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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】16話「サミダレとムラサメ」



 日曜日の正午。デパートの中は人でいっぱいであった。その中のフードコート一角に椿たちはいた。椿は午前中に急遽招集がかかってしまったためいつもの黒いセーラー服だが、ムラサメは黒い軍服ではなく白いシャツにフレアパンツ。背が非常に高いためよく似合っている。


『む。このパンで肉を挟んだものはなかなか美味いな。芋も美味い』

「ハンバーガーとポテトね。ポテト塩が効いてて美味しいよね!アタシ何本でもいけちゃう」


 椿とムラサメはファストフード店にてハンバーガーを頬張っていた。ムラサメも気に入ったようである。椿はその華奢な身体に似合わぬ量のハンバーガー達をあっという間に腹に収めていく。そんな様子をムラサメはうっとりと眺めていた。


「…なんだよ、そんなにジロジロ……」

『すまない。あまりにも良い食べっぷりすぎて、見ているこちらのほうが気持ちが良いくらいだ』

「なんだそれ…食わないならもらうぞ」

『椿になら、食べられてもいいよ❤︎』


 違う意味合いに聞こえんじゃん、と椿はため息をついた。ムラサメは元からこういう奴ではあるが、椿の身に余るほどの愛情を向けられると逆に戸惑ってしまう。


「…取んないよ。ま、早く食べちゃお。人混んできたし、まだまだショッピングに付き合ってもらうからね」

『分かった。…ふふ、欲しいものは僕にお言い。何でも買ってあげよう❤︎』


 既にムラサメの手元には紙袋が複数ある。呪い師は危険な仕事ゆえ報酬はその分大きい。もちろん、ムラサメも給与は受け取っている。今日のショッピングはほとんどムラサメが出費している。椿は何度も食い下がったのだが……


『僕別に集めてるものとか無いし。椿のために使おうと思ってたから、遠慮しないで』


 この一点張りであり、最終的に椿が折れたのだった。結局この後も椿のショッピングに上機嫌で付き合ったムラサメ。椿も中盤からは考えることをやめ、存分に買い物を楽しんだ。


 時刻は午後6時。日の入りが早くなってきたこの頃。すでに辺りは暗くなり始めている。


「きょうすごい楽しかった。…いっぱいお金使ってもらっちゃったけど、ありがと。いい気晴らしになった」

『うふ。僕でよければいつでも付き合うよ』


 嬉しそうに笑うムラサメの顔を見て椿も笑うと、辺りを見回す。


「せっかくだしさ、なんか食べて帰ろうよ」

『いいね。椿は何が――』


 そう言いかけた時、一台の車が2人のいる歩道に寄せるようにして停車する。車の窓が開く。そこにいたのは菊池だった。


「やあおふたりさん。買い物は楽しめたかい?」

「師匠!奇遇〜!荷物乗っけてもらっていい?」


 椿は後部座席を開け、ムラサメの持っていた大量の紙袋をじゃんじゃん乗せていく。苦笑いを浮かべてその様子を見ていた菊池だが、ムラサメに目線をよこす。


「…ムラサメ。少し付き合ってくれるか」

『……いいよ』


 椿は少し驚く。今から食事に向かおうとしていたところだったので、てっきり嫌がるものかと思っていたが。ムラサメは振り返る。


『ごめん椿。ちょっと用済ませてくる。すぐ戻るから』

「分かった。あそこのファミレスで待ってるね」


 ムラサメは頷くと、車の助手席に乗り込んだ。



 *



『ねえ。どこまで行くのさ』

「そう文句を垂れるな。じきに着く」


 用があるからついてこい――。そう言われて菊池(サミダレ)の車に乗り込みついてきたはいいが、降りたや否や今度は登山である。無言で山を登っていく菊池の背を眺めながらムラサメは小さくため息をついた。しばらくすると、獣道一本だった道が突然開けて広場のようなものが現れた。


『ここは』


 神社とお寺がひとつずつ並んでおり、その奥には大きな岩に向かって道が伸びている。道の左側に何列にもわたってびっしりと日本刀が突き立てられており、右側には簡略化された墓石のようなものが並んでいる。大きな岩は、慰霊碑だった。


「ムラサメ。ここが何だか、分かるか」

『……僕が、殺した人間の墓だろ』

「僕“が”じゃない。私“達”だ」


 菊池が祟り神と化した際、敵や裏切り者を滅ぼしたのち自我を失い暴れ回った際に犠牲となった人々の墓。靖国に行けず、悪霊と化し祓うしかなくなった兵士達の墓。ムラサメが菊池を見やる。


