【第3章】24話「八十年越しの矜持」
大刀洗サイド。カガワ達鬼軍団と大刀洗はじめ憲兵、大島ら菊池隊、小野ら呪い師の警察官、そしてベリアル。鬼童丸は今は傍観のつもりなのか、動く様子はない。
「俺はあのカガワって奴をやる」
「お、お手伝いしますっ」
「なら、俺たちは周りの鬼面をやろう」
大刀洗の宣言に応えるようにして小郡と大島が頷く。
「アタイは……」
「ベリアル。あんたは菊池隊が鬼面やるのを手伝ってやってくれ」
「あいよ!」
大島ら菊池隊が走り出し、鬼面集団と激突する。大島は鬼化による怪力で鬼面を持ち上げてはぶん投げる。狼の姿の古賀は前足で、川西は蛸の触手で敵を薙ぎ払う。野間は刀を振りかぶり、敵を斬り伏せていく。相手はこれまでの鬼面集団より防御が高く、数も多い。負けることはなさそうだが、完全に倒し切るまでにそれなりの時間はかかりそうだ。
「……」
大刀洗はチラリと気絶している飯塚を見てから黙って抜刀する。小郡もナイフを構え、神谷も鵺の姿で唸り声を上げる。カガワは楽しそうに笑った。
「いいぞいいぞ。三人がかりでも俺は倒せないということ、証明してみせらあ。鬼童丸様!見ていてくださいね!!」
「ああ」
睨み合い、両者駆け出すと一気に距離を詰める。鵺が巨躯を活かして襲いかかる。カガワは跳躍して避け、腰に差していた日本刀を抜き、神谷のうなじに突き立てる。
「グアァア!!」
神谷が叫び声を上げるも振り落とす。落下したカガワを狙い、素早く移動した小郡が攻撃を仕掛ける。
「ぬうっ!?ハハ!お前見た目の割にはやるのだな!!」
「…チッ」
心臓を狙ったが刃の軌道は逸れ、脇腹に浅い傷をつける。人間なら脇腹は致命傷だが、鬼ともあればそうもいかないだろう。傷が浅いせいで妖力を流し込むには至らなかった。小郡は触れられるのを嫌い、咄嗟に飛び退く。間髪入れずに大刀洗が刀を振り下ろす。それをカガワも刀で受け止める。ガキィン、と金属音が響く。
「重い…いい腕だ、にんげ、ぐはっ!?」
拮抗状態に陥ったのをいいことに大刀洗がカガワの腹に蹴りを入れた。カガワは吹っ飛び咳き込むも、すぐに顔を上げてニヤッと笑う。小郡が走る。ナイフを心臓部に突き立てた。しかし、肩をむんずと掴まれ放り投げられる小郡。小柄なため、そこそこの距離を吹っ飛んでしまい地面に倒れる。
「しょ、少尉殿…すみま……」
言い終えぬ間に小郡は凍りついてしまった。神谷が虎の前足を振るう。避けるカガワだがその軌道を読んでいたかのように尾の蛇がカガワに噛みついた。
「いって!!」
カガワは蛇を身体から引き離し、そのまま掴むとぐるんぐるんと鵺の巨躯ごと振り回し近くのビルに叩きつけた。壁にめり込み、ずるりと落下した神谷も凍りついてしまう。カガワはけらけらと笑った。
「さあ少尉殿。あとはお前さんひとりだぜ」
「……」
頭が沸騰しそうであるのを大刀洗は必死に耐えていた。いつの間にか周りに浮遊している宝石のカケラたちが放つ青い光のおかげでなんとか自制心を保てているのだと理解していた。桃色と空色のグラデーションがかったクリスタルたち。光り輝くたびに集中力が研ぎ澄まされ、力が湧き上がってくる。カガワが不思議そうな顔をして浮遊している欠片に触れるとバチッ!と音を立てて放電する。流石のカガワもこれは痛いようで結晶から距離を置く。大刀洗は深呼吸をするとカガワに向き直る。
「おい。貴様、カガワとか言ったな。俺は大刀洗。大刀洗宗太だ。日本国軍憲兵隊が少尉だ。カガワ。俺とタイマン張れ」
ほう?とカガワが興味を持ったように大刀洗を見据える。
