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朱月のアリス  作者: 白塚
第1章 騒乱の陸軍編
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【第1章】9話「誘拐」



「帽子屋⋯だと⋯?」


 真田が僅かに驚きを含んだ声で反芻する。帽子屋の見た目は潜入していた八木とは異なり、おとぎ話に出てくる帽子屋の格好そのままであった。帽子屋はくるりと回りながら帽子を取り、一礼する。


「まったく。ワイバーンの育成がだいぶ進んでいたというのに。みいんな殺しちまうのは流石にひどくねえか、お嬢ちゃんよ」

「…僕は女ではない。れっきとした男だ。」


 お嬢ちゃん呼ばわりをされて不機嫌そうに答える清口。だがそうは言っても清口の見た目は若干小柄で、さらに切り揃えられたボブスタイルの髪に顔も中性的である。ちょっと仕方ないんじゃないかななどと椿が思ったのは秘密なのであった。帽子屋は続ける。


「ワイバーン部隊の損失は痛いところだが…まあいい。俺がここに来た理由は他でもない。…榊原椿。お前は俺たちと一緒に来てもらう」


 途端に軍人たちが一斉に戦闘モードに入る。


「…させるかよ」

「わざわざ言うあたりよほどの自信があるらしい。椿は渡さん」

「そうだろうな。だからこそ…こいつらを連れてきたんだ」


 すると帽子屋の持っていた鏡から大量の鏡獣たちが現れる。八木の鏡獣とは異なり、1体1体が脅威な人間を素体にしているものではなさそうだが、それでも数が多すぎる。…そして帽子屋が乗ってきた妙な竜。一番厄介そうだ。


「椿ちゃん含む学生ズは後ろ下がってて!」


 生徒たちは佐々木の言う通りに従い後ろへと下がる。応援で駆けつけていた憲兵たちが生徒らを保護しようとする。しかし…


「おら、監獄竜(メイデン)、行って来い。あの黒髪黒セーラーだ、間違えるなよ」


 帽子屋の命令を受け、竜が動き出す。


「この鏡獣たちは自分たちで片付けます!大尉殿はあの竜の方を!」

「分かった」


 佐々木が刀で応戦し、清口も式神を使いこなしながら少しずつ鏡獣の数を減らしている。菊池と真田、そして御船が竜へと向かう。真田が果敢に竜に飛び乗り、首筋に刃を突き立てようとする。が、竜の鱗はまるで装甲車のごとく硬く、刀のほうが完全に砕け散った。


「何ぃっ!?刀が…嘘だろ…!」


 動きを止めてしまった真田は竜に思い切り振り落とされ、動けなくなる。そして大きくしならせた尻尾による攻撃を3人もろとも食らってしまい、ビルに激突する。速すぎて反応できなかったのである。竜はそちらにはもう微塵も興味がないらしく、憲兵たちの方へその巨躯を向かわせる。


「椿は渡さないよ!」

「榊原!もっと下がってろ!」


 美幸と白川が椿の前に躍り出る。しかし、竜にひと睨みされ蛇前の蛙の如く動けなくなってしまう。呪い師候補生ではあっても、心はまだ子供だ。憲兵たちが守りを固める。だが…竜は憲兵を邪魔そうに睨むと、大きく咆哮する。それだけで憲兵たちの一部は失禁する者、気絶する者などパニック状態に陥る。


「…ハチ、いけそう?」

「分かりませぬ。しかしここで退けば、後ろの方々を危険にさらしてしまいますわ…やるだけやりますわ!」


 椿とハチは同化し、髪を揺らめかせ戦闘モードに入る。竜の口が迫る。咄嗟に飛び退き、回避するも思い切りスイングしたであろう尻尾に激突し、地に伏せってしまう。しかしすぐに立ち上がり、竜の首を狙い髪を伸ばす。


 ガキィン!


