3 店の中
木々に挟まれた曲がりくねった起伏のある細い山道、現れたのは前世での職場であるドラッグストア『シダムス薬局』であった。こんな狭い山道に戸建て住宅の十軒くらいは建ちそうな面積の建物が現れるのは物理法則やらなんやらを色々と無視しているがこの期に及んではそんな事も言ってはいられない。俺は雨を避けようと現れた店に近づくとブウウゥーンと自動ドアが音を立てて開いた。
「ふう〜っ」
開いた自動ドアから店の中に飛び込むと頭や体を打つ雨粒の感覚はなくなった。頭上を見上げれば散々見慣れた蛍光灯が天井に配置されている。どこかホッとする、この異世界では見る事がなかった白色の明かりに懐かしさすら感じる。改めて店の中を見回すと何もなくガランとしている。
「何もない…、いや…」
店の端の方、一番奥ではないが入り口からは遠いその一角に商品棚があった。あの位置…、そして遠目にも分かる商品は俺が入社して一番最初に担当する事になったペット用品のコーナーだ。
「良く見ればこの広さ…、建物の形…レイアウト…。俺が入社以来ずっといる学園都市店か…」
商品棚はあの一角だけだが自分が就職以来、八年間働いてきた職場だ。間取りなどの特徴からこの店が自分が働いてきた場所って事は分かる。多数の店舗を展開しているシダムス薬局だがその各店舗は同じ形の建物って訳じゃない。新たに建築した店舗もあるが、閉店したスーパーの店舗とか廃業した倉庫を改築しての出店もあるからその形は千差万別だ。
背後で音がし始めた。振り向くといわゆる雨らしい雨が降って乾いた地面を濡らしていく。
「本格的に降り始めたか、だけど丁度良かった。ここなら雨宿りするには十分な場所だ」
大粒の雨が土の地面に当たり小さな飛沫が跳ね返っているのを見て俺はひとまず安堵する。あの黒い雲と冷たい風の吹き込み具合から考えると雨はさらに強くなる気がする、いわゆるゲリラ豪雨が来るのは間違いなさそうだ。おそらく一分としないうちにビー玉のような雨が打ちつけてくるだろう。どのみちすぐには外に出られそうにはないなら今のうちにこの店の中がどうなっているのかをちゃんと確認しておくべきだろう。そう考えた俺はとりあえず商品棚があるペット用品コーナーに向かおうとした、その時である。
ドスンッ!ドスンッ!!
後ろの方から激しい音がすると共に地面が揺れた。慌てて振り向くと店の前の道にドラム缶くらいの大きさの布袋のような物があった。よほど重いのか土の地面を少しえぐるようにしてそそり立っている。
「な、なんだ!?」
いきなり高い所から落ちてきたのだろうか…いや、落としたのだろうか?何か中身が重い物が入っていそうな袋、当然ながら落石のような自然物ではない。何が起こったのかとあたりを見回していると山道の壁面といらうか、木々の間から転がり落ちるように駆け下ってくる。
「あー!すっかり本降りになっちまったのれす!それもこれもフェネスが欲張ってまだ取れる、まだ取れるって唆したのがいけねーのれす!」
現れたのは子供、背の低い女の子だった。いわゆるツインテールでやや丸顔で少し鼻が低い。その身体的特徴から考えるともしかするとドワーフか?詳しくはないがドワーフ族の男はガッチリとしていて筋骨隆々かつモジャモジャした髭面が特徴だ。反対に女はやや丸顔で童顔、小さな子供のように見える者もいる。そして男女ともに共通しているのは背が低くという事だ。そしてもうひとり、背の低い女に続いて現れた。
「それは違う、欲張ったのはノエル。引き際を見誤って雨に振られた、むーん!」
ピョンピョンとこちらは両足だけでなく手も使って言い争いながら降りてきたのはわずかに青みがかった毛色の少女だった。こちらは背がすらっとしており、ふさふさとした尻尾が生えている。
そして二人が山の木々の間から道に降り立つと袋に駆け寄った。どうやらあのふたつの袋は彼女たちの持ち物のようだ。
サアアア…、ボタッ!ボタボタッ!ボタタタタタッ!!
雨音が強くなる、明らかに大きくなった雨粒が地面を叩き始めた。いわゆるゲリラ豪雨といった雨に変わっていく。あれでは傘を差していても体が濡れてしまうだろう。
「つ、冷てーのれす!」
「って言うか痛い、雨痛い!」
激しい雨に打たれる二人が悲鳴を上げている。
「あ、雨宿りするのれす!」
「こんな山道でそんな都合の良い場所が…」
雨宿り出来そうな場所を探そうと外の二人があたりを見回す。そこには店の外の様子を見ようとした俺がいて…、ふたりの少女達と目が合った。
「あ…」
「た、助けてくらさいなのれす!!」
「雨宿り希望」
それが祖国を脱した俺が初めてオウーエツ連合の住人と出会った瞬間であった。