4 店長と呼んでくれ
山肌の木々の間から駆け降りてきた二人はそれぞれノエルとフェネスと名乗った。ノエルは俺の想像通りドワーフ、そしてフェネスはキツネの獣人だそうだ。
山道であるはずもない雨宿り場所を藁にもすがる思いで探していた二人と店の外の様子を見ようとしていた俺。それぞれの目が合った次の瞬間、二人から助けを求められた。そこで俺は二人を店に入れて雨宿りをさせた。
雨はどんどん激しさを増し、あっと言う間に周囲は水浸しになった。地面が吸い込みきれなかった雨水は川のようになり、俺が歩いてきた方へと一気に下っていく。ある種のウォータースライダーのような光景だった。
そんな激しい雨だったが雨宿りに来た二人が濡れた髪やら服やらを手ぬぐいで拭いている間にすぐに上がった。二人によるとこのあたりではこういうバケツの水をひっくり返したような雨は短時間でサッと降ってサッと上がるようである。おそらく雨を運んできた雲が山肌にぶつかり行きどころをなくして一気に真下に落ちてしまうのだろう。空は明るくなり風も収まった、俺達は店を出て移動を開始する。
「いやー、助かったのれす!」
ノエルが嬉しそうに呟く。今、俺達は手ぶらで歩いていた。それというのも先程現れたシダムス薬局は俺の意思で出し入れ自由であるらしい。現れろと念じれば姿を現すし、消えろと念じれば消えてしまう。しかも現れる店舗は中に入れるのに山あいの狭い道にも出現させる事が出来る。これはあくまでも推論だがこのシダムス薬局の店舗は俺の意思とか精神の中に存在するものなのかも知れない。
だから店舗は見えるし入る事も出来るのに細い山道のようなスペースのない所にも出現させられる。これはよくある異世界転生とか転移でキャラクター達が持つスキルというやつなのかも知れない。だから物理的に触れたり中に入る事も出来るが、一方で俺の精神の中に存在するため物理法則を無視出来るのかもしれない。そしてもうひとつ、ドラッグストアには役に立つ要素があった。
ノエルとフェネス、二人が採石したという大量の鉱石をドラッグストア店内に置いておく事が出来た。もちろん店舗を出現させればすぐに取り出せる。
「鉱石も預かってもらえて身軽。感謝、感謝」
重荷から解放されたフェネスが無表情に呟く、ノエルによれば今の彼女はとても上機嫌らしい。それというのも鉱石がいっぱい詰まった頑丈な麻袋はたいへんな重さでそれを持って移動するのは困難を極めていた。パワーに定評のあるドワーフ族、ノエルは袋を背負ってかろうじて動けた。だが、その移動速度はたいへん遅くなってしまった。一方で筋力より素早さに長けたフェネスは持ち上げる事が出来なかった。持ち上げられないならばと試しに引っ張ってみたが…。
「う、動かない…」
鉱石の入った袋はピクリとも動かない、試しに俺も持ち上げるなり引っ張ってみるなりしてみたが同じように全く動かなかった。この鉱石は山道から斜面を上にいった岩壁が剥き出しになった所に採掘場所があるそうだが二人はそれを袋に詰めるだけ詰めていた。そうしたら空模様が怪しくなってきた、雨がポツポツと降り出したので急いで袋を下に投げ落としたんだそうだ。そして山肌を駆け下ったところ俺と出会ったのだそうだ。
そんな訳で試しにドラッグストア内に荷物を置いてみた。店舗は俺の意思で出したり消したり出来たから店の裏手にある搬入口から鉱石の入った袋を店内に入れた。そして店舗を消してみた。こうする事で手間はかかるが異世界モノの小説によく出てくる収納とかストレージとか言われるような能力に近い事が出来た。
「黒鉄鉱石は優れた鉄が取れるけど重過ぎるのが難点なのれす。だから運ぶのに苦労が絶えねーんでやがるんれす」
「なるほどなあ。だから大きな街とか城の門に使われるのか。硬くて丈夫、持ち運びしないような所に…」
「高値で売れる、重過ぎて大変。くやしい、でも運べない。ビクンビクン」
「そうだよな、こんな重い物を持って山道を運ぶなんて確かにスムーズに行く訳ないな」
そんな話をしながら歩いているとノエルが前の方を指差して言った。
「あっ、見えてきたのれす」
「あそこに私達は暮らしている」
道の先に視線を向ける。ゆるやかに下っていく道に沿うように小さな盆地があった、ポツポツと建物らしき物も見えた。
「あそこが二人の住んでいる所か」
「そーなのれす。そういう…あっ!?」
ハタ…、とノエルが足を止めた。
「名前、聞いてなかったのれす」
「たしかに、名前知りたい」
二人が問いかけてくる。
「俺か?そういや名乗ってなかったな。俺は…」
ドゥサードと名乗りそうになり踏み止まった。正直に本名を名乗って追手に来られるのも面倒だよな…。それなら何か違う名前にするか…、呼ばれなれてるやつに…曲直瀬とか前世の名前もダメだな。どうするか…、そうだ。
「店長と呼んでくれ」
俺は職場で使われていた呼称を口にしていた。




