【第3章】19話「機銃掃射」
百々目鬼と大刀洗、そして椿は斬り合いを続けていた。二つの方向から攻撃を加えようとしても、数多の目玉から捕捉されてしまい、回避される。それに加えて指一本触れられてはならない。椿は刃と化した長い髪で長距離攻撃を行えるものの、大刀洗はそうではない。
大刀洗の呪い師としての階級は、「碧玉」。下から三番目である。彼は生まれこそ特殊だが妖力を生まれつき持たない。呪い師として活動できているのはひとえに防衛神謹製の妖力を纏う刀からの借り物だからである。とはいえ、妖力の扱いには非常に長けていた。召喚術から結界術まである程度のレベルまでなら行使できる。刀がほぼ使い物にならない以上、援護させてほしいと言った椿を逆に援護する形で戦っていた。ちなみに拳銃はいつの間にか百々目鬼に奪われていた。百々目鬼とは盗みを得意とする妖怪のためだろう。
「くそ!弾が当たんねえ!オニがバリア使うとかヒキョーだろうがよ!バリア使っていいのは逃げる方だろうが!!」
しかし百々目鬼は強い。妖力弾は張られた結界で弾かれ、椿の刃も鋭い爪で相殺してしまう。このまま長期戦に持ち込まれれば2人して氷像になってしまう確率がぐんと上がる。それは避けたいところであった。
「どうした。攻撃の速度が落ちてきているぞ。そろそろ諦めて…むっ?」
百々目鬼が黒い何かの大群に襲われる。コウモリだ。さらに、百々目鬼の足元からツルが伸び拘束する。
「何だ!?」
「椿!大刀洗さん!助けに来たよ!!」
「私もいるぜえ」
「美幸!ナオ先輩も!!」
金髪ショートヘアの少女、椿の同級生美幸と派手な緑のショートボブ少女、2年生のナオ。美幸が吸血鬼「ぽんちゃん」を操り、ツルを操っていたのはナオのようだ。
「大刀洗さん!今です!!」
「ヨッシャアァーーッ!!!」
百々目鬼はツルから逃げ出そうと引きちぎったりしているが、その度にさらに絡みつく。百々目鬼が跳躍した大刀洗のきらりとひかる刀身をとらえる。
「待っ――」
「死ねやコラァーーッ!!」
戦叫とともに百々目鬼の首を刎ねる。頭は血を撒き散らしながら高く飛び、勢いよく地面に落下した。百々目鬼はそのまま塵となって消えていった。
「ふうぅ…危ねえー。助かったぜ、学生ズ」
「みなさあーん!!大丈夫ですかあ!!」
こちらに駆け寄ってくる一つの影。若いスーツの男だ。椿はこの男を知っていた。
「鷹村さん!」
「よ、よかったです皆さん無事で…。さ、学生さんはシェルターに、早く!」
「椿ちゃんに、君らも。あとは任せて早く逃げなさい」
大刀洗が刀を鞘に戻しながら戻るよう促す。本当はもっと力になりたいが、大刀洗のこの様子だともう許してくれないだろう。諦めて鷹村とともにシェルターへ向かおうとしたとき。轟音が迫ってくる。
「伏せろーーーーッッッ!!!!」
災害艦の戦闘機が真っ直ぐこちらに向かってきていた。大刀洗が叫び、ナオが椿を突き飛ばすようにして物陰に押しやる。固まってしまった美幸。鷹村は咄嗟に美幸の盾となり――。
ガガガガガガガカ!!!!!
機銃掃射。災害艦は人間を狙ってくるとは知っていたが、まさかここまでとは――。轟音が過ぎ去ったのを感じ、顔を上げる。攻撃してきた戦闘機は上昇していったが、軍機と思われるF-15と思しき影が追い、撃墜された。少しほっとしつつ振り返れば。
「う、うそ」
ナオが倒れている。その身体から、血がどんどん流れ出している。呻き声が聞こえ、目をやればそこには美幸に倒れ掛かるようにして鷹村が。目を見開き震えている美幸の右腕は吹き飛び、鷹村の体には大穴が空いている。
「あ、あああ……」
誰との声ともつかぬ悲鳴が、喉から漏れた。
*
「……鷹村」
炎幕に包まれた街の一角。鬼達と斬り合いを結んでいたスーツの男達がいた。彼らは警察官、それも全員が藍玉以上という実力者揃いである。その隊長である富田はふいに恋人の名を呼び、動きが止まる。チャンスと言わんばかりに鬼達が襲いかかるも、目もくれず拳銃で眉間を撃ち抜き鬼達は倒れていく。
「隊長?どうしました?」
「嫌な予感がする…。鷹村…」
今すぐにも駆け出したいが、現在は一般市民を襲う鬼どもの退治、そして逃げ遅れた市民の避難誘導といった任務中。私情で離れるわけにはいかないが……。
「隊長。行ってください。オレたちは大丈夫ですから。さ、早く!」
副官である小野篁は笑って富田の背を押す。小野は富田の昔馴染みである。
「ありがとう…感謝する!」
富田は一羽のカラスに変じると飛び去った。
(頼む…頼む皆無事でいてくれ……頼む…………!)
