【第3章】25話「仇討ちと救世主」
「フーン、お前、富田って名前なのか。いい目だぜ。その目、仇討ちか?」
「そんなところだ」
立ち上がりながら鬼童丸は品定めするように富田を見る。倒れた大刀洗をすっ飛んできた菊池が抱き止める。
「菊池。お前らは引き続き凍っちまった奴らを安全圏に連れてけ。今の俺は周りに配慮できる自信がねえ。あと、コイツは俺がやる。決して手出しすんじゃねえぞ」
「…ああ。分かった」
菊池は大刀洗を抱え、さらに背から触手を伸ばし未だ目を回したままの飯塚も回収して移動していった。菊池が見えなくなったあたりで周囲に結界が張られた。百合だろう。鬼童丸が薙刀を構える。富田も刀を構える。黒い刃だが、光の具合で青色にも緑色にも見える、烏の濡れ羽色の刀身。鬼童丸の薙刀が襲いかかってくる。重い一撃を涼しい顔で富田は刀で受け止める。そのまま弾き飛ばし相手の懐に潜り込む。心臓をひと突き。鬼童丸は呻き声を上げつつ咄嗟に富田に触れた。富田の身体が凍りついていく。しかし。
「俺に氷は効かねえよ」
富田の身体が発火する。あっという間に氷を溶かすと炎も消える。鬼童丸はチッと舌打ちした。
「厄介な…呪いごと焼き飛ばす炎とは」
本人も気付かぬうちに鬼童丸の心にほんのわずかに不安が走った。この炎、知っている……。しかし戦闘には関係ないとばかりに鬼童丸は疑念を振り払い再度薙刀を振りかぶる。躱していく富田だが、わずかに肩に当たりスーツが裂け血が舞う。富田の血は空中に浮遊したかと思うと、針のような形になり鬼童丸に襲いかかる。薙刀を振り回しそれらを払うが、鬼童丸は目の前の富田という男はかなり厄介な能力を持っていることに顔を顰めた。
「おら、攻撃の手が止まってんぞ!」
富田は右手だけで刀を持ち、左手に血を纏わせると硬化させ鎧のように変化させる。左手をかざせば血を触手のように蠢かせ、猛スピードで鬼童丸に迫る。薙刀で破壊して回るが、今度は富田の刀が襲う。鬼童丸は接近戦は不利と断じたのか、妖力弾を放つ。しかし富田は刀と硬化させた血を盾のように形成し防ぐ。
「やるな……だがこれは防げるか!?」
鬼童丸は手を上空に向かってかざすと、街の火がその手に集まってくる。火はどんどん大きくなり、半径一メートルほどの火球となる。あれが振り下ろされれば富田はおろか、周りにも影響が及ぶだろう。しかし百合の張った結界は強固。それも結界術の頂点にある防衛神からのお墨付き。富田は迎撃の構え。
「やれるもんならやってみろや!!」
「フン…吠えられるのも今のうちだ」
鬼童丸が手を振る。富田は刀を頭上に高く上げ、上段の構え。そして、迫り来る火球に向けて刀を振り下ろした。富田の唐竹割りを受けた火球は真っ二つになり、霧散した。鬼童丸は火傷どころか衣服にすら焦げ目ひとつついていない富田を見て明らかに狼狽えた。
「う、嘘だろ……炎を斬るなど、ありえるか!?まさか、自身の妖力で相殺した…?」
「何ブツブツ言ってんだ」
高速で伸ばされた富田の血で出来た槍のような触手が鬼童丸を貫く。動きを封じた富田はそのまま袈裟斬りをお見舞いする。
「グァっ…!き、傷が……」
酒呑童子の息子である自分は刀による傷など本来ダメージにもならぬはず。だが激痛を走らせるそれはいっこうに塞がる様子を見せない。よく見れば傷口は爛れ、焦げている箇所もある。…あの厄介な炎を刀身に纏わせていたようだった。
「クソ、やるな……。だが。高火力の技は出せないようだな?俺は他の奴らとは違う。仮に頸を斬られても死なねえよ」
「へえ。そりゃ可哀想だな」
「……何?」
炎による傷も、少しずつではあるが塞がり始めている。鬼童丸は自身の再生力には自信があった。切り刻まれても、死にはしない。いずれ復活するのだ。それなのに、この男は今なんと言った……?富田は腕時計をちらりと見やり、そろそろだな、と呟いた。
