【第3章】3話「防衛神」
「ひ、ひ、ヒノカグツチ!?」
黒澤は驚いて大きな声を出す。井上――火之迦具土神はやれやれと言ったふうに紅茶を一口飲んだ。しかし空気を読まないのが高鍋である。
「お兄ちゃ〜ん!なあんだ、こっち来るんなら言ってよ〜!」
「うるさいぞ、愚弟。内海さんに迷惑ばかりかけていないだろうな」
「当たり前じゃ〜ん!」
高鍋が井上に抱きつき、井上は嫌そうな顔をする。高鍋の正体は同じく日本古来の神、八十禍津日神である。二柱はともに伊邪那岐命を父神にもつ。ヒノカグツチは国生みの際に生まれた火の神、ヤソマガツヒは黄泉の国からの帰りの禊の際に生まれた災いの神である。きゃっきゃとはしゃいでいる高鍋を見てため息混じりに内海が問う。
「それで、高鍋。何か私に用があったのではないですか?」
「あ、いけね忘れてた」
高鍋は井上から離れると身だしなみを直しつつ答える。
「北の奴…防衛神サマがどうやら待ちくたびれちゃってるみたいでね。日吉が宥めてくれてるけど、あの様子でいつまでもつか」
「ああ、あいつは気が短いから…」
「ルシファー。俺も同行していいか?一応挨拶もしておきたい」
「……そうですね、構いませんよ」
「よし。ならすぐ行くか。井上。せっかく弟が来てんだ。お前は一緒にいてやれ。兄弟水入らずの時間を過ごすといいさ」
「えっ……?」
それじゃ、と立ち上がる内海とミカエル。そっと黒澤も席を立つ。
「また後でな、井上!」
「え、ちょ…待っ……」
「ゆっくり話そ♡ア・ニ・キ♡」
井上は諦めることにした。
*
内海一行が向かったのは、靖国神社。門をくぐった先に、その人物はいた。
「…あ!ようやっと来た!待ちくたびれたわ!」
そこにいたのは旧式航空服を着込んでいる軍人ふたり。丸サングラスをかけた方――北 一。もうひとりは髪をひとつに結えているいかにも苦労していそうな雰囲気の男、日吉義彦。ふたりはこの国全体を強大な危機から守る役割を請け負った守り神である。守り神であるため、防衛神とも呼ばれ、結界術を得意とする。国津神、それも海神に分類される者達である。そんな北が内海に詰め寄る。
「内海ぃ。俺をこんだけ待たせよって…何回タンマを言えば気が済むんや!」
「だって仕方ないでしょう。こっちだって忙しいのに…」
「まあまあ……内海はこの国の呪い師及び魔術師を統括してるんだから、そう簡単に会えるわけではないのだよ」
「それにしても、や!はじめに会いたい言うたのは数週間前やのにどんだけ待たせるんやー!」
むきー、と怒る北をもう一人の軍人、日吉が宥める。
「それで?用ってのは何なんですか?」
「おま…知らへんの?祟り神やタタリガミ!菊池の片割れ、なんちゃらムラサメ明神だか何だかがとうとう逃げよったで!」
「知ってますよ」
ぽかんとする北。内海は笑いながら続ける。
「ムラサメなら、もう既にコンタクト済みですよ。何でも呪い師候補の学生――覚えてます?椿を気に入ったようでして。彼女の言うことを聞いているので心配は要りませんよ」
目を見開いたまま固まる北。日吉が小さくため息をついた。
「ほら北、言っただろう。内海が気付いてないだけじゃなく、対処してないはずないって」
しばらく放心していた北だが、内海に掴み掛かる。
「そんやったらなーんーで言わへんのや!こちとら最大限に警戒してここ最近ずっと一帯に結界張っとったんちゅうのに!」
ぎょうさん疲れるんやであれ、と嘆く北。いつものことではあるが、騒がしい北にミカエルも苦笑いである。
「北中尉殿。日吉中尉殿。お久しぶりです」
「お久しぶりです」
「ン?おっ、ミカエルはんやんけ。久しぶりやなあ」
グータッチを交わす二人。日吉は小さく会釈した。北は未だ未練があるのかじろりと内海を見やる。
「ほんま…神づかいが荒いお人やで…」
