【第3章】22話「巴戦」
燃え盛る街の上空。三機のレシプロ機は唸り声を上げていた。零戦と紫電改。そして、零戦を取り込んだ災害艦機。黒い機体には数多の血管と触手が浮き上がり、数多の赤い目玉がぎょろぎょろと蠢いている。まるで、黒い金魚鉢の中を赤い金魚が泳いでいるようにも見える。
三機は上空を上下にぐるぐると旋回していた。互いの性能はほとんど同じ…否、災害艦機となった吹田機は災害艦の能力が上乗せされ、性能だけでいえば吹田機の方が上であろう。相手の射程範囲外に入り、攻撃をするために互いの機体後方に回ろうとするために旋回していた。
互いが互いの機体の尻を追いかける。“巴戦”と呼ばれるものである。北が災害艦機の後ろにつく。しかし、災害艦機は後方の零戦に向かって触手を伸ばしてくる。慌てて北は操縦桿を切り、回避する。
「何や!ケツからも攻撃してくるとかそんなんズルやろがい!!ああくそ、どないしたらええ……!」
これ以上時間をかけると中のパイロットの命が危ない。一度はこちらの命を狙ってきたものではあるが、助けられるものなら助けたい。しかし攻撃の後手に回ればこちらが撃ち落とされてしまう。北は覚悟を決めた。
「日吉。援護頼むわ」
「…どうする気だい?」
「……コクピット内部を避けるようにして蜂の巣にする。心臓部を直接叩けんのは痛いが、これしか思いつかへん」
「避けるようにって…やれるのかい?」
「知らんわ!!零戦がこれしかない言うたんや!!」
「……分かったよ。援護しよう。挟み撃ちだ」
二人の零戦と紫電改は意思を持つ。その言葉は防衛神の二人にしか聞こえないが、時たまこうして干渉してくるのである。二機は大きく旋回する。そして猛スピードで災害艦機の前方と後方から迫る。災害艦機は前方の紫電改に向かって機銃を放つ。しかし結界がそれを阻む。そして。
一気に二機は機銃のスイッチを押す。光る弾が災害艦機を貫く。北の零戦が災害艦機にどんどん迫っていく。だが北は一才その速度を緩めない。強烈なGがかかり、防衛神である北の身体にも負荷がかかる。視界がレッドアウトする。だが、今止まるわけにはいかない。あと少し。災害艦機の命が尽きれば機体は分解される。その瞬間にパイロットを救出できれば――。
一閃。光の槍が災害艦機を貫いた。轟音が響く。
眩い光に思わず北と日吉の視力が一時的に奪われる。…稲妻だ。雷が災害艦機を貫いたのだ。視界が回復した両者が見たものは災害艦機が激しく炎上し、爆発した瞬間であった。
「……ムラサメさんのだね。今のは」
日吉が呟くように漏らす。おそらく怒り狂うムラサメの射程範囲内にいつの間にか入ってしまったのだろう。パイロットの生存は、絶望的だ。
「……しゃあない。もうこうなったらパキッと諦めるしかあらへん…。総員!集まれ!」
周りを飛んでいた災害艦機もほとんど討伐され尽くしていた。現役機たちが二機のレシプロ機に並ぶ。
「祟り神さんたちがやってくれとるけども!邪魔せんように、俺らも爆撃機をやるで!!」
『応!!』
*
「解呪の方法って…それは!?」
金髪の男に椿が半ば掴み掛かるようにして聞く。金髪は優しく微笑み、落ち着かせるようにして椿の肩をぽんぽんと叩く。
「今からご説明いたします。魔術師長…内海殿は現在海外での任務中ですが、片付き次第、解呪ができる者を連れて早急に帰国するとのことです。我々が行うのは氷漬けになってしまった者を安全地帯に割らないように運ぶことです」
小野が頷き、金髪の男から言葉を継ぐ。
「解呪できる方が到着されるまで、短くて一時間強、遅くて三時間ほどとのことです。“こおりおに”の首魁と思われる人物は二人。一人は鬼童丸、もう一人は白いスーツの禍術師…女とのことです。この女に関しては教団幹部と見られ、“こおりおに”の呪いを発動させた者です。今から我々は――」
「あら、こんなところに大勢いるぽ」
女の声。そこにいたのは鬼面を十数名連れた白いスーツの女。…今の話に出てきた首魁の一人と見て間違いないだろう。
「軍人さんがた、そこの女の子を渡すんだぽ。そうしたら貴方たちは凍らせないでいてあげるぽ」
「…お前だな、氷漬けのクソゲー始めたのは。解呪の方法を言え!!」
軍人らは殺気立ち、銃を向ける。女は楽しそうに笑った。
「お前って言わないでぽ。私はサユリっていうんだぽ。解呪?ぽぽぽ。そんなの知らないぽ。この力は鏡の魔術師から貰ったもの。私は発動の方法しか知らないぽ〜」
大刀洗は怒りの形相でサユリを睨みつけた。人の姿に戻った野間が叫ぶ。
「射撃用意!撃てッ!!」
*
