【第3章】11話「河童の妙薬」
土曜日。基本的に土日祝は学生ズは授業も任務もお休みである。稀に任務が入ることもあるが、学生であることも考慮され振替休日を取らせてもらえることもある。しかし、本職の呪い師はそうはいかない。椿たちはまだ1年生だが、学年が上になるごとに休みの日に任務が入ることも増えてくる。そのため、休める時に休み、遊べる時に遊んでおくのが重要なのである。
「ふー!ジョギングおわり!さーて今から何しよっかな〜」
喫茶店?ショッピングする?いやでも着替えるのが面倒だな。いっそ自分へのご褒美にファストフード店にでも寄ろうかな?そんなことを考えていた椿だが、不意に声がしてその足を止めた。
「あ〜ん、もう許してよお〜!謝ったじゃんかあ!」
誰かの泣き言が聞こえてくる。それも大音量の声。この声は。
「ああ〜!やめて変なとこ掴まないで息できないからあ!いや〜!お代官様〜お許しを〜」
「何してんすか、大刀洗さん」
名を呼ばれ、ハッとこちらを向く大刀洗。大刀洗は、神埼に首根っこを掴まれ、引きずられるようにして強制連行されているところであった。
「椿か。ジョギング終わりか?この情けないアホのことは気にしなくていいぞ」
「ひどい!シゲ!そんなこと言わないでよお!」
「えーと…何があったか聞いてみてもいいすか?」
曰く。大刀洗は月1で神埼の行う治療のための“おつかい”を請けもっているという。そのおつかいを、今月大刀洗がすっぽかしたことで神埼の怒りスイッチがオンになったようであった。そして、今に至る。
「しょうがないじゃん…俺だって忙しいのよ?軍務に、テレビなんかだってあるんだから!」
「うーん、神埼さんの気持ちもわかるけど、大刀洗さん忙しいし、ちょっとかわいそうかも、です…」
神埼は大きなため息をついた。それはもう大きなため息。
「まあな。俺だって鬼じゃない。こいつに毎月大丈夫そうかどうか聞いてからお願いしてんだ。それがよお、このアホは『イケる』つっときながらすっぽかした。すっぽかした日コイツ何してたと思うか?」
「あ…シゲ……それだけは言わないd――」
「野球観戦だ。ソ●トバンクの、P●yP●yドームにまで行って」
「あーーーーーそれは大刀洗さんが悪い」
少女にまで半ば蔑みの目線を注がれ、大刀洗はその場に崩れ落ちた。
「いや…ほんと…ほんとに、すみませんでした……」
土下座をしてうずくまってしまった大刀洗を見て神埼はため息をついた。
「おら。謝ったからってつって状況は変わってねえからな。おつかいには行ってもらうぜ」
「ヒ〜〜ン…猫カフェ行こうと思ってたのにい…」
再びずるずると引きずられていく大刀洗。しかし、ここで椿の好奇心が蠢いた。
「あの、アタシも行っていいすか」
きょとんとする2人。
「神埼さんのおつかい、なんかすごく気になるなーって。あ!大刀洗さんの代わりにとかじゃなくて、大刀洗さんと、て感じで。だめっすか」
神埼はしばし考えていたが、頷いた。
「まあ、いいだろう。危険な任務ではない。向こうも嫌な顔はせんだろう。宗太。椿に怪我させたらタダじゃおかねえからな」
「えーん、神埼の鬼〜獄卒〜」
大刀洗が未だ泣き言を言っているが、神埼は華麗に無視する。
「じゃあ道のりやら何やらは大刀洗から聞いた方が早いだろう。椿、無理はせずにな。菊池から預かってる身だ」
「はい!」
……
「河童、ですか」
「ああ。河童の妙薬、といってな。打ち身だったり、怪我によく効く薬なんだ。俺たち軍人は訓練してるだけでも怪我は負うからな。そんな時、河童の妙薬があれば神埼の能力を使わずとも傷を癒すことができるってわけだ」
「なるほど。結構大事なお薬なんですね。そんな大事なお役目をすっぽかすなんて」
「ウッ!やめて!そんな顔で見ないで!」
ジト目の椿に、動揺した様子を見せる大刀洗。そのオーバーリアクション気味が何だか面白くなってきてしまった椿は、もう少しからかってみることにした。
「なんでですかー。事実言ったまでっすよ。野球観戦、楽しかったですか?」
「はい…楽しかったです……」
「ほー」
「ギータ、かっこよかったです……」
そこまでは聞いてないけどな、と椿は思ったが、いつの間にか目的地に着いたようだった。そこは開けた川辺。清らかな川が山から流れてきているようだった。今、2人の目の前には簡易的な土俵が置いてあった。
「大刀洗でーーす!!相撲とりにきましたー!!」
相撲?椿が疑問に思うと同時に、草むらがガサガサと動いたかと思うと、数名もの河童が出てきた。
「わ…!河童だ!すげえ河童!」
天狗と違い、河童は完全に御伽話の絵に出てくる河童と全く一緒であった。長老と思しき河童が一歩前に進み出た。
「よく来いさった。大刀洗殿、相変わらず二枚目じゃのう」
「えっへへへ、褒めても何も出ませんよ」
嬉しそうにヘラヘラ笑う大刀洗を柔和な笑顔で眺めた長老は、椿に目を向けた。
「大刀洗殿。このおなごは……」
「あ、ついてきたいってことだったんで連れてきました。どうです、子供達の相撲の相手にでも」
「えっ、ちょっと聞いてない」
勝手に話を進められ、慌てる椿。しかし大刀洗は意に介する様子はなく、振り返ってピースサインしてみせる。
「大丈夫。本番勝負は俺がやるから、椿ちゃんは子供達の相手をちょっとしてやるくらいでいいからさ」
「アタシ相撲のルール知らないし、本番ってなんすか!あと土俵って女の人ダメなんじゃないっすか!?」
捲し立てる椿をこれまた優しげな瞳で見守りながら河童の長老は笑った。
「おなごや、安心せい。ルールは簡単、土俵の外に出ないように、手をつかないようにすればいいんじゃよ。我らは河童、女人禁制など、イマドキではそう言ってられんからのう」
案外現代的な考えの長老だな、と椿は思った。
「本番勝負ってのは、河童の妙薬を貰うには相撲で勝たなきゃいけねえのよ。流石にそんな重荷を椿ちゃんにのせることはしないから、安心してくれよな」
大刀洗が笑ってサムズアップしてみせる。椿は先ほど大刀洗をからかったことは反省しようと思った。
「おねーちゃん、遊んでくれるの!」
「あたちとやろ!ね!ね!」
いつの間にかちび河童達が椿のもとに群がっていた。長老はほほほ、と笑った。
「椿殿。うちのちびっ子たちは体力を有り余らせていてのう…椿殿さえ良ければ、ちと付き合ってくれんかの」
「いいっすよ!よーしガキども!容赦しねーからな!」
こうして、河童達による相撲大会が始まった。