「まあまあ、そうぶすくれないでください。…先日の堕天使の情報ネットワークへの攻撃もあっという間に無効化していただいて非常に助かりましたから。お礼に、一級品の神酒をご用意いたしましたので。何でも、出雲の大国主をも唸らせた一品だとかで」
「…ふうん、ほーん…そんならまあ…ええけど…」
不機嫌そうな態度から一変、満更でもなさそうな北。そんな様子を見て内海は心の中でガッツポーズをした。北は大の酒好きである。すっかり機嫌の直った北と苦笑いを浮かべる日吉。すると、遠くから井上が駆けてきた。
「おう、井上。弟との話は済んだのか?」
「済んだも何も、ただ一方的に絡まれただけですよ…酷いじゃないですか、あんなのと二人っきりにするなんて……」
「弟だろう?あんなのとは酷い言い草じゃないか」
笑いながら宣うミカエルだが、内海はちょっぴり井上に同情していた。高鍋は悪い奴ではないのだがいかんせんマイペースな男である。内海も何度振り回されたか分からない。
「じゃあ、ルシファー。俺たちはそろそろ行くよ。仕事が山積みなものでね…次はゆっくり酒でも呑み交わそう」
「ええ、それではまた」
ミカエルと井上は去っていった。ミカエルの方は今日中に欧州に戻るという。なかなか多忙な男だな、と内海は他人事のように思った。見送りながら日吉が呟いた。
「ヒノカグツチ…井上さんが解放されてたってことは、高鍋さんはどこに行ったんでしょう」
「さあ…まあ、彼は軍部の者でも何でもないのでふらっとどこかに行ったんじゃないですかね」
「それより内海。神酒は!?神酒はどこにある!?」
あーはいはいと宥めながら騒がしい北の相手をする内海だった。
*
一方。井上と別れ、高鍋はというと学生ズの元を訪れていた。
「あっ!高鍋さん!お久しぶりっス!」
「おひさ⭐︎椿ちゃん」
黒いセーラー服に身を包み、射干玉の黒髪に目を引くネオングリーンのメッシュの入った長い髪を一つに結わえた少女、椿。同じ黒セーラーに金髪ショートヘアの少女、美幸に学ランの白川もいる。
「高鍋か。何か用か?」
「やっほー菊池。んーとね、ムラサメいるかなって思ってきたんだけど…」
「奴は神出鬼没だからな。普段どこで何をしているのかも分からん…」
「僕も。だから、椿ちゃんとこにいるかなって思ったんだけど」
「あ、呼びましょっか?」
ン?呼びましょうか?高鍋と菊池、美幸と白川も首を捻る。召喚術はまだ教わっていないが――
「ムラサメー。いるー?」
椿が虚空に話しかける。すると、ほとんど間を置かず、
『いるよー』
ムラサメの声。しかも、高鍋のすぐ後ろから。
「ギャアーッ!」
『喧しいぞ、ヤソマガツヒ。お前は図体と悲鳴だけは無駄にデカいな』
「な、なにぃーっ!?」
「…凄いな、本当に呼び声に応えるとは……気配ひとつ感じなかった」
僅かに驚いた様子の菊池。それもそのはず、音も立てずいつの間にか高鍋の背後にムラサメが立っていた。顔は菊池と瓜二つ。しかしながらその軍服と顔は血に染まっている。騒ぐ高鍋を無視してムラサメは椿の元へと向かう。
『どうしたの?椿。僕を呼ぶなんて珍しいね』
「高鍋が探してるって言うからな。本当に呼んだらすぐ来てくれるんだな」
『当たり前じゃん♡』
ムラサメは上機嫌そうににこにこと笑う。椿のそばにムラサメがべったりとくっつくようになったのは今始まったことではない。いつもの光景である。
「じゃー椿。また寮でね」
「じゃあな!」
「美幸!白川!またねー!」
『バイバーイ』
手を振りながら教室を後にする級友二人。菊池も用があるとのことで教室を後にしていった。ムラサメが高鍋を見る。
『それで。僕になんか用があるって言ったね。手短にお願い。僕は椿と二人きりがいいの』
「相変わらず腹の立つ奴だなあ…まあいいや。本題に入ろう」
こほん、と咳払いをし身だしなみを整える高鍋。目を閉じ、俯いたかと思うとカッと目を見開き、ムラサメをビッ!と指差した。
「お前に、渡したいものがあぁーる!!」




