【第3章】9話「横須賀港」
すっかり意気投合し、仲良くなった椿と北。お目見えのしるしに、と北が横須賀港を案内してくれることとなった。
「椿ちゃんら、運ええな!ちょうど日本海での任務終わった、我らが旗艦、戦艦大和が入港しとるはずや。本来なら呉に行くはずやったみたいやけど、なんか知らんけどぐるっと回って横須賀に来たみたいやな」
「大和!」
白川が目をキラキラさせながら叫ぶ。北がふふふ、と笑いながら北を見やる。
「お。白川の兄ちゃんは軍艦好きなんやな。男の子はみーんな好きやで!ホラ!言うとる間に見えてきたな」
北が指差した先には……小山ひとつ分ほどありそうな、巨大な戦艦。まさしく、‘鉄城’と呼ぶに相応しい見た目だ。
「すっげえ……」
「大和の隣にあるのが駆逐艦雪風。その後ろが戦艦長門やな」
大口を開けて軍艦を眺めていると、二人の白い軍服を着込んだ軍人がこちらに歩いてきていた。それに気づいた北はよう、と気さくに手を上げ、海軍軍人もそれに倣う。
「やあ、北。随分と可愛らしいお客さん方じゃないか。学生…それも魔術師育成学校のところか」
「三人とも、若いのに中々強そうじゃねえか。陸軍じゃなくて海軍来いよ」
長身の優しげな雰囲気を漂わせる男が笑い、隣の若干目つきの悪い男が顎に手を当て、学生ズを品定めするように眺める。
「こら、雪風。よさないか。彼女らは目標に向かって懸命に走っている最中なのだからそんな目で見るんじゃない。…海軍に来て欲しいのは、僕の本心でもあるけどね」
「馬鹿野郎、俺が学生相手に色目使ったみてえに言うな」
言い合いが始まりそうな雰囲気だったが、北がこほん、と咳払いすると二人とも大人しくなる。カーストは北の方が上のようだ。
「ほな…紹介するわ。こっちの日焼けしとる兄ちゃんが長門。目つきの悪い方が雪風や」
「よろしくね、学生さんたち」
「初めましてだな。雪風だ。よろしく」
一瞬学生ズはフリーズする。目の前の男二人が、軍艦…?
「あ、あ。じゃあお二人さん“顕現艦”ってことか!すげー!」
椿が歓喜の声を上げる。長門も、雪風も、軍艦の姿ではあるがよくニュースで目にするおかげで流石の椿も知っていた。長門がそんな椿を見て微笑む。
「流石は近衛が預かる学生さんたちだね。知っていてくれて嬉しいよ。…ごめんね?大和は今席を外していてね。会わせてやりたかったけど」
「無理だな。アイツは忙しすぎる」
戦艦大和。日本人なら誰もが知っている戦艦であろう。そんな大和も“顕現艦”であり、人の姿をとって現れていた。大和はテレビ番組にも引っ張りだこであり、任務がない期間は朝の生報道番組にレギュラーとして出演していたりする。最早日本の顔である。同じくテレビ出演をしている大刀洗が密かにライバル意識を燃やしているのはこぼれ話である。陸の大刀洗、海の大和。
「まー大和はおらんやろうなとは思っとったがな。まあしゃーない、テレビの向こう側に大体おるからええとするか」
北は腕組みをしながら呟いた。長門は懐中時計を取り出し、一瞥してから学生ズを見やる。
「学生さん方。時間の方は大丈夫かな?」
「あっ、いけね。午後の授業があるんだった。早く戻んないと」
「なら、俺が送ろう。足止めしてたからな」
「え?雪風さんって車運転できるんすか」
「舐めんな。それぐらいできるわ」
顕現艦とはなかなか自由な存在である。雪風のように、いつのまにか運転免許を取得していた艦も実は少なくない。こうして学生ズは雪風の運転する車――人相と態度の割には非常に快適で華麗な運転だった――で、学舎に戻るのであった。
*
「――何をしているのです?」
不意に屈んでいたムラサメに影がかかったかと思うと、上の方から声がする。ムラサメが首を捻って見上げると、騎乗している銀髪の近衛騎兵。
『何って…蟻を潰していただけだが』
御船は馬の上で顔をしかめた。
「祟り神とはかくも自由奔放なのですか?」
『祟り神でなくとも、神というものは自由奔放なものだ』
既に御船には興味がないのか、蟻潰しを再開するムラサメ。それに、と続ける。
『私はサミダレ…孝太郎と違って軍には所属していない。高鍋と同じでな』
「ああ…あの悪神ですか」
悪神、という言葉にピクリと反応するムラサメ。
「全く、どいつもこいつも尻拭いをさせられる我々の気持ちにもなってほしいものですね」
舌打ち混じりに宣う御船だが、自身も尻拭いさせている側である。ムラサメは指摘してやろうか迷ったが、言ったとて面倒臭そうだと思い、スルーした。御船は馬の手綱を引き、ぱか、ぱかと蹄の音を響かせながら去っていった。その様子をムラサメはじっと見つめていた。
(あいつ…何故高鍋が悪神だと知っている?奴が八十禍津日神であることは、軍部でも一部の者しか知らぬはず。それなのに、新品少尉である奴が何故……?)
