【第3章】4話「お手製軍服」
突然の高鍋の叫び声にぽかんとする椿とムラサメ。高鍋は何故かキメ顔である。
「わ、渡したいもの?」
『ビックリさすな、決闘の申し込みかと思ったぞ』
呆れ顔のムラサメにふふん♪と得意げに笑う高鍋。すると、どこからか箱を取り出した。
『なあヤソマガツヒ。お前この間の大鎌といい、何処から取り出して――』
「ムラサメちゃん!君の新しい軍服ができたのさ!だからこうして持ってきてあげたんだ、感謝しな!」
新しい軍服。椿はほほうと頷いた。確かに、ムラサメの軍服はあちこちに血のシミができていて初見だとビックリしてしまう。高鍋が箱を開け、ビニールに包まれた軍服を取り出す。それはムラサメの役目ではないのか。
「というわけで、じゃーん!」
高鍋が自信満々に広げて見せたのは…高鍋が着ている軍服と同じ、カーキではなく黒い軍服。普通の将兵のものとはデザインが異なり、ジャケットにネクタイを締める少し現代風の軍服。…選ばれた者―人間に友好を示す神々―のみが着用できる霊衣である。ベルトから下の着丈は、菊池と同じくくるぶしまで隠れる非常に丈の長いものだ。ムラサメは高鍋の手からゆっくり受け取り、まじまじと見つめる。
「ふふん♪気に入ったかい?実はねぇ、それ、僕お手製なんだ♪夜なべして作ったんだから。本当は建葉槌命が対応するんだけど長期任務でいなくてね。代わりに僕が作ったってワケ。意外かもしれないけど僕は裁縫が得意で――」
『お手製…。どうせ手作りのものを貰うなら、椿からのが良かった』
「は?喧嘩売ってんの?」
『ハッ。全力を出さずとも叩き潰せる弱虫相手に、わざわざ喧嘩なぞ売らんよ、弱いものイジメはいけないと教わったからな』
「よぉーしムラサメちゃん。表出ようか」
「ちょ、ストップストップ!ムラサメ!今度アタシがなんか作ってあげるから喧嘩はダメ!」
『言ったね?約束だよ。…楽しみにさせてもらおう』
ほっ、と一息つく椿だが高鍋は不満げだ。
『しかし、この軍服。今着てみてもいいか?』
…
『どうだ。似合っているか?』
「似合ってる似合ってる!いいじゃん!カッコいい!」
椿に褒められ、気をよくしたのかムラサメは誇らしげに笑う。
『ヤソ…ではなかったな。高鍋。素晴らしい軍服をありがとう。礼を言う』
こういうところでチョロいのが高鍋である。不満げな表情からころっと変わり、嬉しそうに笑う。
「…ま、さっきのことは不問にしておいてあげよう!その礼、しかと受け取った!」
得意げな高鍋と笑みを浮かべているムラサメ。そんなムラサメをじっと見つめる椿。ムラサメが視線に気づく。
『?どうしたの、椿。僕の顔に何かついてる?』
「いや…ムラサメってさ、その、血。どうにかできないの?」
若干椿たちは慣れてきてしまっているが、顔の流血のせいでかなりおどろおどろしい見た目のムラサメ。当の本人はふうー、と息をついた。
『この血は…私の憎しみそのもの。肥大し続け、収まりを知らぬもの。それゆえ――』
「あっあっあっ、もういいや」
長くなりそうだし――と、椿に遮られ、若干ショックを受けたような身振りのムラサメ。椿を見やり、呟く。
『やはり、改めた方がいいか』
「まあ…無理する必要はないけど…」
『ちょっと待っていろ』
そう言うとムラサメは置いてあった飲用水のペットボトルを手に取ると、自らの顔にかける。気を利かせた高鍋が黒いハンカチを取り出し、ムラサメが受け取る。しばし顔を拭っていたムラサメだが、不意に顔を上げた。
『これで、どうだ』
ムラサメの顔から流血はなくなっていた。血の涙を流していたが、今は涙ではなく、目から垂直に伸びた黒い紋様。目尻にもお狐様のような赤いアイライン。目の白目部分は相変わらず赤黒いままだが、以前の姿よりもかなり良くなっている。
「やればできんじゃん、ムラサメ!」
「…すごい。本当にムラサメに言うこと聞かせちゃった……」
椿に褒められ気を良くしたムラサメが胸を張る。
『高鍋。私は以前の私とは違うのだよ。私は日々成長する。その中で、椿のために“我慢”と言うものを覚えたのだよ!』
「…我慢はしなよ」
椿が冷静に突っ込むが、かの純粋な悪意の塊と言っても過言ではない無邪気なムラサメが我慢を覚えるということはかなりの偉業である。そのことを理解しているのはこの場では高鍋くらいしかいないが、高鍋はあえて黙っておくことにした。ムラサメもすぐ有頂天になるが、椿も大概褒められると調子に乗るので、高鍋の選択は大正解であった。
「ねえお二人さんこの後空いてる?よければお茶しようよ。堕天使どもの戦勝記念にさ」
