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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】20話「飛燕」



「……ああ、死んでしまった…………」


 呟くような、悲壮な富田の声。椿はナオの亡骸から顔を上げる。そこには富田が鷹村を抱きしめるようにして地面にへたり込んでいた。富田は愛しそうな手つきで、虚空を見つめたままの鷹村の瞼をそっと閉ざしてやる。椿もそれに倣い、ナオの目を閉ざしてやる。


「…その子を」


 いつの間にかやってきていた救護班たちが担架を持って立っていた。鷹村とナオをそれぞれの担架に乗せると、白い布がかけられる。救護班たちは一礼して二人を運んでいった。


「…くそっ……!」


 言いようのない怒りに駆られて椿は歯を食いしばり、両手を握り込む。


「…椿、よせ。血が出ている」

「でもあいつ…!あいつら…!鬼野郎も、飛行機野郎も……!」

「鬼野郎?」

「鬼童丸って奴が、教団と手ェ組んで裏で手引いてる…!戦ったのに、逃げられた……!」


 鬼童丸、という名に富田が反応する。


「野郎…復活しやがったか。鬼童丸の首刎ねてやんなきゃ気が済まねぇ。椿。オマエはシェルターに戻れ。気持ちは分かるが、それはまだ取っておけ。戻るんだぞ!」


 富田は一瞬にしてカラスの姿に転ずると、一目散に飛び去っていった。十数メートル先にシェルターはある。だが、椿は行く気になれなかった。大刀洗たちは先程の爆風で吹き飛ばされてしまったのか、姿は見えない。


「…椿様……」


 行きましょう、とハチがいざなう。確かに、自分が安全圏に行くことが“正解”の判断だろう。教団に身を狙われている以上、下手に戦って捕まることが一番まずい。でも。でも。椿が立ちすくんでいるその際にも、轟音を響かせながら災害艦機は上空を飛んでいる。軍機が対応しているが、圧倒的に数は不利だ。


「翼さえ、あれば……」

「あるじゃぁ、ないか。キィヒヒヒヒ」


 ハッとして振り返ると、そこにいたのは白と黒のシマシマ模様の猫の“顔”。鈴のついた赤い首輪をした猫の生首が宙に浮かんでいる。咄嗟にハチと同化し、髪の刃を振るうが当たることはなく、また違うところに浮かんでいる。


「キィヒヒヒヒ。いきなり斬りかかってくるなんて、危ない小娘よな。キィヒヒヒヒ」

「なんだ、てめえ!」


 猫を睨みつける椿。猫は可笑しそうに笑いながらふわふわと漂っている。チリンチリン、と鈴の音と共に奇妙な笑い声を上げるたびにシマシマ模様が動いたりしていて見ていると酔いそうだ。


「吾輩は“チェシャ猫”。吾輩は猫である。…なんてね。きみに会いにわざわざやって来たのさ。キィヒヒヒヒ」

「教団の連中か…!」

「まあ、まあ。そう殺気立つなよ、可愛い顔が台無しだ。吾輩は君を捕まえるために来たわけではない。アドバイスをしてやろうと思ってね」


 椿が斬りかかる。しかし、攻撃は当たらない。


「翼が欲しいと言ったね。翼なら、すでに君は持っている」

「話しかけんな」

「キィヒヒヒヒ。まあ、聞きたまえ。君の姉上を思い出せ。白く美しい竜。その背には立派な翼がついている」


 髪を伸ばし、刀を振るう。どれも攻撃は当たらない。消えては現れ、現れては消えるチェシャ猫。


「君の姉上は見た目からして“悪魔”の色が濃いようだ。君たちは天使と悪魔の両方の力を継いでいる。つまり……」


「君だって、使えるんじゃないかと考えたことはないかい?“天使”の力を」

「……!」


 思わず攻撃の手が止まる椿。聞くだけ無駄だ。そう思おうとするが…この猫、本当に何かを伝えようとしている…?


「自分自身を見つめ直すのさぁ。この世界はなんでもアリの世界。信ずれば…おのずと見えてくる」

「おい、それってどういう……」


 チリン、と音がしたと思えばいつの間にか猫は消えていた。瞬きひとつの間に、煙のように消え失せてしまった。椿は両手を見つめる。翼。翼さえあれば。


「うぅうううんん……!」


 力んでみる。しかし何も起こらない。


「くそ!何にも起こんねえじゃねえか!なんだよ信じれば見えてくるって!!」

「つ、椿様!あのような怪しい者の言うこと……」

「わかってる!でも、でも試してみる他、ないっしょ……!!」


 その時、一機がこちらに向かってくる。完全に椿をターゲットとしているようだ。


 ――許せない。アイツらも、自分も。不甲斐ない自分が許せない。守りたい。守られてばっかりじゃ、嫌だ…!!


