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朱月のアリス  作者: 白塚
第3章 海軍と炎幕編
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【第3章】5話「喫茶店で」



 各々がスイーツを口に運び、憩いのひと時を過ごしていた時。チリンチリン、と鈴の音がし、スーツの男二人組が入ってきた。


「いらっしゃいませ。申し訳ありません、現在満席でして……」

「げ、マジっすか」


 聞き覚えのある声。椿は身を乗り出して二人の顔を見る。そこには。


「あっ!富田さん!」

「ン?お、椿じゃねえか!」


 深い海のような目の色をした黒い喪服のようなスーツに身を包んだ長身の男、警察官であり魔術師の富田。その隣にはもう一人、若い同じくスーツの男。富田はずんずん進んでくると当たり前のように席が余っていた椿達のテーブルについた。


「あ、あの…俺は…」

「鷹村。遠慮は要らねえぜ。お前も座んな」


 鷹村と呼ばれた若い男性は遠慮がちに椿の隣に座る。ムラサメが嫌な顔をするかと思ったが、クリームソーダとプリンに夢中である。二人はアイスコーヒーを頼んだ。


「富田さん。数週間ぶりっすね」

「ああ、そうだな。元気にやってたか」

「勿論!」


 富田は運ばれてきたコーヒーをストローで飲みながら鷹村に目をやった。


「紹介しよう。こいつは新人刑事(デカ)の鷹村純司(じゅんじ)巡査だ。今は俺と行動を共にしている。こう見えて呪い師の端くれだ」

「鷹村です。呪い師養成学校にいました。呪い師の免許を持っております。よろしくお願いします!」


 背筋をぴしっと伸ばして胸を張る鷹村。椿がほーうと隣の男を見やる。


「なるほど。んじゃセンパイっすね!」

「せ、センパイ…椿さんみたいな可愛い後輩にセンパイって呼ばれるの、夢だったんだあ…」


 頬を緩ませ、嬉しそうに笑う鷹村をジロリとムラサメが睨んだ。よせ。ライバル意識を燃やすのではない。高鍋はムラサメがテーブルごとひっくり返してキレるのではないかと内心ヒヤヒヤしていた。


「なーに未成年にデレてんだお前は。逮捕だぞ」

「なっ、せ、先輩!違いますよこれは!決して変な意味など無く…お、俺は先輩一筋……あっ、いえ!なんでもありません!」


 顔を赤くしてわたわたと慌てる鷹村を富田が頬杖をついて半目で見ている。


(この子、「先輩一筋」って言ったな…この二人、デキてるな〜?)


 高鍋は小さく息をつく。スイーツに夢中の椿とムラサメとは違い、高鍋だけは富田と鷹村が喫茶店に来るまでの様子を窓越しに見ていた。その様子は、まるで恋人同士のようで――


「ねーねー富田さん。富田さんと鷹村センパ…鷹村さんて、恋人?」


 ブフッ!


 唐突な変化球に高鍋は思わずコーヒーを吹き出した。幸い、椿にはかからなかったが若干ムラサメに被弾した。ムラサメが睨んでいるがこれは許してほしい。


「つ、椿ちゃ…僕あえて言わなかったのに……」

「ああ、恋人だぞ」


 慌てる高鍋と顔を赤くする鷹村とは対照的に、平然とした様子で答える富田。高鍋がコーヒーをおしぼりで拭くのを横目に眺めながらも、椿は首を捻った。


「でも…師匠が言ってたよ?富田さん奥さんいるって」

「ん?ああ、いるぞ。四人ほど」

『四人…?』


 流石のムラサメも驚いたのか思わず声を漏らす。


「四人て…一夫多妻!?平安かよ!」

「平安からの縁の妻もいるぞ」

「富田さんパネぇ…いくつなんすか、ってか恋人作るのはじゃあオッケーなんすか?」

「そうだな。妻たちは了承してくれている。鷹村も、ついこないだ我が四人の妻たちと顔合わせをしてきたんだ。上々の評価だったよ」


 あまりにもかけ離れた次元の話に椿たちは、はえーといった呻き声のような反応しか返せずにいた。


「もう顔合わせしたんだ。じゃー正式に富田んとこに行くのも時間の問題なんだ?鷹村ちゃん」

「ええ…まあ…嬉しいことに……」


 高鍋の問いに乙女のように顔を赤くしてぽりぽりと頭を掻く鷹村。今の時代、同性同士のカップルに対してはさほど驚きはないとはいえ、いくらなんでも一夫多妻制はオドロキである。だが、恥ずかしそうにしながらも富田を笑顔で見る鷹村とそれを優しげな瞳で見守る富田。


