5 ヤブイシーの初出仕と王妹からの召し出し
ドゥサードが王都を離れた翌朝…。
ドゥサードの弟、ヤブイシー・ナーセルは喜び勇んで王城に初出仕した。これがオレの輝かしい未来への第一歩だと考えあついたヤブイシーはその始まりに少しの落胆をする。なんと騎士身分の授与が国王陛下からではなく薬師長からだった事だ。
(クソ…。陛下自らの授与じゃねえのかよ…)
顔にこそ出してはいないが不満が胸の内に募る、だが上司である薬師長の騎士身分授与の訓示をぶち壊す訳にもいかない。
(まあ良いさ、月初めでもないのにいきなり新顔の出仕だからな。陛下だって暇じゃねえンだ。授与の場に来れないのも仕方ねえのかもな。それにしても長え訓示だな、足が疲れるぜ。まあ、こんなヤツはすぐにでも出世して立場逆転!アゴで使ってやらあ…)
薬師長の言葉を上の空で聞き流しながらヤブイシーは欠伸を噛み殺す。そして薬師長の言葉に飽き飽きし始めた頃、ようやく訓示が終わった。さあ、王城付き薬師の始まりだぜと意気込んだ。しかしやる事といえば貯蔵している薬品の品質チェックに在庫の管理、それが終わればポーションなどの材料になる生薬の在庫管理に品質チェック…。薄暗い倉庫の中をひたすらうろつく地味な時間、ヤブイシーはすぐに作業に飽き始め面倒くさいと思うようになっていく。
「…オレはこんなカビ臭えところでネズミみてえにチョロチョロする為に来たンじゃねえンだぞ…。もっと日の当たる派手なトコでよォ…」
出仕の一日目だというのにヤブイシーの口からは不平不満が洩れる、そうなると仕事にも身が入る訳がない。適当に薬棚を触って仕事をやっているような体をとる。そんな時、倉庫に薬師長がやってきた。
「ナーセル君、ユーリア王妹殿下のお召しだ、すぐに行くぞ。ついてきてくれ」
「!?」
耳にした意外な言葉にナーセルの胸は高鳴る。ユーリア王妹殿下…、あんまり貴族間の姻戚関係には詳しくないが何代か前の国王陛下の弟君の孫娘にあたる方じゃなかったか?だが、そんな方がどうしてオレを…?
「こりゃあもしかするとユーリア様はオレの評判を聞いて…ククク…」
文武両道…完全無欠…、そんなオレにさっそく会っておこうってか…。そうだ、思い出したぞ…。ユーリア王妹殿下は何年か前に西の方のあまり大きくはないがとても古くから続く名門の伯爵家に降嫁する為に養子縁組して妹としたはずだ…。そりゃそうだよな、王家のなんらかの血が流れている誰かを妻に迎えるってよりも国王陛下の妹君を迎えるって方が聞こえは良いもんな。
貴族ってなァ面子を大事にするからな、妻に迎えるのが同じユーリア様だといっても王妹殿下が来たとなりゃあ伯爵家としても聞こえが良い…。おまけにユーリア様のその美貌は音に聞こえる程の御方…、そんな方に会えるなんて…。もっともその王妹殿下は結婚相手の伯爵は結婚後すぐに亡くなってしまったので王家に戻ってきたそうだが…。
(それにしても…、やはりオレにはツキがあるな!さすがに初日から陛下との謁見はかなわなかったが代わりに王妹殿下からお呼びを受けるとは…。こりゃあオレの評判は思った以上に高いって事だよな!ククク…、それにユーリア殿下はまだお若く夫である伯爵を亡くされてからは王城に戻ってきたと聞いている。上手くいけばこれをきっかけに近しくなって…)
そんな事を考えながらヤブイシーは薬師長の後に続いて王城の通路を歩く、その足取りは何か楽しい事を見つけた幼い子供のように無邪気で明るいものであった。そして面会の場へとたどり着く、王城内の最奥にある後宮のひとつ前にある謁見の間である。ヤブイシーは薬師長と共に王妹ユーリアのお出ましを待った。
チリリリン…♪
ヤブイシー達の耳に品のある鈴の音が聞こえた、謁見の間に貴人が来た事を知らせる合図である。ヤブイシー達は片膝をつき頭を下げる、目線はおよそ三歩先の床のあたり…。やってくる貴人の許可なくその尊顔を見ぬ為に…、そして同時に室内のわずかな光や影の動きで室内の様子を察する為だ。
室内の床の明暗の具合からヤブイシーは室内に入ってきた人の動きが止まるのが分かった。そのまま声がかかるのを待つ、面を上げよ…そう告げる声はどのようなものであろうか…。わくわくしながらその声を待つ、そしてその瞬間はついにやってきた。しかしそれは戸惑いと落胆が混じったような声…。
「これは…?私はたしかにナーセル騎士爵を呼ぶようにと申し伝えたはずですが」
「ッ!?」
片膝をつき、頭を下げながら王妹ユーリアの言葉を待っていたヤブイシーであったが予期せぬ展開にその肩をピクリと震わせたのであった。