対災害艦緊急対策本部。あちこちで怒号やアラートが飛び交い、誰もが心休まらぬ状況であちこち立ち回っていた。そんな中、モニターを東京都知事と内閣総理大臣、防衛大臣が睨みつけていた。モニターに映し出されているのは街の炎上状況。
「災害艦機、戦闘機型はほとんど掃討され尽くした模様。爆撃機型は残り四機とのことです」
街を覆い尽くすような災害艦機達だったが、呪い師や戦闘機パイロットたち、防衛神らの活躍によって九割以上は何とか倒すことができていた。
「この街の火をどうする。街には鬼とやらがいるのだろう。そんな中に呪い師でない消防隊員たちを向かわせるわけにはいかん」
「爆撃機のような大型の飛行機から水を投下させることはできないのですか?」
「無理だ。都市部だぞ。人がいるやもしれん。百リットルの放水は百キログラムの塊が降ってくるようなものだぞ!危険すぎる!それに、我が国には爆撃機どころか、消防飛行機などは未実装だ。…そもそも、空中消化とは火を消すことが目的ではなく、延焼をふせぐためのもの。ヘリの出動も、おそらく難しい」
防衛大臣の言葉に全員が押し黙る。このままでは都市が焼け野原になってしまう。その時、無線が入る。
『こちら北!応答願う!』
「対策本部です!どうぞ!」
『街の火、なんとかなるかもしれへん!』
一気に色めき立つ人々。北は続ける。
『爆撃機は今の祟り神さんの一撃で全滅!その祟り神さん、嵐を呼べるっちゅうことで、呼んでもらうことにしたわ』
「嵐…雨で消化するつもりですか?確かに、それなら上空からの放水より被害なくいけるかもしれません…!」
『今結界を張り直しとる!延焼防止に新しく結界は張った!これで海から新しい災害艦機が来ても安心や。…親玉空母は見つかったん?』
「戦艦長門より、不審な影を発見したとのことです。これより対処に当たると」
『よし…あんさんら、あと少しや。希望捨てずに、気張りやぁ!!』
無線はそこで途切れた。内閣総理大臣は立ち上がった。
「戦っている者はいる。我々も戦うのだ!地上が安全になり次第救助隊と消防を入れる。すぐに入れるように準備を!!」
*
一方。椿と軍人らは激しい戦闘を行っていた。いつのまにか空の災害艦機達の姿はもう一機も見えない。しかし鬼面の男達はこれまでの鬼面とは違い、練度が桁違いであった。
「ぽぽぽ。気をつけるんだぽ。ちょっとでも触れられたらおしまいぽ!」
サユリは後方で激しい戦闘を眺めながら笑う。雪風が機銃を発射する。しかし、蜂の巣になっても倒れる者はわずか。
「何、こいつが効かねえ…!?」
「ぽぽ。こいつらは強いぽ〜。戦闘機の機銃掃射にも耐えちゃう、カチカチ軍団だぽ。ぽぽぽ」
涼しい顔でサユリは楽しそうに宣う。しかし、ふいにサユリに大きな影が落ちる。
「ぽ……?」
巨大な物体が落下してきた。災害艦機…爆撃機だ。サユリは悲鳴を上げる間もなく爆撃機の下敷きになる。その爆撃機にへばりついていたのは。
「師匠!!」
「椿!?いたのか!!」
獣の姿…祟り神の姿の菊池。金色に光る四つの目で椿を捕捉し、その背の翼に目を丸くした。が、目つきが鋭くなったと思いきや菊池は翼を広げ、上空に舞い上がる。そのコンマ一秒も足らずに氷でできた巨大な突起が爆撃機の残骸から飛び出す。
「ぽ〜!!災害艦のやつら、使えないぽ!!それに、何なんだぽ!お前は凍らせたはずぽ!」
「あんな氷で私の動きを封じられると思うな!!」
菊池は人の姿になると、刀を振り上げサユリに襲いかかる。サユリも負けじと氷の波動を放ち、応戦する。すると、雷鳴が轟き大粒の雨が降り出す。ムラサメが街の火を消すために呼んだ嵐だ。嵐の中、混戦を行う面々。そこに、新たな挑戦者が現れる。鬼面軍団に無双していた飯塚が吹っ飛ばされ、建物に激突、そのまま気絶したようだ。そこに立っていたのは、黒いツナギに身を包んだ男。その額には一本の立派なツノ。
「我が名はカガワ。鬼童丸様の忠実なるしもべさ!新入りだがな!」
若い男の姿の鬼、カガワはふふんと胸を張る。その背後には、鬼童丸もいる。椿たちが殺気立つ。椿が上空から攻撃を行うべく舞い上がるが、気配を感じて身をのけ反らせる。鼻先を鋭い爪が掠めていった。
「ヒメ。そっちのガキは頼んだ。殺すなよ、半殺しで捕えるんだ」
鬼童丸にヒメと呼ばれた翼を持つ鬼…おかっぱ頭に二本の短いツノ、天狗のような山伏姿の少女が椿の前に立ちはだかる。
「オラオラオラァ!!援軍にきたぜぇ!」
叫びながら現れたのは一匹の隻眼の巨大な狼。古賀一等兵。その背には深い赤髪をゆらめかせた額に一本のツノがある軍人、大島軍曹だ。鬼は鬼でもこちらの鬼は頼もしい。
鬼と軍人、少女が交錯する。大混戦が今、始まった。




