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2 勝ち誇るわがまま令嬢と半弟


「ほらほら、ドゥサード様!なにかおっしゃって下さいな!辺境伯家の娘であるワタクシの婚約相手から今まさに外されようとしているんですのよ!そうなったらアナタは何の後ろ盾も無くなりますわ、そんなアナタにどんな価値がありますの?」


 おほほほっと高笑いをしながらラフレシア令嬢がこれみよがしに言った。まだ日は高い、あたりには大小様々な家の貴族家の令息令嬢が通りかかる事もある。いや、むしろ足を止めこの出来事の野次馬となっている。なにしろ貴族家にとっては他家の御家事情は最大の関心事のひとつだ、どことどこの家がくっつくとか争い始めたとか知っておくに越した事はない。


 万が一にも自領が巻き込まれたりしないように…、あるいは協力すれば勝ちそうな勢力に手を貸して恩を売っておく。あるいは負けそうな方をここぞとばかりに叩いて何か得る物があれば遠慮なく持っていく。それゆえ情報は時に黄金よりも価値がある、だからこそ通りかかった者たちも足を止め様子を窺っている。そんな周囲の耳目を集めている事に気をよくしたのかラフレシアはさらに調子に乗る。


「ほらほら、ひざまづきなさい!そしてワタクシにうと良いですわ!どうかこのまま婚約者でいさせて下さいと、アナタが地に頭をこすりつければ…」


「断る」


 ラフレシアの話を遮って俺はハッキリと言った。


「そのまま婚約者でいさせてあげても…な、なんですってェェ!!?」


 元から甲高い声だったが、その語尾をさらに高音にしてラフレシアが憤る。おそらくなんの躊躇もなく俺が意のままにならなかったのが気に食わないのだろう。


「なんで婚約者にそんな事をしなくちゃならない?そもそもこれは親や家が互いに利を求めて約義を結んだもの…。貴女が望んだものでもなければ、俺が焦がれた訳でもない。ましてや外で婚約者をひざまづかせるなど淑女レディとしての良識を疑われましょう」


「な、な、なにを…。それにいつもと…、どこか雰囲気が…」


 反論されるとは夢にも思っていなかったのかラフレシアが戸惑っている、おそらく普段のドゥサードならひざまづくかは分からないがここまでハッキリと拒否をしないのだろう。全ての言い分を飲ませられないにしても半分以上は言う事を聞かせられると踏んでいたのか、だけどこちとらドラッグストアの店員さんでもあったんだぞ。中には理不尽なクレームを付けてくる奴もいるし、万引きをしても開き直る奴もいる。そんな奴らに下手に頭を下げるのは悪手だ、こちらが悪くないのにそんな事をしたら調子に乗せるだけだ。


「それにさ…、ひざまづいたとして婚約者にしといてやってもいいとしか言ってない。婚約者のままでいられるとは保証していない…」


「な…」


「ひざまづかせるなり、頭を下げさせるだけ下げさせてやっぱりやーめた…とか言うつもりだろう?だいたい俺がいながらケツ振って別の男にすり寄ってる女の言う事なんて誰が信じるのさ?周りの皆さん方もマエラール家の御令嬢はずいぶんと奔放であらせられると噂が立ちましょうな」


「む、む、キイィィーッ!!い、言いましたわねェェ!!たかが子爵家の男子風情がァァ!!」


 おっと、まさに瞬間湯沸かし器。ラフレシア令嬢が地団駄を踏みながら暴言を吐いている。でもね…ラフレシア令嬢、それはあまり言わない方が良いよ。なぜなら辺境伯は大貴族である伯爵…、日本で言えば一国一城の主である大名が伯爵クラスだろうか…、それよりも上位の扱いだ。さすがに一国だけでなくふたつの地方を合わせて領としているような大貴族…侯爵とまではいかないにしてもその勢力は近いものがある。


