8 ヤブイシー、王妹殿下に危害を加えて鉄拳制裁される(ざまあ回)
「この不心得者がァッ!!!」
「ぶべらぁっ!!」
薬師の詰め所に出仕したヤブイシー、そこで待っていたのは王妹ユーリアの護衛騎士とその鉄拳であった。金属製の籠手をつけた手で殴られてヤブイシーは歯を何本か折りながら吹っ飛ばされ無様に地面を転がった。
「は、はひゃっ…!にゃ、にゃにを…」
歯が折れた影響か上手く喋れずにいるヤブイシー、ぶん殴られて地面を転がりいまだに立ち上がるどころかまともに体勢を立て直す事もできない。
「なにを…ではないわッ!この食わせ者めが!!」
ジンジンと痛む頬を押さえ、そして奥の方から涙が滲み出している目を見開いてヤブイシーは声の主の顔を見る。相手は中年くらいの騎士のようだ。背はそれほど高くはないがガッシリとした体格、短く刈り込まれた髪といかめしい顔はいかにも歴戦の強者といった風格だ。
そんな中年騎士に対してヤブイシーは文句を言いたくなった。オレは子爵家の嫡男だぞ、そんなオレを騎士爵ごときが殴るのかと。しかし王妹殿下を直接護衛するプリンセスガードの騎士がもちろん一介の騎士爵などのはずがない。少なくとも上級騎士爵…または男爵の位かも知れない。あるいはまずありえない話だがプリンセスガードは常にユーリア殿下のおそばで仕える為、領地なしの貴族もいる。領地は与えられていないが子爵並の待遇を持つ者もいたはずだ、そうなると我が家と同格…それどころか王妹殿下に近い分だけこちらが不利になるかも知れない。
「貴様は殿下と姫様になんという物を献上したのだ!」
「ひゃ?む、むひよへやくを…」
虫除け薬を…と言おうとしたのだが上手く言葉が出てこない。だが、必死になって口の中に溜まっていた地を飲み込んで必死に息を整える。そしてやっと言葉を絞り出す。
「虫除け…ひゃくは難しい…ものれはなく、簡単な処方箋…。どこでも誰にでも使える…にゃ、にゃんの問題ぎゃァ…」
「分からんのか、愚か者ォッ!!殿下がただ虫除け薬をお求めになるならば倉庫に人をやれば済む話ではないかッ!!」
「ッ!?」
大喝するプリンセスガードの迫力にヤブイシーは縮み上がる。言われてみれば確かにそうだ、ただ虫除け薬が無くなりそうだから代わりを…というのであれば召使いのひとりを走らせれば良い話だ。それをわざわざ薬師を召し出し作るように申し渡すというのであらば…。
「深い色をしているのに艶やかな長き黒髪、対して真珠のような白き肌…。殿下を讃える言葉は数々あれど誰もが最初に思い浮かべるのはそのふたつ…。だが、その素肌はまさに真珠のように傷つきやすく繊細であられる。それゆえ殿下のお肌に合うように薬師に特別に作らせていたのであろうがっ!」
「ひ、ひいいいっ!!」
「これまでも殿下におかれてはわざわざ薬師ドゥサード・ナーセル殿をお召しになり薬を求めていたものを…、それを弟だから腕は劣らぬとしゃしゃり出てきて作らせてみればそこらの在庫となんら変わらぬ物を作りおって!」
「へっ…?で、でも虫除け薬にゃんてどれも…」
「だから貴様は馬鹿なのだ!!その違いが分からんから事の重大さが分からぬのだ!貴様の虫除け薬…、今までの物とは色も匂いからしても大違いであった。それゆえ我らも侍女達も使用をお止めしたのだがお優しい殿下はせっかく作ったのだからと試しに使う事にしたのだ。するとすぐに殿下のお肌は火傷したように赤く腫れ上がり痛みを訴えられた!貴様が用意したのは薬ではなく毒だ、殿下を苦しませた毒なのだァ!!」
ドカァッ!!
「ぐべっ!!」
足裏で踏みつけるような蹴りがヤブイシーの顔にめり込む。
「殿下のお優しさに感謝するのだな!お試しになられたのが手の甲であり、人と会う場合でも手袋をすれば隠せるからと貴様の処分には言及はされなかった。だが、我ら殿下をお守りするプリンセスガードは別だ!本来なら八つ裂きにしても飽き足らんが殿下が貴様の処分を望まぬゆえこれくらいで勘弁してやる!」
「あ、あわわ…」
「もしまた何かしてみろ?殿下に害を成した貴様を我らプリンセスガードは決して許さぬ!間違っても我らの前に二度と顔を見せるな、今日のところは一番の穏健派であった我が来たが他の者が来たらこうはいかぬぞ!腕のひとつも引きちぎるぞ!!」
それだけ言い捨てると中年騎士は詰め所を後にしていった。後に残ったのは嵐のような出来事になす術なく立ち尽くす薬師達、そして歯が抜けて鼻血を垂らしながらうわ言のようなものを呟きながら震えているヤブイシーであった。
次回予告。
ヤブイシーは鉄拳制裁を食らった後、免職こそされなかったが調合などの場から外され保管庫などの在庫管理などに回されていた。殴られた顔の腫れも引いていなかっので学院にも通えず王城内の詰め所で寝泊まりしていた。
一方、ドゥサードとの婚約を破棄してヤブイシーに乗り換えた辺境伯令嬢のラフレシアだったが小さな異変が起こり始めていた。
お楽しみに。