 椿の鋭い攻撃を受けてなお、竜の鱗に跳ね返されてしまう。椿はそれ以外に弱点を探し、あちこち攻撃を仕掛けるも全く効いている気配がない。少しずつ椿の息が上がり始める。その時。突然どこからか発砲音が聞こえた。


 …撃たれた。


 そう椿が意識した瞬間肩に激痛が走る。再度発砲音。今度は太ももだ。発砲したのは帽子屋である。帽子屋に鏡獣らと交戦していた軍人達が帽子屋のもとへ向かおうとするが、再び鏡獣に阻まれる。椿は堪らず竜の前にもかかわらずその場に崩れ落ちる。致命傷ではないが、それでも撃たれたのは初めてだったのもあり精神的にも身体的にもダメージが入った。


「……椿ちゃん!」


 鏡獣たちを相手取っている佐々木らが叫ぶ。


「やれやれ、手こずらせる奴ばっかだったが…これでようやく仕事が成せる。監獄竜、そいつを捕らえろ」


 竜が歯のない蛇のような大きな口を開けて椿に迫る。椿は動けない。そして…


「や、やめろ…こっち来んな、ッウワアァッ!?」


 椿は竜に丸呑みされた。そして、竜の腹部にぽっかりと空いている空洞に囚われる。外に出られないよう、格子が着けてある。椿は必死に格子を揺らしたり、内部を髪で攻撃するも全く効き目がない。帽子屋が満足そうに笑う。目標を達成した今、長居は無用。


「でかした監獄竜。さ、戻るぞ」


 帽子屋は鏡の中からもう1体の監獄竜を召喚すると、身軽そうに飛び乗る。2体の竜は大きく翼を広げる。逃がすまいと鏡獣をあらかた片付けた軍人らが式神を放ったり発砲したりするも、すべて鱗で弾かれる。その時、どこからか飛んできた脇差が竜の鱗と鱗の間に突き刺さる。菊池だ。瓦礫からひとり飛び出してきたようだ。その目はしっかりと椿を見据えている。


「……師匠…」


 しかし、竜たちはそのままものすごいスピードで椿もろとも飛び去っていってしまった。




 黒い点となって消えた竜と椿を菊池は呆然と眺めるしかなかった。やらかした。自分はいつも肝心なところでミスをする…気分が落ちかけた菊池だが、自らの顔をぺちぺちと叩き意識を切り替える。


「大尉殿…」

「今は謝るな佐々木。貴様らはよくやってくれた。…謝るべきはこっちだよ、任務を遂行できなかった」


 菊池はふう、と小さく息をついた。ちらりと瓦礫の方を見やると、真田を起こす御船とその部下(腰巾着)八戸。騎兵科の方は真田に任せよう。


「菊池大尉」


 不意に呼ばれて菊池は振り返る。そこには…


「た、武内少佐殿…!」


 菊池らは慌てて敬礼をする。


「そう固くならんでもいい。……やらかしちまったみたいだな、菊池」

「…返す言葉もありません。思い上がっておりました」


 下を向く菊池に武内は笑った。


「だが…そう言いながらも次の算段を既に立てているのだろう?よく頭が回る貴様のことだ、違うか?」


 ゆっくりと菊池は顔を上げる。そこには不敵な笑み。


「流石は少佐殿…勿論です」


 その様子を見た武内は再び笑う。帽子屋。確かに脅威だろう。だが…菊池の正体はもっと恐ろしい。大切な教え子を攫われたのだ、菊池の怒りは相当のものだろう。


「その次の算段とやらに、我々も協力できないか?」


 真田である。菊池は頷いた。


「無論、お願いしたい。数はなるだけ多いほうがいい」

「ええ…一人が喚び出すだけであの鏡獣の量。いくら精鋭でも何体も相手取るのは厳しいでしょうし…」


 そう語るのは御船。その顔にはいつもの謎めいた笑みを浮かべている。


(白の教団とやらも困りますねえ…あの姉妹は私が先に目をつけたというのに…)


 御船の怪しい思考内容を知ってか知らずか菊池がため息をつく。


「御船少尉。無論貴様にもついてきてもらうが…単独行動は厳に慎んでくれよ」

「勿論ですとも。この場では貴方が一番強い。ちゃんと従いますとも、菊池大尉殿」


 扇子を取り出し、仰ぎながらそう言う御船に菊池は小さくため息をつく。全然信用ならない。


「菊池…あいつは俺が見張っとくから安心してくれよな」


 真田が小声でそう言い、菊池は頷きこそしたがあまりこちらも信用ならなそうだ。なにせ、御船はその生まれと能力で上官であろうとも彼に頭が上がるものは極々少数…誰も御船の傍若無人を止められていないのが確たる証拠だろう。


「とにかく。すぐに…とはいかんが椿を救いに行く。今から作戦を説明するぞ、よく聞け」

 

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