11 臭いのは誰だ!?
「な、なんですって!!ワ、ワタクシが臭いと言うの!!」
かつて自分付きの侍女であった老女に自室に漂う不快な臭いの源が自分であると言われたラフレシアは思わず声を荒らげていた。言うに事欠いて何を言うのだと叫ぶ。
「……………」
老齢の侍女頭は無言のまま目を伏せる、その無言がラフレシアの胸に突き刺さる。間違いありませんと断言されるよりもよっぽど強く肯定の意を伝えてくる。
「そ、そんな…。ワ、ワタクシが…、ワタクシが臭いだなんて…」
ヨロヨロと二歩、三歩と後ずさったラフレシアはそこでペタンと床にへたりこんだ。しかし気を取り直したのか服の胸元を引っ張りクンクンと鼻を働かせた、そして何かを発見したかのように目を見開いた。
「特に気になるニオイは…。あ、あなた達、もしかしてワタクシをからかっているんじゃなくて?ワタクシ、臭くはなくってよ」
ラフレシアの鼻には特におかしなニオイはしない、その事が気持ちを強くさせる。しかし年配の侍女頭は幼い子供に言い聞かせるように口を開いた。
「お嬢様、否定したいお気持ちは分かります。ですが、こちらを…」
そう言うと侍女頭は部屋の端に向かった、そこにはラフレシアの居室と続いている衣装部屋がある。その入り口に一枚の寝間着があった、ラフレシアが今朝起きるまで着ていた物だ。
「どうぞ御手にとってご確認を…」
ラフレシアは嫌な顔をして寝間着を受け取った、鼻を近づけずとも分かる。この部屋に入った時にした不快なニオイ…、それが寝間着から漂ってくる。
「こ、こんなの…、誰かが汚したか何かして…」
「では…、寝間着の各所をご確認を…。特に首元や脇のあたり…、人の体から特にニオイが出やすいところを…」
ラフレシアとしては鼻を近づけたくもない。しかし苦手な物でもちゃんと食べなさいと幼い子供に親が言うかのような有無を言わさぬ雰囲気に断る事も出来ない。恐る恐るだが鼻を近づける。
「うげっ!!く、臭い…、うう…」
あまりの臭さにラフレシアはとても貴族の令嬢が発してはならないような声を上げた。だが、間違いないと確信した。部屋に漂っている悪臭はこの服からしている。だとすれば…、ひとつの可能性が浮かび上がる。
「く、臭いのは否定しませんわ!ですが、それは服から漂い出した物では?原因は服…、布が元々臭いとか…。そもそも今朝までこのニオイはしていませんでしたわ…」
「お嬢様…」
縋り付くようにひとつの可能性を口にしたラフレシアだが侍女頭は小さな声で話し始めた。
「侍女によるとこの寝間着は朝の時点から強いニオイがしていたそうです。ですが、お嬢様には特に気にしていたご様子がなかったとか…。おそらくですが、人は自分の事はなかなか分からぬもの…。自分のニオイにも気付かぬものやもしれません」
「で、では、どうして今になって分かったというんですの?」
「ニオイが変化したようにございます。チーズを作る際にその途中の牛乳や羊乳は耐え難い臭さでございますが、出来上がったチーズはそのような事はございません。おそらくそのようにニオイの質が変わったのでは…」
「嘘!嘘!嘘ッ!!そんな事が…、そんな事があるはずがありませんわッ!!」
「では、今一度試してみてはいかがにございましょう?」
「どういう事?」
「まことに畏れながらお嬢様が今お召しになられているドレスを使いましょう。脱いでしばらくしたそのドレスのニオイを確かめてみるとか…」
「ふん!良いですわよ!」
そして数時間…。
「そ、そんな…。ワ、ワタクシが…、ワタクシが臭いだなんて…」
日中に着たドレスに鼻を近づけたところ認めたくない事実を知ってしまいガックリと膝をつくラフレシアの姿があった。