富田は犬並みに鼻が効く。あちこちから硝煙の匂いと血の匂い、人々の極限ストレスに陥った際の体臭。鷹村の匂いをたどり羽ばたく。しかし祈りとは裏腹に血の匂いは濃くなっていく。やがて開けた場所に出る。そこには、10人あまりが横たわっていた。
「ああ…!痛え…!」
「あ、足が…おれの、あし……」
機銃掃射にやられたのだろう、憲兵の何人かは体の一部をやられてしまったようだった。目線を動かせば、鷹村はそこにいた。
「鷹村!」
鷹村は美幸にもたれかかるようにして倒れていた。その身体には風穴が空いている。美幸も右腕がなくなっていた。倒れたナオを悲鳴のような声で呼びながら椿が揺さぶっている。
「…と、と、富田、さん…ごめんなさい、私がノロマなせいで、たか、鷹村さんが……」
目を見開いたままぼろぼろと涙をこぼしながら美幸が謝る。富田は首を振り、笑みを作ってみせる。…笑みを作れた自信はないが。機銃掃射の通報を受けてか、救護車が数台滑り込んできた。救急隊員に担架に乗せられ美幸や怪我をした憲兵たちは連れられていった。
「…富田、さん……?」
ハッとして目を向ければ、わずかに目を開けて鷹村がこちらを見ている。しかしその焦点は合っておらず、虚空を見つめている。
「富田、さん……ごめんなさい、おれ……」
「いい、いい。もう喋るな。もういいんだ」
助からない。神埼に診せても、小野でももう不可能だろう。とめどなく鷹村の血が溢れ出していく。鼓動が弱まっていく。
「ごめんなさい、富田さん…。役、立てなくて……。足、引っ張っちゃって」
「そんなことはない。お前はもう十分頑張ったろう」
「…富田さん、富田さん。そこにいるんですよね…おれもう何もみえなくて……抱きしめてくれませんか」
富田は力強く鷹村の身体を抱きしめる。大丈夫、大丈夫だと声をかける。鷹村は着実に死への道を歩んでいる。富田の温もりを感じながら、鷹村は昔を思い出していた。
*
「はああ…また、やっちゃった……」
警察署の屋上。鷹村は新人刑事の巡査であった。呪い師として駆け出しであったが、魔術師育成高等学校を無事に卒業し碧玉上位層とはなったもののこのところ失敗続きであった。先ほども、凡ミスで危うく一般人に怪異の攻撃が及ぶところであった。警察としても、イマイチ結果を残せていない。
「これじゃあ降格かもなあ……」
「どうしたよ、浮かねえ顔して」
鷹村は飛び上がった。いつの間にか1人の男が立っていた。黒いスーツを着た髪を左右に撫でつけた長身の男。
(き、きれいな人……)
「おーい、聞いてるか、新人くん」
「はっ!?す、すみません……あの、どなた…?」
黒いスーツの男はにやりと妖艶に笑う。その手首には黒い玉がはめ込まれている。
「富田。俺は富田龍臣。フラフラ警察官やってる」
「富田って、あの……“監視者”の」
「フフ、その名の方が知れてたか。まあ、そうだよ」
監視者。闇が蔓延りがちな警察社会において定期的にその闇を掃いて回っているという、うわさの。
「本当だったんだ」
「それで?若いの。何を悩んでんだよ?俺で良ければ聞くぜ」
鷹村はなぜか胸のうちに秘めていた澱のようなものを吐き出していた。初対面であるはずなのに。未来と自分の不甲斐なさへの不安、上の者に対する疑念。
気がつけば、日も暮れて居酒屋で2人きりで話していた。本心を吐き出すと何故か涙が溢れてきて、そのたびに富田は優しく背中を撫でてくれた。監視者は性に奔放なんて噂もあったから下心からかと思っていたが、誘われることもなく酔い潰れた鷹村を介抱し寮まで送り届けてくれた。
そこから、富田との縁は始まった。
忙しいだろうと思い、自分から連絡をしなかった鷹村だが富田の方からよくコンタクトしてきていた。のちに彼なりの心遣いだと知るわけだが。鷹村は男性を恋愛対象として見たことはなかったが、かといって女性と付き合ったときもなんだかしっくりこなかった。何度か逢瀬を交わすうちに、富田の包み込むような優しさとその男らしさに惹かれていった。
――ずっといっしょにいたい。叶うことなら、この寿命が尽きるまで。
いつしか本気でそう思うようになっていった。でもいつこの気持ちを打ち明けよう。よく悩み事の相談をするようになっていたが、これだけはどうしても言えなかった。
今日こそは、と思い赴いた居酒屋の席だったが、結局言い出せず時間と酒の量だけが増えていく。鷹村は自分の不甲斐なさに心の中で自分をポカポカと殴りたい気持ちであった。日付も周り、終電を逃してしまった。飲み過ぎて千鳥足の鷹村を肩を貸すようにして歩く富田。
