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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】18話「空襲」



「おいっ!おい!防空システムはどうなっている!迎撃は!高射砲は!機能していないのか!!」


 立ち上げられた対災害艦緊急対策本部にて。あちこちで怒号が飛び交う。脂汗を浮かべ、怒鳴っていた司令官に冷や汗を浮かべているものの冷静な表情を浮かべた者が対応する。


「司令官、落ち着いてください。間もなく総理も到着します。司令官がこのようでは成るものも成りません」

「しかし……」

「横須賀港に寄港中の霊明艦隊の艦たちは既に災害艦機発艦元の対象を討伐するために出航しています。また、百里基地からも戦闘機がスクランブル、横田基地の方でも準備はされている模様です。現に、飛来した災害艦機の半数は沈黙しています」

「だが!街は既に火の海なのだぞ!」

「陸軍も先行部隊と砲兵科の方も動いております。…残りはパイロットと、“彼ら”に任せるしかありません」

「……防衛神、だな」



 *



「ふふ。半数は堕とされてしまったけれど、いい感じに燃えているわね。…吹田さん?聞こえているわね」

『…ああ』

「間もなく軍機が来るわ。あの英霊神とやらも。お願いね」

『……ああ』


 無線でやり取りを終え、七隈は狐面の下で小さく笑みを浮かべた。


「七隈様。大丈夫なのかい?あの男は。迷いが見えるぞ。寝返りなんてでもしたら…」

「あら。大丈夫よ。寝返りなんてしないわ」


 空母型災害艦の中。七隈は一切の含みも持たせず疑念を切り捨てた。そうか、と黒いゴシックドレスを着た小さな少女、ナナはそれ以上深掘りせずに下がる。七隈のことだ、恐ろしい策を講じているのだろうが別に自分は知らなくていいことだ。


「サユリ…うまくやるのだぞ……」



 *



 一方。サユリは早速ピンチに陥っていた。鬼童丸の副官たちを引き連れ、護衛もバッチリであったのにいつのまにか鬼面どもはどこにもいない。…全員目の前の怪物に喰われてしまった。


「く、くそ。何なんだぽ!祟り神のくせして人間の味方するなんて意味がわからないぽ!」

「喧しい。辞世の句はそれでいいのか?」


 白いスーツにつばのひろい白い帽子の長身の女性…白の教団幹部のサユリは祟り神――菊池孝太郎に追い詰められていた。菊池の隣には刀を持ったムラサメ。


「さあ諦めて投降しろ。貴様らの人員の配置と目的、全て洗いざらい吐いてもらうぞ」

「そんなこと…死んでもごめんぽ」


 サユリがその手にいつのまにか握りしめていた透明な錠剤のようなものを口に入れようとする。


「まずい!ムラサメ!止めるぞ!!」

『言われなくても』


 ムラサメが飛びかかり、サユリの腕を切断する。そのまま一拍もおかず菊池が大きな口を開けサユリを飲み込んだ。が。


「――――ッ!!」


 菊池の喉元を勢いよく突き破り飛び出してきたのは、氷。喉元と口から大量の血を噴き出しながら菊池は声にならぬ絶叫を上げ、大きな音を立ててその場に倒れ込む。


『サミダレ!!』

「ふう、あぶない、あぶないぽ。危うくやられてしまうところだったぽ」


 ムラサメは咄嗟に菊池に駆け寄る。黒い獣の姿をした菊池は苦しそうに呻きながら鮮血を噴き出している。


「む、ムラサメ。私のことはいい。アイツを、先に――」

「隙だらけぽ。はい、二人とも、タッチ」


 いつの間にか移動してきたサユリは菊池とムラサメにぽん、と手を触れる。その瞬間に、二人はあっという間に凍りついてしまった。サユリはさぞ愉快そうに笑った。


「ぽぽぽぽぽ。あんなにイキってたくせに、無様ぽ〜。可哀想だからひとつだけ目的教えてあげるぽ。私たちは今からこの街で全員強制参加!‘こおりおに’をやるんだぽ。こおりおにはやったことあるかぽ?鬼にタッチされたら凍って動けなくなっちゃう遊びぽ。でもこれは遊びじゃないぽ。私が氷鬼になったことでゲームスタートぽ。…街には鬼がいっぱいぽ。ぽぽぽ。街はきっと氷像だらけぽ〜!」