「一対一で勝負だ。俺はほとんど術みたいなもんは使えねえが、お前は別に使ってもらって構わない。…先に命とった方が勝ちだ」
「いいね。いいねいいね。やろう!!」
それを聞くと大刀洗はカガワを睨みつけたままベリアルに向かって叫ぶ。
「ベリアル!俺とコイツを中心に半径十メートルくらいの結界張ってくれ!!」
「…!?わ、分かった」
大刀洗たちを囲む空気が変わる。結界が張られたのだ。これで鬼童丸が仕掛けてくることはないはずだ。両者刀を構え、睨み合う。そして――。
「――シッ!!」
鋭い呼吸音と共に大刀洗が斬りかかる。カガワも刀で受け止める。そのまま激しい斬り合いに発展する。甲高い金属音が次々に鳴り響く。高速で斬りつけては受け止められ、一秒と経たぬ間に次の一手を放つ。互いに切り傷や衣服が裂かれるも決定打には至らない。剣筋だけで無く柄の部分でも殴りかかる泥臭い試合。少しでも気を抜けばやられる。呼吸すら忘れて相手の首を狙う。カガワが地面と平行に真一文字に刀を振るう。身体をのけぞらせて避けるも、わずかに左目を掠める。
「うっ……!」
反射的に左目を押さえて動きを止めてしまった大刀洗。カガワの笑みがすぐ目の前にあった。
「おらぁ!タッチ!!」
カガワの手はしっかりと大刀洗の脇腹に触れていた。大刀洗は咄嗟に飛び退くも手先が冷たくなってくる。
「ハハハ!勝負あったな。お前もこのままあいつらと同じく――ぬぅ!?」
再び大刀洗が斬りかかってきたのだ。慌てて受け止めるも大刀洗の猛攻は止まらない。
「な、なぜだ!?触れたはずだぞ!!現にお前、凍り始めて……まさか、耐性…?」
驚愕した目で大刀洗を見る。しかし、大刀洗は苦悶の表情を浮かべて肩で息をしている。凍ってはいないが、体に霜が降りている。大刀洗は再び駆け出す。周りのクリスタルが一層強く桃色の光を放つ。
「うおああああ!!」
大刀洗の咆哮と共に振るわれた刀は受け止めようとしたカガワの刀を真っ二つにへし折った。しかし大刀洗の刀も耐えきれなかったようで、同じく砕け散る。だが大刀洗は止まることなくカガワに向かって駆け出し、その頬を殴り飛ばす。カガワも負けじと大刀洗に組み付き、投げ飛ばす。吹っ飛ばされた大刀洗は結界の壁に激突した。
「ぐはぁっ……!!」
「おい、大刀洗。もう諦めろ。それ、手足が凍りかけてるぞ。お前は立派な武人だ。感服したよ。だがお前は人間だ。負けを認めろ。さすれば苦しまずに――」
カガワは言葉をそこで詰まらせた。大刀洗はふらふらと立ち上がる。ぎらぎらと殺気に満ちた視線でカガワを見る。あまりものその気迫にカガワは思わずごくりと息を呑む。大刀洗はすう、と息を吸うと歌い出した。
天に代わりて不義を討つ
忠勇無雙の我が兵は
歡呼の聲に送られて
今ぞ出で立つ父母の國
勝たつば生きて還らじと
誓う心の勇ましさ
軍歌『陸軍』の一番「出征」である。己を鼓舞するために大刀洗は歌ったのだが、側から見たカガワからすれば気が触れてしまったように見えただろう。大刀洗は息を吐き出す。その吐息は白く染まっている。
「ふざけんなよぉ……負け?俺が…?ふざけんじゃねえこのクソッタレがぁ。部下の一人も守れずに死ぬ?…自分から負けなんか認めるかよ。なんとしてでも勝つ。勝たなきゃならねえ。二度と敗けるなんて…御免なんだよ……!」
寒い。寒い。身体が動かない。それがどうした。だから戦わないなど、そんなもの理由になどならない。このまま負ければ大島たちの方にコイツが行ってしまう。何より、凍りついた小郡たちを氷ごと割られてしまえばそれこそ氷の呪いが解けても命が助からない。今度こそ。今度こそ生き抜くと誓った。全員生還してこそ、真の勝利だ。