『ええー、僕は椿と二人きりが――』
「いいね!行こ行こ!高鍋さんゴチになりまあーす!」
「僕一言も奢るなんて――」
「ムラサメ!一緒に行くよね!」
『勿論♪』
きゃっきゃとはしゃぐ椿らを見やりながら高鍋は笑みを浮かべた。無論、子供相手に割り勘などと大人気ないことは言うつもりは毛頭なかったが。
「そうと決まったら!早速レッツゴー!」
*
「いらっしゃいませ。何名さま…でしょうか…」
「三人でーす」
兵舎から少し離れたレトロモダンな喫茶店。そこに現れた異様な黒い軍服二人とそれに似合わぬ女子高生一人。店員が一瞬戸惑うのも仕方のないことであった。一行は奥の大きめのテーブル席へと案内された。
「うわあ〜!どれも美味しそうなスイーツ…!」
「ふふ、好きなの頼みな」
しばらくして、店員がお冷とおしぼりを持って現れる。その際に注文してしまうことにした。
「僕はアイスコーヒーと、ミニパンケーキで」
「アタシはえーと、このプリンとチーズケーキを!あとメロンクリームソーダで!」
『僕は……じゃあ椿と同じ、メロンクリームソーダで』
かしこまりました、と一礼して店員が厨房へと姿を消す。高鍋がムラサメに問いかける。
「ムラサメ。クリームソーダだけで良かったの?」
『こういう店にはあまり馴染みがなくてな…生前は喫茶店なぞ入ったこともなかったから』
「じゃあ、アタシのちょっと分けてあげる。美味しかったら追加で頼めばいいし」
『本当?ありがとう』
嬉しそうに笑うムラサメ。アイスコーヒーとクリームソーダが運ばれてくる。昔ながらのガラスの器に、きらきらしゅわしゅわの細かなダイヤのような泡。透き通るようなエメラルド色のソーダ。そしてその上には豪快に、それでいてお洒落にバニラアイスとさくらんぼが乗せられている。
『…きれい』
目を輝かせ、クリームソーダを見つめるムラサメ。椿はSNS用の写真を撮るべく、スマホを斜めに傾けたりしている。そうこうしているうちに、パンケーキにチーズケーキ、プリンも運ばれてくる。
「ひゃー!美味しそう!」
思わず笑みが溢れる椿。早速プリンにスプーンを入れ、頬張る椿。その横顔をムラサメは頬を赤らめながら眺めて、食べているプリンにかかりそうな前髪をそっと耳にかけてやる。
(もしかして僕邪魔だったりする?っていやいや、ムラサメの奴…どんだけ椿ちゃんのこと好きなんだ…)
高鍋がそんなことを考えているのも知らず、椿はプリンを次々と口に運ぶ。
「んんー♡硬めのプリンおいしー♡ムラサメも!ひと口どうぞ!」
『えっ』
椿はこんな甘い声出すんだ、などと若干いやらしいことを考えていたムラサメは突然プリンを差し出され、僅かにたじろぐ。だってそのスプーンは、さっき椿が自らの口に運んだものと同じで――
「どーしたのムラサメ。早く食べないとアタシが食べちゃうぞー」
『いっ、いただきますっ』
僅かに声が裏返るムラサメ。耳まで真っ赤だ。何も気付いていない様子の椿。そんな二人をジト目で見ながらアイスコーヒーを飲む高鍋。
(僕は何を見せられてんだ……ムラサメのこの反応、男子中学生かよ……)
しかしムラサメもそんな高鍋のジト目に気づく様子はない。何せ彼の頭の中は“好きな女の子と間接キスした”ということでいっぱいである。内海が知れば激昂しそうだ。ムラサメはプリンをいたく気に入ったらしく、自分の分とおかわりのクリームソーダを追加で頼んでいた。待ち時間の間、ムラサメは椿の髪を撫でて頬杖をつきながら椿を眺める。
『椿の髪は綺麗だね。つやつや。緑色の髪の筋も似合ってる』
「あんがと!メッシュ、ていうんだよ。ムラサメも入れちゃえば?」
『へ?僕も?』
「うん。似合うんじゃない?何色がいいかな〜」
椿がウーン、と腕を組んで考えるそぶりをする。ムラサメは未だ椿の髪を撫でている。開き直った高鍋は空気になることに徹している。
『僕、椿といっしょの色が――』
「ピンク!ネオンピンクなんてどうよ。アタシはネオングリーンだから、対の色だね。ムラサメ顔良いから似合うよ」
『ピンク…椿と、対……』
ほへー、とムラサメは頷いた。椿と対。なんて甘美な響きだろうか。
『じゃあ、椿がおすすめしてくれたピンクにしようかな。どっかで染めに行こーっと』
椿はムラサメに向かってサムズアップして見せる。そんな椿を見てムラサメの笑みがこぼれる。話しているうちにムラサメの分といつの間にか頼んでいたのか高鍋のおかわりが運ばれてくる。三人は時間を忘れ、ゆったりと寛いでいた。緩やかな、午後のひととき。