「何を企んでいるのか知らんが、この俺にはどんな攻撃も……かっ、かは、ぁっ、」
鬼童丸の顔色が変わる。言葉を紡げなくなり、薙刀を取り落とす。息が。息ができない。富田はにやりと笑うと刀を鞘にしまった。
「死ねねえ、つうのは中々可哀想だなぁ?この世にはな、死んだ方が楽だってことも死ぬほどあるんだぜ」
冷たい言葉が降りかかってくるが、鬼童丸はそれどころではなかった。立っていることも出来なくなり、膝から崩れ落ち、喉を掻きむしる。息を吸っているのに、息ができない。
「な…な、なに、し、た……」
「教えてやろうか。血だよ。俺の血」
富田は左手に纏わせた血で出来た鎧を見せつける。鎧からは富田が操る触手が数本蠢く。
「百合…上に飛んでるドラゴンの嬢ちゃんに頼んどいたんだよ。ドーム型の結界…密閉空間を作ってくれってな。……俺は血をこうして硬化させるだけじゃなくて気化させることもできる。ここまで言やぁもう分かるな?」
目を見開き、赤黒い顔色の鬼童丸の前に富田はしゃがみ込むと頭をポンポンと叩く。意地の悪い笑みを浮かべて。
「…ずっと気化させた血を漂わせてたんだよ。お前が知らずに吸った空気に俺の血はふんだんに含まれてたわけだ。お前の肺胞、潰してやったよ。可哀想になぁ!!その状態で死ねねえっつうのは!!」
「――ッ!!」
富田は絶望に染まった鬼童丸を見下ろし、ゲラゲラと笑った。富田と鬼童丸の周りに円を描くように炎が巻き上がった。…思い出した。この炎は、黄泉の国の炎。地獄の炎。つまり、この男は――。
「富田様。終わりましたか」
「小野か。ああ、見ての通りだぜ」
小野…?小野。小野篁。間違いない。目の前のこの男は。
「お前にはもう慈悲をやる必要は無いな。懲りずにまたこうして悪事を働くとはねぇ……。無垢な人々を殺しやがってさあ……。言うまでもなく、テメエは地獄行きだぜ。“等活地獄”にでも行きやがれ」
富田――閻魔は下を指差す。瞬間、倒れている鬼童丸の下の地面が無くなり、ぽっかりと口を開ける。
「――ッ!!」
「あばよ糞餓鬼。クソ親父によろしく言っとけ」
落下していった鬼童丸は闇に飲まれて見えなくなる。穴は塞がり、元の地面に戻った。富田は残された鬼童丸の薙刀を拾い上げると、刃の部分を掴んだと思えば粉々に破壊した。小野は上空の百合に向かって手を振ると、結界が崩れていく。横で煙草に火をつけた富田を見て小野は苦笑いを浮かべた。
「閻魔大王…いえ、富田様。…私怨が絡むと、恐ろしい技ばかり使いますね」
「ア?何のことだよ」
「いえ…何でもありません。奴の苦痛、想像するだけで恐ろしい」
小野は言いながら少し大袈裟に身震いをする。富田は腕時計を見る。そろそろ、内海がやってくる頃合いのはずだが……。
「みなさま〜!お待たせしちゃってごめんなさーい!!」
上空から可憐な声が聞こえてくる。黒雲が立ち込め、激しい雨が降っていてもともと暗い一帯にサッとさらに影が落ちる。
「帰ってきやがった。遅えよ」
富田の近くに白い竜――百合があわてて降り立つ。そんな竜の姿の百合が小さく見えるほどの巨大な影。同じく竜だが、桁違いの大きさだ。長い首に全部で六本の太く立派な角。身体は鋼のような黒い鱗に覆われ、手脚の指先についた爪は凶悪なまでに鋭い。びっしりと牙の並んだ裂けた口の上に位置する目は赤く光っている。
「と、富田さん!あの竜は……?」
「内海だよ」
「内海さん…?あれが……!?」
アイツ榊原姉妹とずっと居たくせにその姿見せたことねえのかよ、と富田は思いはしたが、とりあえず後である。黒い竜――内海の頭の上に、一人の人影が見える。その人物は内海の頭から飛び降りた。
可憐な女性の姿。桃色の髪にくりっとした目はきらきらと輝くエメラルド色。しかしその背には三対の羽毛で覆われた翼に頭上に光るヘイロー。天使だ。
「ごめんなさい待たせちゃって…!あ、あの!凍らされてしまった方々はどちらに…?」