『何のつもりだ?僕に、反省を促そうとでも?』

「反省を促すというか……知っておいてほしいと思ったんだ」

『何?』

「お前はお前だ。…否、私であるようで私でない。無理にとは言わないさ。だが、これから私と…椿たちと呪い師の真似事をするのであるならば――」

『黙れッ!』


 ムラサメが菊池の頬を殴り飛ばした。菊池は勢いを殺しきれず、その場に倒れる。ムラサメはそんな菊池の上に馬乗りになり、菊池の首を力任せに締め上げた。


『何が、何が「無理にとは言わないさ」だ、舐めやがって!勝者なら勝者らしく振る舞えばいいものを!祟り神ならば、祟り神らしくあればいいものを!そうやって私を下に見ているんだろう、被支配対象としか見ていないのだろう、子供としか見ていないのだろう!』


 怒りのあまり髪が逆立ち、首を絞める腕がわなわなと震えるムラサメ。しかし菊池は表情どころか顔色ひとつ変えない。ただただムラサメを、その黒みがかった鶯色の瞳で見据えている。


「勘違いしすぎだ。そんなこと、毛ほどにも思ったことはない。お前はお前のままであるべきだ。私は軍人だ。今のお前は違う。私は、軍人として人々を守――」


 バキッ!


 再びムラサメが菊池を殴る。何度も、何度も。


『何なんだよ、何なんだ貴様はッ!なぜ、なぜそこまで軍人でいられる、高潔でいられるんだッ!“あいつら”のことが憎くないのか、殺したくないのか!』

「憎いさ」

『――ッ!』


 思わずムラサメの殴る手が止まる。ムラサメを見据える菊池の目は、どこまでも深い闇で満ちている。見たことのない不気味な表情に流石のムラサメもごくりと息を呑む。


『貴様、その目――』

「憎いさ、とても憎い。だから殺した時、途方もなく気持ちよかったさ。…だが、それは“良くないこと”だ。人類の守護者となるべき者なら、やってはいけないことだ」

『……』

「私は祟り神だ。私の内には火山のマグマ溜まりのように、どす黒い感情が未だ渦巻いている。お前と同じだ。だがそれを無闇矢鱈には撒き散らしてはいけない。…人間の部分が残っている私と違って、お前はきっと純粋な神さまになったのだろうな」

『…結局、何が言いたい』


 菊池はふっと微笑んだ。


「大人になれってことだ。時間はかかってもいい。椿の隣にいたいなら、いつまでも餓鬼のままじゃ愛想尽かされるぞ」


 笑う菊池に、再び拳を振り上げたムラサメだが、不意にハッとしたような表情になる。やってしまった、というような、泣きそうな顔つき。ムラサメはよろよろと馬乗りになっていた菊池から離れた。そんなムラサメの様子を眺める菊池。


(やっぱり、お前は私ではない。お前は…私の……)


 菊池は真顔のままムラサメをじっと見つめる。そんな菊池の視線から逃れるように、ムラサメはそっぽを向いた。


『…何だよ、どうしてお前はそう高潔なんだ。僕が蛮族みたいじゃないか』

「実際そうだろ?」


 身体についた土をぱんぱんと払いながら菊池が不思議そうに問う。ムラサメに睨まれて尚飄々としている。


「まあ、お前も晴れて仲間になったんだ。暴走しそうになったら止めてやるよ。お前は教育しがいがありそうだ」

『舐めるなよ、僕だって齢相応の色々はあるさ』

「色々ってなに」

『うるさい!』


 菊池はけらけらと笑う。それに、と。


「お前が思っているほど私は高潔ではないよ。…下手したら、お前と同じくらい血で穢れているかもな」


 “お前と同じくらい血で穢れている”。その言葉に僅かにムラサメが反応するが、不意に歩き出す。その先は、慰霊碑。


『……』


 ムラサメはその慰霊碑にそっと触れた。何事か呟いたが、その小さな声は聞き取れなかった。背を向け、慰霊碑を撫で続けるムラサメ。その表情は見えない。そんなムラサメを、菊池は黙ったまま眺めていた。


『……?』


 俯いていたムラサメがふと顔を上げ、空を凝視し始めた。菊池も何やら異変に気付いたようだった。


「何か来るな」

『――椿達の方だ』


 ムラサメが言い終えぬ間に菊池は獣のような祟り神の姿に変じる。


「行くぞ」


 ムラサメは菊池の上に飛び乗り、漆黒の獣は駆け出した。

 

 

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