【第1章】8話「帽子屋」
『本日のゲストは…人気絶頂の大刀洗宗太さんです〜!』
『どうも〜宜しくお願いします!』
『体調不良とのことでお休みされているようでしたが…お身体の方は…』
『はい!すっかりもう回復しまして…』
…そんな音声が流れるテレビを眺めているのは白の教団のとある拠点の一室にいる、“帽子屋”。
「白ウサギのやつめ…あれだけ俺から警告していたというのに…」
恐らく白ウサギ…八木はもうこの世にいないだろうと帽子屋は推測した。何故なら、白の教団の者は“ハートの女王”から誓約の術をかけられるためである。その術は時には加護となり、裏切り者には牙を剥く。それは失敗した者も含まれる。帽子屋はテレビの電源を切ると紅茶を自ら淹れ始める。その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは白いローブに身を包んだ信者の一人。顔はフードのためよく見えない。
「…本日決行予定の例の計画…ほとんど準備完了致しました」
「そうか、ご苦労。…んじゃ、俺も準備すっかね…」
帽子屋は帽子を被り直しつつ、ゆっくりと立ち上がった。
「大刀洗さん。もとに戻ってよかったね」
「ええ。もう仕事に戻るなんて…ほんと、強い人ね」
2人は、営舎の教室に向かう。呪い師として活躍する2人だが、まだ齢16の高校生。学生である。そのため座学を受けつつも呪い師としての仕事もこなすという、中々ハードスケジュールな毎日なのである。
「じゃあ…私はこっちだから。また後でね、椿」
「おう!」
百合と椿は同じ陸軍内で鍛錬を積んでいるが、所属する隊が違うのである。百合は近衛歩兵の田中隊、椿は同じく近衛歩兵の菊池隊。廊下を進んでいると、二人の人影が現れる。
「あっ!椿じゃん!やっほ〜!」
「よかった、元気そうだな」
そう叫びながら椿に駆け寄ってきたのは、椿と同じ黒セーラーに身を包んだ金髪ショートヘアの少女、新庄 美幸。もう一人は黒い学ランの男子学生、白川 祐希。
「あの白の教団の奴らと戦ったんだって?大きな怪我はしてないか」
「ああ。戦ったと言っても…アタシらはほとんど何もしてないよ。師匠…菊池さん達が上手く戦ってくれたからね」
「白の教団、最近は人を攫うようにもなったでしょう、椿最近覚醒したから、教団に目をつけられたのかって…心配してたの」
「ああ…多分アタシのことも狙ってくるだろうな、なんせ奴ら百合を狙ってたし…っていけね!やばい授業始まっちゃうよ!」
「うわもうこんな時間!?急げ急げ〜!」
騒がしい三人は教室へと慌てて走っていった。
「さて、今日はいつも通り座学…といきたいところだが、緊急招集がかかった。通報のあった場所にこれから向かうぞ」
「悪魔ですか、それとも怨霊…?」
「いや、魔物だ…詳しくは車内で話す。取り敢えず車のところへ行くぞ」
魔物。それは神でもなく、悪魔でも怨霊でもない。外国の固有種の怪物である。本来、日本には居ないはずの魔物たちが猛威を振るい、日本の固有種となっている妖怪たちを捕食するなどして大きな問題となっている。そんな魔物の討伐を行うのも勿論呪い師たちである。いわゆる、“外来種駆除”である。
「今回、複数の魔物が突然街中に現れ、暴れている。その魔物たちは…コカトリス2体。それから…ワイバーンの群れ。どこからやってきたんだか…中々大変になりそうだ」
菊池はそう言いため息をついた。
車が停まり、菊池と学生一行が車から降りる。規制線が張られ、その前に憲兵が立って一般人が入れないようにしてある。憲兵は菊池の姿を認めるとどうぞ、と規制線を持ち上げる。そのまま一行は魔物がこの先にいるであろう街中を進んでいく。
「あ!菊池大尉殿!こちらです!」
そう呼ぶのは菊池隊に所属する佐々木少尉。その隣には同じく菊池隊の清口二等兵。
「コカトリスのうち一体は既に近衛騎兵の隊が交戦中とのことです。もう一体がこちらに向かってきているようで」
「連絡ご苦労。では我々も行こうか」