 サユリは楽しそうにスキップをしながら、二つの氷像にはもう目もくれず、街へと向かう。



 *



「くそ。一体何なんや、これは……!」


 上空にて。飛び回る災害艦機を地道に倒している二つの影があった。両機とも現代の戦闘機ではなく、先の大戦時のレシプロ機――零戦と紫電改。零戦に乗るのは防衛神北、紫電改に乗るのは日吉。


「北、北。落ち着くんだよ。僕らにできることはこいつらを地道に倒すことだけだ。…戦火がこれ以上広まる前に、やるぞ」

「応!」


 ぶつかるほど近くまで急接近し、心臓部を機銃掃射で穿つ。幸いなことに、災害艦機は倒すと落ちるのではなく分解しながら塵となって消えるため、落下先の心配はいらない点だろう。北はそこで、よく効く夜目が戦闘機集団を視認する。


「お、待っとったで!最新鋭集団!!」


 百里基地やその他の基地からスクランブルしはるばるやってきた戦闘機たち。F-15にF-2、F-35Aも飛来している。北は笑みを浮かべて司令を出そうとするが、日吉が何やらこちらにハンドサインを出している。異変アリ。


「何や、アレ……」


 戦闘機。零戦だ。同族か?新しく顕現してきたのか?いや、それにしても、様子がおかしい。こちらにまっすぐ向かってくる。


 ――殺気!!


 咄嗟に旋回し、謎の零戦からの機銃掃射を何とか躱す北。しかし零戦は追いかけてくる。…こちらを堕とす気のようだ。


「北!」

「日吉!援護頼む!あんちゃんたちは災害艦機頼むわ!気いつけてな!」

『了解!』


 現代戦闘機たちが扇を広げるように散開していく。皆実力あるパイロットたちだ。きっと大丈夫だ。北は改めて、謎の零戦を見る。二機と一機は間隔を空けて、威嚇するような唸り声を上げながら上空を旋回する。


「よお、零戦のあんちゃん。聞こえてるか。ちょいと話でもせえへん?」

『…煩い』

「そお言わずになあ。何でソッチの肩持つん?碌なこと無いで。今からでもコッチに――」


 北が言い終えるのを待たず機銃掃射。日吉が割り込み、間に結界を張る。数秒ともたず結界は崩れ去るも、北が回避行動を取る時間を与えるには十分であった。


「…しゃあない。かつての戦友を…自分とおなじ飛行機を敵機なんて言うんは嫌やけど…堕とすしか、ないか」


 北は覚悟を決め、こちらに向かってくる零戦に鷹のような目つきで照準を合わせた。



 *



「ま、街が…………」


 掠れた声で呟くのは大刀洗。なんとか被弾を免れた他の憲兵たちも目の前の恐るべき光景に口を開けたままだった。それは椿とて同じ。白黒の写真とアニメでしか見たことのない光景が、今、実際に広がっている。焼夷弾の落ちてくる音、天地を震わす爆撃機たちのエンジン音、どこからか聞こえてくる数多の悲鳴。


「…椿ちゃん!」


 咄嗟に駆け出そうとした椿の手を大刀洗がむんずと掴む。


「離してください!行かなきゃ…助けなきゃ!」

「それは俺たちの仕事だ。君はまだ子供だろう!シェルターは安全だ。奴らの攻撃など物ともせん。熱すら通さん。だから君はシェルターに…」

「うるせえ!子供扱いすんな!奴らを倒せなきゃ――」


 手を振り払おうとする椿の肩をがしりと掴む大刀洗。強い視線で椿の両の目を見据える。


「…倒すと言ったって、どうやって?現に君は鬼どもにやられかけてたじゃないか。あの上を飛んでる奴らは災害艦だぞ?君は立ち向かう以前に飛べないだろう。白の教団が噛んでる。君を失うわけにはいかない。……シェルターに避難しろ。命令だ、いいな」


 椿は歯痒そうに大刀洗を睨むが、大刀洗も負けじと睨み返す。後ろで小郡がわたわたと慌てている。椿はため息をついた。


「…………分かりました」


 俯き、小さな声で従う旨を口にする。大刀洗は椿の頭をわしゃわしゃと撫でるとその手を引く。


「総員!大きな怪我をしている者はいないな。トラックで移動するぞ。乗れ!」


 憲兵らと椿を乗せたトラックは火の海となった街の中を走り去っていった。


 トラックから椿は何とも言えぬ虚無感を覚えながら車窓を眺めていた。少しは強くなれたと思っていた。役に立てると思っていた。だが、現実は……。いつの間にか頬から流れた熱いものを猫の姿のハチがざらりとした舌で拭う。心配そうにこちらを見ている。