「ここで死ぬわけにゃあ…いかねえんだよぉッ!!」
身体の中を激情の波が荒れ狂う。その波に任せて走り出し、カガワを殴り飛ばす。わずかに怯んだ表情を見せたカガワだが、すぐに臨戦体制となり殴りかかってくる。輩同士の喧嘩のようになりふり構わず殴り合い蹴り合いを続ける。カガワが血を吐き出しながら叫ぶ。
「てっ、てめえ!おかしいだろうがよ!なんで凍らない!なんで倒れない!なんで折れない!人間が鬼の力に敵うはずないというのに――」
大刀洗の渾身の左ストレートが腹にヒットし、カガワの肋骨を折る感覚が拳越しに伝わってきた。呻き声を上げながら吹っ飛ぶカガワ。倒れ込んだカガワの上に大刀洗は馬乗りになり何度もその顔を殴りつける。カガワが全力で抵抗するも、拘束は緩むことがない。
「しゃあしい…じっとしとけやぁ!!」
大刀洗はさらに力強く殴りつける。あまりもの衝撃にカガワの口から血とともに折れた歯が飛び出す。
「おかしいだろうが……なんで…こんな…人間のくせに…精神も身体も頑丈なんだよ……!」
「ハハハハ!!そりゃあ貴様、決まってるだろ!俺は日本製だぜ!!日本製は頑丈だからな!それもただの日本製じゃねえ。メイド・イン・インペリアルジャパンだ!!ハハハハハ!!!」
「何言ってんだ、てめえ……!」
むんずと大刀洗がカガワの一本ツノを掴んだ。ギラついた目で壮絶な笑みを浮かべている。
「てめ、まさか、やめ――」
大刀洗はそのまま力任せにツノをばきん!とへし折った。カガワが絶叫する。
「ぐああああああ!!てめ、え、よくも……!!」
大刀洗はちらりと手に持った折ったツノを見たが、そのまま振りかぶりカガワの右耳に勢いよく突き立てた。
「ぎゃああああ!!いてええええ!!!」
「痛えかよ、ハハ」
カガワは折れた。完全に心が折れた。戦意で誤魔化されていた大刀洗への恐怖が込み上げてくる。ほんの一瞬大刀洗の拘束が緩んだ隙に逃げ出し、鬼童丸のいる方面の結界の壁にしがみつく。
「き、鬼童丸様、鬼童丸様…!お、お願いです、助けてください!!」
しかし鬼童丸が動く様子はない。鬼童丸は肩をすくめて額の部分をトントンと押すジェスチャーをした。カガワは絶望した。人間に負け、ツノが無いなら、もう鬼ではない、仲間ではない、ということだろうか……?
「カガワ。タイマンだぜ?先に命とった方が勝ち、つったよな」
いつの間にか大刀洗が背後に立っていた。その手には折れた刀。大刀洗の身体にはあちこちに霜が降り、わずかに震えているがカガワを殺すには十分の力はあるだろう。
「ひっ、ひいぃ……!た、頼む、助け――」
「鬼神舐めんなよ……!死ねぇえっ!!」
大きく振りかぶり刀を振るう。折れた刀だが大刀洗のそのパワーによって易々とカガワの頸を切断した。鬼の絶叫が響き渡る。安堵したのも束の間。結界が破られる音。鬼童丸だ。鬼の首魁は薙刀を振りかぶりこちらに向かってくる。戦闘が終わったであろう菊池や大島たちが何か叫んでいる。
(くそ…身体が、もう動かん……)
少しずつ身体が凍りついていく。だが、最後の力を振り絞り折れた刀を構える。倒せなくても、少しでも力を削いでやりたい――!目の前に迫る鬼童丸。すると、大刀洗の脇を黒い何かが掠める。黒い何か――一羽のカラスは勢いよく鬼童丸の顎下に体当たり、鬼童丸は後方に吹っ飛んだ。カラスは一人の人間の形に変化した。
「富田、さん……」
「遅くなってすまねえ。…やっと見つけたぜ。テメエがリーダー…鬼童丸だな。ぶっ殺す」
青い瞳を怒りで滾らせた黒いスーツを着た長身の男…富田は腰に下げていた、黒い刀身の刀を引き抜いた。