「それはあまり言わない方がいいんじゃないかなあ」


「何か言いましてッ?」


「いーや、なんにも」


 俺はダンマリを決め込む。ラフレシア令嬢…、もし彼女が自分で思うくらいに貴い存在…、有力貴族である辺境伯家の娘であるに足ると考えられていたのなら…。嫡子とはいえ子爵家風情のトコに嫁入り予定なんかにはならないだろう…、少なくとも辺境伯家ではラフレシア令嬢はそのくらいの使い道にしかならないと踏んだのだろう。向こうだって馬鹿じゃない、娘をやる相手先くらい多少の吟味はするだろう。


「ふ、ふんっ!まあ、良いですわッ!良い機会だからこの場で発表してやりますわ!ドゥサード・ナーセル様、アナタとは今日この場で縁切りですわ!婚約者はこちらのヤブイシー様になりますの!」


「えっ?」


 負け惜しみのようではあったがラフレシア令嬢が言った事は俺に一瞬の戸惑いを与えた。それに乗じてこれまでラフレシア令嬢の横でニヤニヤ笑っていただけの腹違いの弟ヤブイシーがその金色の前髪をかき上げながら口を開いた。


「ヘッ、まあそういう事だぜ!兄貴!これはもう親父殿も承知の話さ!それともうひとつ良い事を教えてやンよ!王城付きの薬師の座、これもオレがもらう事になってンだ!」


「は?」


 今度は本当に面食らった、その様子を見て俺がショックを受けたと思ったのかバカ弟はさらに調子に乗る。


「俺も学院じゃあ薬師を目指す事にしてからな、城付き仕事なら王室の皆様方ともツラを合わせる事もあっからなァ。無位無官むいむかんの爵位無しって訳にはいかねェ、いきなり騎士爵スタートだもンなァ!だーかーらー、俺が代わってやンよォ!そーすりゃ俺はいきなり爵位持ち!卒業してすぐに叙爵となりゃア…クククッ、エリート街道まっしぐらだぜェ!」


「お前、何言ってんだ?王城付き薬師になるには…」


「ああー、その事?そんなん親父やラフレシア令嬢の実家から噂流してもらって…オレ様ヤブイシーは学院始まって以来の俊才、すでに兄より腕は上…そんな評判が王城の中のお偉方に回ってるってよォ!?まあ、多少の金も握らせたらしーけとさァ!」


 コイツ…、そんな裏工作で…?それよりなんて事だ、王城の中で…それこそ王族の方々や重臣たちに不測の事態が起こった時に対応するのが城付きの薬師の仕事である。なにより誠実さが求められる職務…、それが薬師である。他にも有事の際には傷ついた将兵たちをる事もある、そんな薬師が日々の仕事の積み重ねで信頼を得ていくのではなく噂や金をばら撒いてその職に就くというのはあってはならない。


「あー、でも丁度良いや!兄貴さあ、城で与えられてる居室を引き払ってよ。オレ、すぐに身の回りのモンを持ってくからよォ!卒業後すぐに爵位持ちになるってなあ珍しいけど…まァたまには聞く話だ。だけどよ、学院に在籍しながら薬師って事になりゃァ…」


「きゃー、ヤブイシー様ァン!それこそまさに前代未聞ですわあ!若き天才薬師の評判と最速の出世のほまれはヤブイシー様だけのものになりますわ!それこそまさにワタクシの婚約者に相応しい…!あー、分かったらドゥサード様はさっさと職を辞して…いえ前途明るいヤブイシー様にお譲りになってくださいませんこと?」


 ひっつきながらとんでもない事を言うふたり、さすかまかなそれはと思ったがヤブイシーとラフレシアが言った一言がきっかけとなり俺は職をすぐに辞す事を決意した。さらには実家のある子爵領からも…、なんならこの国すら捨てて離れる事も頭の片隅には思い浮かぶ…。


「兄貴よォ…、言う事聞いといた方が良いと思うぜェ…。下手に居座ろうってンなら…」


「まあ、王城は出たとしても行くトコのないアナタにはワタクシ達の下男として使ってやっても良いんですのよ?」


 まったく悪びれる事なく元婚約者と腹違いの弟はそう言ってのけたのであった。

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