「お似合いだと思います」

「ありがとう」

「あんがとな」


 椿のひとことに、差はあれど嬉しそうに笑う二人。高鍋は大きくため息をついた。


(チクショー…カップル二組で僕を囲みやがって…)


 ムラサメと椿はカップルではないが、げんなりした様子の高鍋。そんな一柱(ひとり)を気にかける様子もなく、一向は雑談を続ける。窓の外に見えた、どこか慌ただしげに走っていく憲兵を見て椿が思い出したように呟く。


「そういえば……商店街前の交差点のとこ。いっぱい鳥居が立ってた。この間までなかったのに」

「ああアレな。特神(トクシン)区域が発生したみてえだな。人通りが多いとこだから珍しいモンだ」


 特神区域。「特別神騒(しんそう)指定区域」の略である。数多の神々や怪異が住んでおり、特神区域は赤い鳥居で囲まれている。街中に出現する怪異らは基本的にここから出てきていると考えられている。このエリアをひと口に言えばまつろわぬ神々の住まう区域。特神区域の歴史は千年以上前にも遡る。まつろわぬ神々とは天から派遣された天孫らの平定に逆らう者、人間らのことを良く思っていない者らなど様々だ。平安の世に人間やその神々とまつろわぬ神々との間に争いが起きかけたが、力のある呪い師らによってそれは回避された。折衷案として、まつろわぬ神々のために特神区域を設け、そこに鎮まってもらうこととなった。

 とはいえ、特神区域は日々変動する。元々は特神区域であったはずの場所がある日を境に普通の土地に戻ったりする。無論、その逆もある。今回椿が目にしたのは後者である。突然出現する鳥居に囲まれた神域。特神区域は人間が踏み入ってはいけない区域。住んでいる家がいつの間にか特神区域になり、一歩も家から出られなくなるというのはなかなかの悪夢である。せっかく都市として栄えた場所も、特神区域の発生により都市の形はそのままに廃れてしまった所も数多くある。


「ま、神職呼んでたみてえだし、直に神さんも退いていってくれるだろ。…どんくらいかかるかは知らねえけど」


 どこか遠い目で呟く富田を見ながら頷く椿。特神区域の鳥居をくぐり踏み入れたら最後、命の保障はない。例え何があっても絶対に入ってはならない、昔からそう口酸っぱく言われてきた。だが内海によれば、椿は一度特神区域に迷い込んだことがあるらしい。でも、椿はその時のことを全く覚えていないが……。唯一覚えているのは、綺麗な髪の人がアタシのことを見て微笑んでいたような――。



 *



「長い間拘束してすまなかったな。じゃ、またな」

「失礼します」

「「さよならー」」

『バイバーイ』


 話に花を咲かせ過ぎたあまり、日はすでに大分傾いている。長時間相手をしてくれたお礼としてお代は全て富田が支払った。歩いていく2人を眺め、3人も帰路につくことにした。


「椿ちゃん門限間に合いそ?」

「うん。大丈夫。…てかさ、高鍋さんとかムラサメって、普段どこにいるの?夜とか」

「僕は国が用意してくれた社かな。ムラサメは?」

『……』


 ムラサメは小言で何やら呟いたが、二人は聞き取ることができなかった。二人が首を傾げているとムラサメは珍しく自嘲気味に笑った。


『…私には、帰るべきところはない』

「んじゃうちおいでよ」

「『!?』」


 驚いた様子で椿を凝視する二柱。椿は朗らかに笑って続ける。


「いや、うちの寮まだ空き部屋いっぱいあるし、師匠か内海に言ったらきっといいよって言ってくれるはずだよ」

『でも……』

「ムラサメちゃん。ここは甘えときなよ」


 遠慮がちなムラサメをそっと肘で(つつ)きながら高鍋がフォローを入れる。しばし考えたのち、決心がついたのかムラサメは笑って顔を上げた。


『じゃあ…お言葉に、甘えて』


 こうして、もともと賑やかだった学生寮兼兵舎に一人の仲間が増えたのであった。笑い合いながら家路につく三人を、物陰から白黒の縞模様の猫がじっと見つめていた。

 

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