「珍しいな、お前がここまで酔っ払うとは。ここ最近はなかったのによ?」
「うぅん…富田さあん、おさけつよすぎ……」
鷹村と同じ量、もしくはそれ以上の量を飲んでいるはずの富田はわずかに頬がほんのり赤いくらいで酔っている様子は微塵もない。鷹村は富田の屈強な身体に身体を預ける。温かい。
「おい、重てえ。ちょっとは自分で歩け」
「富田さあん。すきです」
富田はおやと目を丸くする。しかし酔っ払った鷹村はほぼ無意識のうちに言葉を紡ぐ。
「ずっとぉ…すきでした…。こんな俺に優しくしてくれて、時には、叱ってくれてぇ……おれんち厳しかったし、兄弟もいなかったからあ、はじめてでぇ……富田さん、一緒にいたいです、だいすきです」
突如ぐいと肩を引き寄せられ、富田のその端正な顔立ちと目と鼻の先となる。富田の鋭い視線に驚いた鷹村は思わず酔いが吹き飛ぶ心地であった。
「あ、あの、お、おれ……」
こんなこと急に言われたら戸惑うに決まっている。それも酒の力を借りてやっと言えるなんて、なんと情けないことだろう。嫌だったに決まっている、怒らせてしまったかもしれない――。自然と目に涙が溜まってくる。
「鷹村」
「ご、ごめんなさい、その」
「俺も好きだよ」
「……え?」
思わずその青い目を凝視する。傷つけないための文句かと思ったが、富田はそういった嘘を嫌う男であることはよく知っていた。富田は悪戯っぽく笑う。
「オマエ、分かりやすすぎんだよ。ずっと待ってたんだぜ?いつ告白してくれるかなって」
「え、え」
「フフ、あれこれ逡巡してるオマエもなかなか可愛らしかったが、遅えよ。危うく俺から仕掛けるところだったぜ?」
ぽかんとしたままの鷹村の顔を見て、富田は思わず吹き出した。それほど面白い顔をしていたのだろうか、と思ったその時。富田が鷹村に口づけをする。
「ンッ……!?」
「…ハハッ、可愛い反応じゃねえか。鳩が豆鉄砲を食ったような顔しやがって」
「と、とみた、さん…!?」
「純司。龍臣って呼べ。これから二人きりの時は」
真っ赤になる鷹村の頭をわしわしと撫でると、富田は初めて会ったあの時のように、妖艶に笑った。
「終電無くなっちまったなぁ?純司。…二人きりになれるトコ行こうぜ」
「…は、はい……!」
*
「じ……純司!!」
自らの名を呼ぶ声。聞き慣れた、大好きな声。
「龍臣、さん……」
目を開けた感覚はあるのに真っ暗だ。目がやられてしまったようだ。自分を抱き抱えてくれているのは龍臣さんだろう。声のした方に必死に手を伸ばすと、手を掴んでくれる感触。その手は、顔に添えられた。龍臣さんの、綺麗な輪郭が手のひら越しに伝わってくる。
「龍臣さん…ごめんなさい、ヘマ、こいちゃいました…」
「いい、いい、もう謝るな」
「いっつもミスばっかりして…こうして、自分の身、滅しちゃうんだ…いつも、言われてたのに」
「純司」
「ごめんなさい龍臣さん…やっと龍臣さんとこ、行けることになったのに、ごめ……」
「やめろ!!純司!!」
雷のような大声に、虫の息であるが思わず言葉を飲み込んでしまった。ぎゅうう、と力強く抱きしめられる。ぽたぽたと落ちてくるものは、涙…?
「純司。もういいんだ。もう謝るな。言ったろ、すぐに何でもかんでも謝るクセ直せって」
「すみま…は、はい」
強く抱きしめられる。龍臣さんの腕は震えている。
「俺…でもやりきりました……後輩…庇って、死ねるなら…………あの子、助かりました、よね…?」
「ああ、ああ。オマエのおかげで無事だよ、オマエは本当に、カッコいい男だよ」
思わず、嬉しくて笑みが漏れた。いつも可愛い可愛いとばかり言われていたから、カッコいいなんて、嬉しくて、むず痒くて……。
「俺、龍臣さんともっと遊びたかった」
「ああ」
「もっと色々教えてもらいたかった」
「ああ」
「もっと…そばにいたかった」
「…ああ……」
涙が溢れ出す。死ぬ。死ぬんだ。俺はここで死ぬんだ。何を怖がっているんだろう。さっき自分で後輩守って死ねるなら、て言ったじゃないか。でも、でも……!
「死にたくない…死にたくないよお……!」
「純司、ああ、純司…!」
身体の力が抜けていく。少しずつ意識にもやがかかってくる。最期に、力を振り絞る。
「龍臣、さん…キス、して……くだ、さい」
言い終えぬ間に唇を塞がれる。貪るような、熱いキス。
「龍臣さん、すきです…愛してます」
「俺もだよ。愛してる。愛してる」
よく頑張った。だからもう、ゆっくりお休み……。
優しい龍臣さんの声と体温。俺は幸せな気持ちに浸りながら、眠りについた。




