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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】12話「相撲対決」


「おーとっと…と、見せかけて、そりゃー!」

「きゃー!負けちゃったあ!」


 椿とちび河童たちの相撲は大いに盛り上がっていた。椿は怪力のため、ちょっと手加減しつつも勝利は譲らないスタンスであった。


「椿お姉ちゃんつよすぎー」

「勝てないよ〜」

「へっへーん。アタシだって呪い師なるために鍛えてんの。椿お姉様と呼びなさい!」


 椿お姉様、つばきおねえさま、と素直に連呼され、椿はすっかり有頂天になっていた。チラリと大刀洗の方を伺えば、軍服は着たままだが大人河童となかなかいい勝負である。土俵の隅に追い詰められ、大刀洗がバランスを崩す。あっ、と椿が思う間もなく、神業じみた体のこなしで立て直し、そのまま河童を投げ飛ばした。


「よおーし!6戦6勝!まだまだあ!ワハハハ!」

「すげ…大刀洗さんめっちゃ強いじゃん」

「大刀洗のおにーちゃん、負けてるところ見たことないの」

「ぼくもおにーちゃんみたいになる!」

「おーおー、アタシに負けてるようじゃまだまだだぜ?」


 子供たちと笑い合う椿。しかし、そんな椿たちを面白くなさそうに見ている者たちがいた。


「ハッ。ガキどもに勝ったくれーで有頂天になっちゃってさ。だっせー」

「本当だぜ。つーか女は土俵に上がんなよ、穢らわしい」


 椿が声のした方を向けば、大人の一歩手前くらいの河童たち。なるほど思春期は河童にもあるのかと椿は思ったが。


「おいおい、だせえとは何だよ?誰に向かって吹かしてんだコラ」


 椿は我慢ゲージが非常に少ない。故に短気であった。


「おい!今アタシにだせえって言ったヤツ!出てきてアタシと勝負しな!そんでオメーが勝ったらアンタらの言う通り土俵から降りてやるよ。ただし!負けたら土下座しろ」

「人間の女風情が!いいぜ、目にモノ見せてやる」


 ひとりの若河童が歩み出る。椿も一歩前に進み、両者睨み合う。不穏な空気に、子供達が不安そうな表情になる。


「椿お姉様、そいついっつもそんな感じだから…あと、強いから、やめた方が…」

「心配サンキュー。でもな、アタシもつえーから大丈夫!礼儀ってもん教えてやる」


 ざわざわと河童たちがざわめく。長老は慌てたように走り出そうとしたが、大刀洗に制止される。


「大刀洗殿…!」

「長老、大丈夫です。椿は見た目の数億倍強いんで。もしも何かあったら、俺が対処します」


 長老は何か言いたそうにしたが、大刀洗の目を見て諦めたように静観に回ることにしたようだ。


「ヨイチー!人間の女なんかやっちまえー!」

「椿お姉様ー!負けないでー!」


 2人は土俵に入り、睨み合う。


「はっけよーい、のこった!」


 宮司の合図に、2人は即座に仕掛ける。互いの身体をぶつけ合う。力は拮抗しているのか、ジリジリとしか動かない。


 椿はヨイチという名の若河童を投げ飛ばそうと、足を引っ掛けようとする。しかし動きを読まれ、逆に椿の方がよろめく。


「へっ、大したこと――」


 ねえじゃねえか、という言葉を紡ぐことはできなかった。ヨイチは視界がぐるんと回るのを見た。スローで世界が回っている――その次に来たものは背中への強い衝撃。


「椿殿、一本勝ち!」


 わああ、と河童達が湧く。椿は誇らしげに胸を張り、四股を踏んでみせた。再び湧く河童たち。


「椿お姉様、つよーい!」

「椿お姉様、かっこいいー!」


 ワイワイと盛り上がる河童たちに、スター顔負けの態度で手を振り、ヨイチのもとへ歩み寄る。


「ん」


 椿はヨイチに手を差し伸べた。しかし、ヨイチはその手を振り払った。


「って!」

「ふざけんな!女のくせに、女のくせに…!ズルしたんだろ!」

「はあー!?してねえし!潔く負けを認めろ!そして謝れ!」

「誰がお前なんかに!……分かった。こうしよう、3本勝負。2点先取で勝ち。今はお前に1点だ」


 突如変わったヨイチの態度に、一瞬不審さを覚えたものの、頭に血の上った椿はその不審さを頭を振って紛らわす。


「言ったな。いいぜ、アタシは優しいからその条件を飲んでやろうじゃねえの!ただしもう文句言うなよ!謝らなくてもいいから、仲良くしようぜ!」

「フッ、負けたら考えてやってもいい」


 そして、両者は再び土俵入りし、睨み合う。


「はっけよーい、のこった!」


 激しい衝突音。今回も2人の力は拮抗している。さて、どちらが先に仕掛けるか――観客たちは声援を上げながら見守る。その時、ほんの一瞬、ヨイチの顔がにやりと歪んだのを大刀洗は見逃さなかった。


「おい、女。お前、女のくせに貧相な身体してやんの。胸も尻もねえ。女としても価値ねえや」

「は?――ッ!?てめえ、どこ触って――」


 明らかに投げ飛ばそうと服を掴んでくる感じとは違う。完全にいやらしい手つきで尻を触られた。動揺のあまり、椿の力が緩む。そのまま勢いよく、土俵の外へ投げ飛ばされた。


「はっはーーっ!見たか、女ぁ!」


 頭から勢いよく落下した椿だが、咄嗟に飛び出した大刀洗によってキャッチされる。大刀洗は怒りの形相で若河童を睨みつける。


「何しよんかちゃ、貴様(きさァん)!!」


 雷のような、北九州弁の混じる大刀洗の怒号に、一瞬怯む様子を見せたヨイチだか、すぐに大刀洗を睨み返す。


「何だよ、俺は相撲をとって、勝っただけだ!人間風情が何を言う!」

「人間も河童もクソもあるか!見てたぞ、貴様、とんでもねえドブ野郎だな!」

「さいてー!」

「椿お姉様に謝れ!」

「んだと!?投げ飛ばすために掴んだだけじゃねえかよ!」

「貴様――」


 河童たちも次々にヨイチへの抗議をするも、まともに取り合おうとしない。怒りのあまり大刀洗の髪が逆立つ。周りの河童たちは真っ青だ。もし、大刀洗が激怒のあまり暴走しようものなら――


「……い。」


 椿が項垂れたまま何か呟いた。しかし、抱き抱えていた大刀洗も聞き取れず、きょとんとする。


「椿…?」

「ひどい。ひどいよ」


 椿の目からぽろぽろと涙が溢れる。


「仲良くしたかったのに。なんでそんなひどいことするんだ。なんでそんなひどいこと言うの。アタシが、女だから悪いの……?」


 怒りで誤魔化されていた悲しみの波が、冷静になったことで椿に襲いかかったのだ。大刀洗は真っ青になった。椿は声を上げて泣きじゃくり出した。


「ひどいよ……!」


 椿が顔を覆ってしまった、その時。


『――誰だ』


 地の底を這うような、低く、恐ろしい声が響く。


「まずい、まずいぞ、これは……」


 大刀洗の顔に本気の焦りと僅かな恐怖が混じる。晴れていたはずの空はいつの間にか黒雲が立ち込め、雷鳴が轟く。――来る。あいつが。


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