去ってゆく御船の背を眺め、蟻潰しを中断したムラサメは立ち上がる。
『…御船といったか。あやつから、目を離さん方が良さそうだ。何やら嫌な気配の奴だ……』
小声で呟き、気分転換にムラサメは椿に会いに行こうと営舎、ひいては学生たちのいる教室の方へと向かう。この時間なら今日の授業は終わって放課後だろう。歩みを進め、教室の戸を開ける。教室には、ひとりだけ残っていた。
「あっ!ムラサメ!ちょうど探しに行こうと思ってたんだ」
『僕を…?』
嬉しげなムラサメに、何やらもぞもぞしている椿。
『椿…?』
「ムラサメ!」
なあに、と椿を見つめるムラサメ。もじもじする椿。
「…は、はいコレ。あげる」
『椿が…僕に?』
椿がムラサメに手渡したのは枕くらいの大きさの箱。どこかもじもじしている椿を見やりながら、ムラサメはそっと箱を開ける。そこには――
『これは、軍帽』
軍人が皆被っている、チェッコ式の軍帽。ムラサメの黒い軍服に合わせ、軍帽の色も黒。取り出してまじまじと眺めると、ほんのわずかにほつれた縫い目や継張りされたあともある。
「あんま…じっくり見ないで欲しいんだけど……ほら、以前約束したじゃん。何かお手製のものをあげるって…ムラサメ帽子被ってないから、どうかなって……」
『僕のために、作ってくれたんだ』
「や、約束だったからな!だからそんなにジロジロ見んな!あ、アタシ裁縫苦手だから……」
『そんなことはない。綺麗にできている。とても嬉しいよ、ありがとう。椿♪』
照れ隠しなのか、目を合わせようとせずそわそわした面持ちの椿。
(ふふ……何とも愛らしい反応だ)
ムラサメは内心でそう思いつつ、帽子に目を向ける。ムラサメは愛おしそうに目を細め、心底嬉しそうにそのまま軍帽をぎゅうっと大事そうに抱き抱えた。
「……被んないの」
『ん?ああ、被るとも。どれ…』
抱きしめていた軍帽をムラサメは自らの頭に被せる。ムラサメは笑って椿に向かって敬礼してみせる。
『どうだ。似合っているか』
「うん…!似合ってんよ」
一拍置いて、二人は同時に笑い出す。そんな二人の様子をどこから現れたのか、影から眺めていた高鍋は頬を赤らめて見ていた。
(ピュアピュアの、ピュアだ…!尊ぇ…)
『…ヤソマガツヒ。見えているぞ』
「やっべ。逃げろ逃げろ〜!」
『あっ!待て貴様!』
駆け出した高鍋を追ってムラサメも走り出す。しっかり軍帽を被ったまま。椿は再び吹き出すようにして笑った。
「あいつら、なんだかんだ仲良いよな〜」
走って行った二柱を見送り、自分の荷物を整理する。
「あっ!しまった、再テストのやり直し、師匠に出しそびれちゃった……今ならいるかな」
椿はプリントを握りしめ、教室をあとにした。




