ヤブイシー・ナーセルに薬を作らせてみてはいかがでしょうか?この者は弟にございますればその腕前も確かなものにございましょう!」


(おっ!?)


 思わぬ薬師長の発言にヤブイシーは反応した。


「その者は本日よりの出仕であろう、いきなり薬を作らせるのか?」


 王妹ユーリアが疑問の声を発した。しかし、薬師長はその疑問に心配ないとばかりに応じる。


「いやいや、ご心配には及びませぬ!このヤブイシー・ナーセルは貴族学院でも評判の人物にございました。剣をとっては無双の腕前、馬に乗せれば疾風はやての如く!もちろん専攻している薬学も言うに及びません!この学院きっての才人さいじんの噂、お耳にされた事はございませんか?」


(薬師長、良い事を言うじゃねーかよ!よしよし、オレ様が大出世したら少しくらいは引き上げてやっからよォ!)


 薬師長の言葉にヤブイシーは気分を良くしていた、緩む頬はこれ以上ないくらい吊り上がっている。


「学院きっての才人…?」


(へへっ!!そうだぜ、王妹殿下!さァ、早くオレの名前を呼んで顔を上げさせてくれよ!将来の重臣とか大貴族になる若き天才の顔をよォォ!!)


 ヤブイシーは顔を上げる準備をする、これ以上ないくらい爽やかな微笑をする準備も出来ている。だが…。


「知らないわね」


(はあっ!?)


 ギシッ!!


 思わぬ王妹ユーリアの発言にヤブイシーの顔は固まったのであった。

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