 狙いを定め、機銃が火を噴く。しかし、椿の姿は忽然と消え失せていた。


「うおりゃあっ!!」


 ガアン、と勢いよく音を立てて椿は災害艦機の上に飛び乗った。その頭上には黒いヘイローと、背には黒い翼。妖力が身体の内側から溢れ出てくるようだ。ハチのではない、椿自身の妖力。


「流石にお前らもここは攻撃できねえだろ!?うおりゃあ!!」


 椿は勢いよく刀を災害艦機に突き立てる。災害艦の戦闘機とはいえ、実際の戦闘機ほど防御は高くない。災害艦そのものなら話は違ってくるが、コレは少しカタめの肉の塊。そして椿の刀は防衛神謹製の優れモノ。覚醒した椿は自身の荒れ狂う妖力を突き立てた刀から一気に流し込んでやる。


 妖力を流し込まれ、災害艦機は悲鳴のような音を立てながら爆散する。椿は巻き込まれる前に再び空に舞う。音を聞きつけてか、二機が向かってくる。椿は髪を伸ばし二機を捕えると、そのまま激突させて破壊する。さらに後方から一機。椿は迎撃の構えを取り、竹を割るようにして刀を振るう。災害艦機は真っ二つになった。


「すげえ。アタシ空飛んでる…!バケモン飛行機やっつけてる……!」


 当たり前だが空を飛ぶのは初めてだというのに、身体はスイスイと動きあっという間に四機堕とした。まるで、以前からこの戦い方をしていたかのように。


「うし…!この調子で飛行機も鬼どももやっつけてやらあっ!!」


 椿は怒りをエネルギーにするイメージで己を奮い立たせ、翼を大きくはためかせた。



 *



 一方。上空では深緑のレシプロ機が三機。二対一ではあるが、所属不明機は奮戦していた。実質は零戦と零戦の戦い。紫電改は零戦の補助をメインに行なっている。紫電改――日吉と零戦――北。二柱はもう一機の零戦と戦闘を行いながら上空に結界を張っていた。次々に飛来する災害艦機による空襲の被害を最小限にとどめるためである。しかし戦闘を行いながらであること、結界の範囲が広範囲であることもあり、結界の一部が壊されては補強し、補強しては壊され……のイタチごっこであった。


「ええいくそっ!あんさんの目的はなんや!!ただでさえリソース割かなあかんこと山積みやっちゅうのに、いくら増やす気やっ!!」


 北は心からの叫びを上げながら目の前の敵機に向かって機関銃を放つ。しかし相手もこなれている。上手く躱されてしまう。


「さては、教団の奴らとグルやな!?どないして災害艦と協力したんや!!ああっくそ、邪魔すんなや!」


 災害艦機が飛来してくるも、直前に結界を張ったことで激突し大破する災害艦機。さらに二機飛来するも日吉が結界術をうまく利用し、二機とも真っ二つにする。


「あかん、数が多すぎる…コイツに集中できひん」


 北のイライラは募る。この零戦をとっとと堕としてやりたいが、何度も災害艦機による邪魔が入る。北はチラリと街を見る。爆撃機は未だ上空から焼夷弾を落とし続けている。日吉とアイコンタクトを取り、北は叫んだ。


「ちと援軍もらうか…天におわす日の本の神よ!英霊たちよ!かの悪しき怪異を倒す為、援軍をもらいたい!!出でよ、“日丸薙速命ヒマルナギハヤノミコト”!!」


 北の叫びに呼応するように、時空がぐにゃりと歪む。そして宙に現れたのは大きな襖。それも複数。立派な龍が描かれている。その襖はパァン!と大きな音を立てて一斉に開くと、そこから出現したのは数多のレシプロ機。皆機体には日の丸がついている。召喚されたのは、言うなれば北や日吉らの仲間、防衛神である。普段は姿を現すことはないが、同胞の召喚に応じたようであった。ちなみに、日丸薙速命とは、複数の霊体や神からなる神であり、北をはじめひとりひとりが“日丸薙速命”である。召喚された戦闘機たちは北らの邪魔をする災害艦機や、爆撃機たちに向かっていった。日吉は微笑み頷いた。


「よし。これで少しは邪魔は減ったね」


 しかし、零戦機…吹田も戦いに集中できていなかった。敵と味方を間違えたのか、災害艦機が向かってくる。うまく躱し二機の方に差し向ける。さっきからちらほらこういう災害艦機がいるせいで吹田はイライラしっぱなしであった。視界の隅に街の炎が入る。七隈たちから計画は聞いている。人間やあの防衛神とやらの存在は正直言って反吐が出る。だが、燃える街を見てその心は揺らいでいた。それに、あんなに戦闘機を召喚されるなどたまったものではない。そんな時、無線が入る。