菊池を先頭として一行は歩いていく。建物と建物の間に潜んでいないかひとつひとつ確認しながら歩いていく。
「…あそこ!いました!」
小声で報告する美幸。その先には鶏と蛇が合体したような怪物――コカトリスがゴミ捨て場のゴミ袋を漁っている。
「私と学生ズは鶏の頭を狙う。貴様らは後ろの蛇を頼む。気付かれるなよ」
二手に分かれ…そろそろと怪物に近づいていく。…が。
突如として鶏の方の頭が振り返り、佐々木らを捕捉した。
「やべっ…見つかっちまったなこりゃ」
「…蛇の熱源感知か…」
コカトリスがこちらへ猛突進してくる。佐々木は抜刀し清口は銃を構える。しかし!遠くから伸びてきた黒いツヤのある刃物のようななにかがコカトリスの鶏と蛇の首と胴に絡みつき、そのまま輪切りに切断した。
「うしゃ、成功!流石ハチ!」
「これくらい朝飯前ですわ」
黒い艶のある物体の正体はハチと同化した椿の髪だった。
「す、すげえ…手こずりそうな魔物を…たった一人で…しかも一瞬で片付けちまうとは…恐れ入ったぜ…」
佐々木が驚愕の言葉を漏らしながら菊池と学生たちに合流する。
「大尉殿申し訳有りません。気付かれるなとのことであったというのに…」
「清口。そう気に病むな、熱源探知を忘れていた私にも不備はあった。うっかりうっかり。…特に誰も怪我はしていないようだな。では引き続きワイバーンの群れを探しながら騎兵隊と合流を…」
菊池がそう呟いたときだった。サッと一帯に影が落ち、数多の羽音。ワイバーンの群れだ。急降下して襲ってくるワイバーン達を迎え撃つべく、総員戦闘態勢に入る。が…何故かワイバーンは菊池らを襲わず、少し離れたところに着陸していく。
「先生。ワイバーンの群れの統率力は凄まじいと聞いていましたが…ここまでなのですか?」
「いや、首輪が見えた。これは…誰かが指揮を執っている…?」
白川の問に菊池が答える。着地したワイバーン達は菊池の言う通り白い首輪をつけている。そしてワイバーンの上には…白いローブを着た者達が乗っていた。
「貴様ら。戦闘態勢はまだ解くなよ」
菊池が小声で指示を出す。そして、ワイバーン達に乗っていた者達…白の教団の者たちが声を発する。
「なんと不敬かつ残虐なことか。聖なるコカトリスを…」
「やはりお前たち軍人…呪い師は神敵に他ならない」
「行くぞワイバーン。蹴散らすぞ」
再びワイバーン達が宙に舞い始める。
「大尉殿。ここは自分が」
清口がそう言うといくつかの紙片を取り出した。紙片はひとりでにふわふわと宙に浮き、細長い独特な形を取り始める。――ダツである。そして…
バシュッ!
目にも止まらぬ速度でワイバーン達の首や目、頭に向かって飛び、そのまま突き刺さる。
ギャオオオン!
ワイバーンたちは悲鳴を上げながら信者もろとも地に落ちていく。
「くそ…お、おのれ、聖なるワイバーンをよくも…!」
信者の一人が苛立ちと焦りの混じった声で叫ぶも、清口の式神ダツの猛攻は止まらない。…そして二十数匹いた筈のワイバーンはすべて無惨に地に倒れ伏した。
「……おっと、我々の出る幕はなかったようだ…」
そうぼやきながら現れた軍人…騎兵科の真田 信大尉。騎兵科ではあるが、今回は馬には乗っていない。率いている数名の隊員のうちには御船もいる。
「我々もワイバーン退治と息巻いていたのだが、奴らはお前たちの方に行ってしまってな…奴らの上に人が乗っていたからもしやと思い駆けつけたが…やはり今回も白の教団の奴らだったか」
「そのようだ。取り敢えずコイツらは憲兵に引き渡そう」
菊池と真田は頷き合い、部下たちによって縛り上げられた白ローブの信者たちのもとへ向かおうとした、その時。菊池が叫ぶ。
「総員退避ッ!後ろに下がれッ!」
咄嗟に飛び退く一同。そして一同がいた場所に、巨大な何かがドスンと飛来した。巨大な何か…それはツギハギで、腹にぽっかりと空いた穴に鉄格子が着けられている、竜であった。そして、妙な竜から一人の妙な格好をした男が降りてくる。
「ヤアヤア、軍人さんと学生さん方。初めまして。俺は帽子屋。…よろしくな」