「こっちだぜ。着いてきな」
富田はカラスの姿になると先導するように羽ばたく。その後ろに桃色の天使と百合たちが続く。富田がやってきたのは交差点。鬼全滅の報は知らされたのだろう、既に救護テントが張られている。そして車も人もいない交差点に運ばれてきていたのは数多の氷像。桃色の天使はその光景に息を呑み、口元を手で押さえた。
「なんと惨たらしい…!でもご安心ください。不精このガブリエル、皆様を元通りにしてみせます!!」
ガブリエル、という名に百合は驚いているようだったが、桃色の天使は胸に両手を当てる。何事か唱えているうちに胸元が光り輝き始める。
「凍える子羊たちよ…今その呪い、解き放たん……」
ガブリエルが両手を広げると、その胸元から桃色に光り輝く蝶が一斉に飛び立った。桃色の蝶たちは光の鱗粉を散らしながら氷像へと向かっていく。
「小野!ボサッとしてねえでお前は神埼の奴を手伝え!」
「はっ!すみません!!」
神秘的な光景に見惚れていた小野は富田に叱り飛ばされ大慌てで一番大きな救護テントに走って行った。
「あの…小野さんは何を?」
「ああ…氷漬けにされた奴らで、割れちまってる奴らがいたろ。アイツらも何とか助けてやるべく蘇生とそれに近しい能力を持つ奴等を集めてもらった。小野はある程度なら蘇生できる能力があるからな。神埼の奴は蘇生はできねえが、生きている間なら欠損部位をくっつけることができる。…欠損したところが失われてなければな」
百合は神妙に頷いた。日頃から口酸っぱく仮に体の一部が欠損したら可能ならその部位を何としてでも持ち帰るようにしろと言われていた意味が分かったためである。…おそらくあの大きな救護テントには、氷像にされ、そのまま中の身体ごと割れてしまった人々がいるのだろう。
蝶たちに目を向けると、蝶たちは氷像の元へと赴き、羽ばたいて鱗粉を氷像にかけていた。すると、光り輝く鱗粉が付着した箇所から氷がみるみる溶けていく。こおりおにの呪いは溶けたのだ。蝶たちは救護テントの中へと入っていき、しばらくすると切断面の再生を試みているのだろう、悲鳴と怒号が飛び交い始めた。
一方、五体満足の氷が解けた憲兵や警察官、一般人などは何が起こっているのか分からない様子でしばし辺りを不安げにきょろきょろと見回していたが、宙に浮かんでいる桃色に光り輝く天使とその背後にいる巨大な黒い竜に気付いた様子で、驚嘆の声を上げている。蝶を放って三分足らず。全ての人々がこおりおにの呪いから解放された。ガブリエルは満足そうに微笑んだ。
「みなさま!ご安心ください。呪いは解けました!もし身体に不調がある方はすぐにお近くの軍医さんにお申し付けくださいね!」
「鬼や災害艦は全て打ち払いました。もう、何も心配は要りません」
無邪気なガブリエルの声に、竜の姿も相まって静かで荘厳な雰囲気の内海の声。氷が解けた人々は歓声を上げる者、安堵から失神する者、泣き崩れる者に天使と竜に平伏している者まで。
「呪いが解けてよかったです。…あとは、割れてしまった人々の一命が、取り留められるかどうか、ですね」
「…ああ。そうだな」
いつの間にか雨は止み、街からも火の手はもう見えない。百合は安堵の息をついたが、まだ、一つ気がかりが。
(椿…お願い、目を覚ましてね……)
百合らは軍人らに促され、かすり傷を治すためにテントへと入っていった。光り輝く蝶が舞う交差点を、ビルの屋上からじっと眺めている者がいた。白と黒のツートンカラーの髪に白いローブを着ている。その肌の色は人のものとは思えぬ灰色であった。なぜか頭には猫耳のカチューシャをつけている。猫耳に鈴のついた首輪をしている男は笑った。
「キィヒヒヒヒ。やはり天使はすごいねえ…呪いの力はそれほど強くないとはいえ、一瞬であったな。…椿。ああ、吾輩の椿。君を迎えにいけるまで、あと少しだ。キィヒヒヒヒ」