『吹田さん?少し時間がかかりすぎしゃなくて?二機いるとはいえ、災害艦機をそれなりに送り込んでいるはずなのだけれど』

「…なあ、七隈。やめにしないか」

『あら?何を?』

「何をって……この二機はなんとしてでも堕とす。だから、空襲は、もう……」


 しばしの沈黙。すると、無線の向こうから吹き出すように笑い声が聞こえてきた。


『おかしい。貴方はもう私たちの仲間…空襲の共犯者よ。今更やめにするったって、ふふふっ、私が許すと思う?』


 吹田の腹の底から怒りが滲み出る。無理だ。俺はこれ以上、あの憎き親の仇…アメ公と同じ真似はできない。


「だったらいい。俺は寝返る。あの二機とは会話ができる。俺は――」

『だから、そんなこと許すはずないでしょう?私がそんなことすら予想していないとでも?』

「何?」


 吹田の背に冷たい汗が流れる。七隈は無線の向こうで笑っている。


『貴方は情けない男よ。自分の意思も持たずにフラフラ周りと迎合して生きている。そのくせ、その意思も弱い。きっとこうなると思っていたわ』

「……」

『だからね。対策したの。プロペラの近くをご覧なさい』


 吹田は言われるがまま首を伸ばして愛機のプロペラ部分をみる。そこには。


「――ッ!!」

『それはね。災害艦機の“雛”。それが成長して立派な災害艦機になるの……。貴方が従わないなら、もういいわ。その子の養分になってしまいなさい』


 小さな災害艦機――といっても目玉と触手のみで構成されたような見た目だが――はするりと機体の隙間に入り込み、その触手を根のように張り巡らせていく。それはどんどん巨大化し、零戦を飲み込んでいく。そして操縦室にもその触手は到達。なす術のない吹田に襲いかかる。パイロットの悲鳴は、あっという間に構築された肉の壁とエンジン音によってかき消された。


「…北。北。何かがおかしい」

「せやな……災害艦に、喰われとる」


 自分で口にしながら北はゾッとした。白の教団は裏切り者に容赦無いと聞く。あのパイロットには迷いが見えた。だからこそ対話を試し、こちらに引き入れようとしたわけだが……教団からしてみれば予想の範囲内だったのだろう。災害艦に覆い尽くされた零戦は一切の迷いなくこちらに襲いかかる。ふたりは結界術と機関銃を使いこなしながら凌ぐが……。


「あのパイロット、おそらくまだ中にいるね」

「なんとか助けてやりたいが…となると大破させるわけにもいかへんし、かといって時間かけすぎるのもあかん……どないすりゃええんやーー!!」


 北が叫ぶ。しかし無情にも、災害艦機は再び集まってきていた。こうしている間にも、爆撃機は未だ焼夷弾を落とし続けている。ふたりの防衛神は歯噛みした。


「北中尉殿!日吉中尉殿!」


 ハッと攻撃を避けつつ見れば、精鋭機、F-15たちが集まってきていた。ミサイルを発射し、あっという間に災害艦機が減っていく。


「な、どないしたん!?爆撃機の方はどないなったん!?まさか、もう全部堕としきったんか!?」

「いえ、そうではないのですが。…女の子が」

「は?」

「翼の生えた黒いセーラー服の女の子が災害艦機を片っ端から切り刻んでまして…奴らの防御は非常に低いとはいえ、学生の子があんな……」


 北は絶句した。おそらく椿だろう。何か内に秘めているものがまだありそうな子だとは思っていたが、ここで覚醒するとは…。だが、航空隊の彼らが任せてやってきたということは、かなり善戦していたのだろう。そう簡単にやられはしないだろう。


「それから、爆撃機についてはあちらを」


 最新型機とは性能も大きく違うため本当はよそ見している余裕はない北だが、現役機の助けを得ながら街の方を見れば。


「あれは…!菊池はんに、祟り神…ムラサメ!!」


 爆撃機を襲う二つの影。ひとつは巨大な鳥のような見た目。翼は二対。鋭い牙が炎の灯りで煌めいている。菊池だ。もうひとつは龍のような姿。先ほどから黒雲が立ち込めてきたと思っていたが、彼の仕業だったか。二柱の荒ぶる神々は獲物を貪るように爆撃機たちに襲いかかっていた。


「彼らも地上の鬼たちによって足止めを食らっていたそうなのですが、自力で抜け出し我々の力となってくださいました。爆撃機はやるから北の方を手伝ってやれ、と言われまして」

「ハハ、終わったら礼せなあかんな」


 ふたりの祟り神は怒り狂っているようだが、その瞳には理性の光が宿っているのを確認した。あちらは任せよう。


「地上の鬼どももですが、寄港中の顕現艦の方々も出撃したようです」

「ならちと安心やな……ま、とりあえずあんさんらは周り飛んでる奴ら頼む。俺と日吉はあの零戦やる!街の火はその後考える!」

「了解!」


 現役機たちが散開していく。北と日吉はアイコンタクトを取り、互いに頷いてみせる。


「待っとけぇ……なんとかして助け出したる!」


 北と日吉は深呼吸をし、相手に照準を合わせた。

 

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