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3 父との決別、通用門を通れ


 久々に婚約者…いや、元婚約者と顔を合わせた俺はすぐ貴族の令息令嬢が通う学院から王都内にある貴族街へと移動した。国王陛下にお仕えする貴族達に与えられた屋敷があるのがこの貴族街だ、そこに我がナーセル子爵家が与えられた屋敷がある。領地は王都から離れてはいるが、その当主が国王陛下のお召しに応じる事もある。それゆえ当主は日本の江戸時代の参勤交代ではないが王都と自領を行き来をする、そして今…我が父であるナーセル子爵はこの王都にいる。そこで俺は父と面会を求めた、元婚約者ラフレシア半弟ヤブイシーの言っていた事が本当かどうかを確かめる為だ。


真実まことじゃ。王立学院の方からも成績優秀と聞いておるし、ラフレシア殿との仲も非常に良好と聞いておる」


 人払いをした当主の部屋、俺と向かい合いながら親父…ゴシン・ナーセル子爵が低く渋い声で言った。


「良好?あれはただ歯の浮くような事を並べ、媚びへつらっているだけではありませんか。並べ立てたお世辞などむなしいだけです、いつかはそれに慣れラフレシア殿も耳を傾けなくなるのは目に見えております!」


「だったら貴様はなんだ!?口先だけでもラフレシア殿とうまくやり、我が家を安泰に導こうとなぜせぬのだ!婚約者殿は辺境伯家の方である、場合によっては陛下にお伺いを立てずとも他国と話が出来る…。無論、通商もな…」


 マエラール辺境伯家は北方に広がる海に向けての良港と東の山脈を国境として接するウエーツ連合国、この二方向から我が国ではなかなか手に入らない品も入ってくる。それらがマエラール辺境伯領にとって大きな経済基盤であるのも事実、我がナーセル子爵領はマエラール領と境を接している。


 ちなみに辺境伯家と我が子爵家は寄親と寄子の関係でもある。仮にウエーツ連合国が攻めてくる様な事があればマエラール辺境伯家を中心とした方面軍を結成し侵略を防ぐ事になる。もっとも直接の部下という訳ではないがその意向は無視する事が出来ない、その影響力は大である。


「まったく…、少しはラフレシア殿の気を引くとか役に立とうとは思わぬのか…」


 吐き捨てるように、そして呆れたような素振りをして親父は言った。


「俺は…、この…ドゥサードはやっていましたよ。婚約者の…、ラフレシア殿の為に…ね…」


「なに…?」


 ぴくり…、親父の眉がわずかに反応した。俺にとってはなんの感慨も湧かないがこの体の持ち主であるドゥサードにとってはただ一人の肉親…。そんな事を考えていると人払いしたはずの部屋のドアが開いた。


「そのくらいでいいじゃありませんか」


 そんか声と共になんの遠慮もなく入ってきたのは継母である、ハッキリ言って俺達の間には友好も何もないが形の上では母と呼ばねばならない。俺は下げたくもない頭を最低限だけ傾け親子の礼を取った、一方の継母は礼に対してまったく応じる事なく口を開いた。


「家督を継ぐのは当然ラフレシアさんと上手くやれてるヤブイシーが相応しいわ。それに学院の先生も褒めておられたのでしょう?もう教える事は何もないと…、その名声は王城の皆々様にも知れ渡り将来を楽しみにされていると…。仕事にかまけて城からなかなか帰ってもこずラフレシアさんの気持ちもつないでおけない兄と違って学業を修めながら仲睦まじいヤブイシーが後継ぎには相応しいわ…」


「うむ…、才能…ラフレシア殿殿仲…どれをとってもヤブイシーこそが我が家には相応しいか…」


「こんな役に立たない兄と違ってヤブイシーは有能なのよ!こんなのでも務まる王城付きの薬師ですもの、あの子ならもっと上手くやれるに決まってるわ!」


「ふむう…」


 継母の言葉に親父…、ナーセル子爵が呻きにも似た声を洩らした。


「その通りかも知れぬな。では、家長としての断を下す。ドゥサードよ、お前の嫡子としての役割は今日これまでとする。また、これよりすぐ王城へと向かい薬師の詰め所より全ての荷物を引き取って参れ!チリひとつ部屋に残すでないぞ!明日よりその場所はヤブイシーをものとなる!」


「なんですって、父上!正気ですか!?」


 俺は思わず大きな声を上げた、それが怒りを買ったらしい。親父は激しい怒りの表情を浮かべ声をあららげた。


「ワシの事は旦那様、あるいは子爵様と呼べいッ!!王城の薬師を辞するにあたり貴様は騎士爵を返上する事になる、まして後継者となる目も消えた今はお前など下男げなん(男性の召使いのこと)と変わらぬわ!不服があるなら職を辞した後、この家には戻ってこんで良い!そのままどこででも野垂れ死ぬが良い!!」


 放たれた父からの決別の言葉、それを横で聞いていた継母ニナパープはニンマリとした笑みを浮かべた。してやったり、嬉しくて嬉しくて仕方ないけど声を上げで笑うのは貴族階級の女性にしてみれば恥ずかしい事とされる。だから横いっぱいに広がった唇を必死に貼り付けて開かないようにしているのだ、本当は下品な声を遠慮なく出して笑いたいというのが見え見えだ。だから気持ち悪いくらいに唇が横に伸びたいやらしい笑みが張りついているのだろう。


 そこからすぐに俺は屋敷から追い出される事になった、王城で自分に与えられた居室から荷物を回収する為だ…。そして手回しの良い事で父は先ほど職場の上司…、薬師くすし長に手紙を送ったという。俺の出仕は今日限り、明日からは俺に代わって半弟のヤブイシーが学生の身でありながら騎士爵と王城付きの薬師となる事を記したという。


 そして最後に親父はこう言った。そこには親子の情などはもはや無く、計り知れない距離と冷たさを感じさせるものだった。


「王城より荷物を回収したのちは表門から戻ってくる事は許さぬ。裏の通用門から入って参れ」


 通用門…、それは屋敷の使用人や召使いなどが主に通る門である。つまり俺はこのナーセル子爵家の家族としてではなく、召使いとか下男とか…そういった扱いをしていくぞという宣言を受けたのだった。




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