「ハチ…ありがと。ごめんね」


 そっとハチの頭を撫でたそのとき、荷台の方から何やら声が聞こえてきた。


「お、おい。何だあれ。氷…?」

「人の形をしてるぞ」

「まさか…人間が凍らされてるのか?」


 思わず椿は車窓を見る。速度を出してトラックが走っているため一瞬しか確認できないが、確かに氷像のようなものがあちらこちらにある。どこかしこも炎が上がっているというのに溶けている様子が微塵もないのが不気味だ。そのときトラックが揺れる。


「ダメだ…横転します、頭を守って!!投げ出されないように!!」


 椿は咄嗟に車の一部に掴まり頭を守る姿勢をとる。大きな衝撃と共に天地がひっくり返るような感覚を覚える。大きな音を立ててトラックは横転する。かすり傷ができたものの、何とかトラックから脱出する椿。投げ出された憲兵や頭から血を流している者もいる。


「椿ちゃん!無事か!」

「大刀洗さん…小郡さん…」


 大刀洗も頭から血を流しており、小郡は口を切ったのか口元に血が滲んでいる。


「一体、何が……」


 言いかけた椿を咄嗟に大刀洗が抱き寄せ、自らの背後にやりライフルを構える。いつの間にか、鬼面の集団に囲まれている。


「兵隊どもよ。投降せよ。さすれば苦痛なく全てを終わらせてやろう」


 鬼面たちから現れたのは紺色のスーツの女。しかしそのスーツには数多の目の模様が描かれているが、どれも生き物のように蠢いている。その女の顔にも、計四つの目。大刀洗が舌打ちする。


百々目鬼(どどめき)か…。くそ、すぐそこがシェルターだっつうのにめんどくせえ」


 憲兵らよりわずかに鬼面の方が多そうではあるが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。


「射撃用意!撃てッ!!」


 大刀洗の号令とともに一斉にライフル達が火を吹く。百々目鬼にも被弾するが、素早く移動し一人の憲兵の懐に潜り込み拳を下から叩きつける。


「ぐっ、ぅ……!」


 憲兵は反射的にライフルと腕で拳を受け止め腹へのダメージを軽減させる。百々目鬼はさらに蜂の巣にされる。しかし、両者とも様子がおかしい。異変に気付いた大刀洗がわずかに顔色を変える。


「射撃中止!中止!!」


 百々目鬼は身体中を妖力弾で蜂の巣にされ、本来ならば斃れてもおかしくないはずだが、ふらふらとよろめきながらも立っている。殴られた憲兵は、ライフルを取り落とし、ガクガクと震え出したかと思うや否や身体中に“霜”が降り始める。


「あ、ああ、あ…寒い、さ、さむ…い……」


 憲兵の足元が凍り始めている。これは。


「これはこおりおにだ。お前達もやったことはあるか?」

「こ、こ、こおりおにってあの…鬼ごっこの……?タッチされたら動けなくなる…あっ」


 小郡が思い出しながら呟き、理解したように真っ青になる。百々目鬼は満足そうに笑った。


「理解したようだな。我ら“オニ”に触れられてしまえばゲームオーバー…氷像になって終わりだ」

「じゃ、じゃあ…街中の、氷の像は……」


 ひいいい、と小郡は恐怖で震え出す。それは他の憲兵たちも同じであった。大刀洗は怒りで身体が震えるのを感じた。


「…オニとやらはどんくらい居んだよ?」

「さあてな。鬼童丸様の呼びかけに答えた者が集っておるからなあ。そこそこいるだろうよ。あ、この鬼面どもにも触れられたら終わりだぞ。私らほど強くなく凍る速度も遅いが……そっちのほうが地獄かもしれんな」


 あっけらかんとした態度で宣う百々目鬼を怒りに満ちた目線でとらえる大刀洗。椿も同じであった。


「大刀洗さん。援護させてください」

「…仕方ねえな、絶対無理すんなよ。あの鬼はおそらく上から五番目、瑪瑙レベルか…テメエはここで、倒す」

 

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