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朱月のアリス  作者: 白塚
第1章 騒乱の陸軍編
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【第1章】4話「白ウサギと鏡」


「…まーったくオマエらは本当に毎度毎度デカい怪我しやがって…治すこっちの気にもなれよ…」


 そうぼやくのは白と黒の髪に顔に大きな縫い目のある軍医、神埼 正成(かんざき まさしげ)である。彼は自身と相手の体力を消耗する代わりに怪我を治癒することができるという能力を持っている。そして治癒を受ける側は、代償として怪我が大きいほど体にすさまじい痛みが走るのである。ちなみに、大刀洗はしっかり肋骨が2、3本折れていた。


「グアアアアアアアアアアッ!」

「うるせぇっ!」


 余りの激痛に絶叫する大刀洗を容赦なく怒号とともにぶん殴る神埼。この医務室では割といつもの光景だが、知らぬものが見ればとんでもなく恐ろしい光景に思えるだろう。何とか施術が終わり、大刀洗はぐったりとベッドに横たわった。八木は既に診てもらい、毒霧の効果はもうないと診断され、かすり傷を治してもらっていた。


「さ、お嬢さんお二方も」

「え〜俺の時となんか対応違くな~い」

「黙れ、貴様は大人だろ。さ、早く」


 大刀洗の呻きを斬り捨て、神埼は榊原姉妹を椅子に座らせた。ある程度の診察を終え、2人もかすり傷の治癒だけとなった。


「むむう、何だかむず痒い…」

「悪いがこれくらいは我慢してくれ、代償っつうのは何事にも発生するからな…まあ、オマエらに大きな怪我はなくて何よりだ。疲れたろう、菊池には俺から言っておく。しばらく休んでから帰りな」


 神埼に礼を言い、姉妹は医務室の中のソファに腰掛けた。八木はというと、報告書を先に書き上げると既に医務室をあとにしている。大刀洗は未だベッドの上でぐったりとしていた。が、隣のベッドを見て驚いたような声を上げた。


「あれっ?お前…宮本じゃないか。……体調でも悪いのか…?」


 大刀洗が困惑した声を上げたのは、布団にくるまって震えている同期の姿を見たからだった。


「あ〜…俺ちょっと叫びすぎたか?ごめ…」

「違う」

「神埼…?違うってどういうことだ」


 神埼に問おうとした大刀洗だったが、先に口を開いたのは宮本だった。


「寺田…寺田が……鏡の中に…引きずり込まれて……その後…寺田は鏡から…出てきたが…あいつは…あいつは寺田じゃない…」

「どういうことだ、鏡に引きずり込まれた、だと?」


 驚愕する大刀洗と榊原姉妹。鏡といえば、つい最近「白の教団」に関して教えられたばかりだ。


「こいつ曰く、バディである寺田が階段の踊り場に置いてある鏡に引きずり込まれるのを見てしまったと。そしたら鏡から寺田が出てきたけど、ソレは寺田じゃない何かにすり替わっているってことらしい。俺も確認しに行ったが、見た目、口調、性格ともにいつもの寺田に何ら変わりないんだが…こいつは恐怖に耐えきれなくなって半ば半狂乱の状態でここに担ぎ込まれたってわけさ」

「誰も…誰も信じちゃくれない…でも見たんだ…俺は…アレは……絶対に寺田じゃない…」

「…なぁ。踊り場の鏡に寺田が引きずり込まれたとき、誰か近くにいたりしなかったか?」

「……いた。けど、…後ろ姿でよく見えなかった…」


 大刀洗達は絶句した。もし、軍人たちを鏡の前まで誘導させて偽物とすり替えている輩がいるとすれば…


「白の教団の奴ら…か…?」

「まさか…陸軍の中に…いるのか?」


 沈黙が流れる。榊原姉妹も、驚きのあまり声すら出せないようだった。


「見た目も何もかも本物と同じなら…もしかしたら寺田以外にも…偽物がいるかもしれない…ということじゃねえか…やべえぞこりゃ…」

「……このことは…まあ、一蹴されてしまうだろうが上に報告しておこう。菊池や内海あたりなら何とかなるかもしれん…榊原。このことは一旦他言無用にしてくれ。オマエらがターゲットになる可能性もあるからな…今日はもう戻りな」

「「はい」」


 神埼にそう言われた姉妹は神妙な面持ちで頷き立ち上がった。恐らく、この陸軍の中で何かとんでもないことが起こっている…それだけは肌がひりひりする程分かった。そして、椿と百合はそれぞれの寮へ戻ったのであった。




 ――自分は一体何者なのだろう。

 散歩をしながらまた気づかぬうちにいつもの問いが頭を占領する。日帝のもとに生まれ、生きた曽祖父、大刀洗龍之介。かつての自分であり、前世でもある。大刀洗宗太は龍之介の記憶を完全に受け継いで生まれてきた。感覚でいえば、70年ほど眠って目を覚ましたような感覚。性格も、見た目も、好物も変わらず龍之介のままだった。…果たして自分は“大刀洗宗太”なのだろうか。宗太という器に、龍之介が入っているだけなのではないか?自分は…どちらなのだ?


「大刀洗少尉」


 ふと声をかけられて大刀洗の意識は思考の海から浮上した。声の方を見やると、見慣れた人物がそこに。


「これを…見ていただけませんか」


 その人物は大刀洗のもとへ歩み寄ってくると、腕に抱えていた大きめのノートほどの大きさの何かを大刀洗に差し出した。それは、鏡。


「――ッ!」


 危険を感じ咄嗟に飛び退こうとするも、鏡からは数多の手が伸びてきてあっという間に大刀洗を拘束、鏡へとずるずる戻っていく。


「や、やめろ、貴様、いったいどういう了見で俺を…まさか、貴様が……」


 言い終える前に数多の手の1つが大刀洗の口を覆う。大刀洗は必死に暴れるが拘束は緩むことなく鏡に引きずり込まれていく。


「ン、ンン…ンンンンンッ!」


 …やがて完全に大刀洗の体、そして頭が鏡の中に飲み込まれていった。辺りに静寂が降りる。鏡を持つ人物は鏡に向かって語りかける。


「鏡よ鏡。肉体を与えてやったぞ。さあ出てこい」


 すると鏡から一人の男が出てきた。その姿は…大刀洗そのものであった。しかしその端正な顔からは表情が抜け落ち、まるで人形のようですらあった。鏡を持った人物は満足したように頷いた。


「フフフ…やったぞ、あの大刀洗を手駒にできるとは…この男さえいれば、大概のことは何とかなろう。…陸軍内の祟り神とやらが気になるが、まあこれだけ好きにさせてもらって何の動きもないのだからな。意外と我々にとっては大した事ない存在かもしれんな…サ、少尉殿。戻りましょうか、夕食の時間です」

「ああ。晩飯の内容が気になるな、早く行こう」


 声をかけられ、ぼーっと突っ立っていた偽物は既に大刀洗として動き始めた。


(変な欲を出すなと言われたが…せっかく大刀洗を手に入れたのだ。あの姉妹も我が手に…これはうまくいくやもしれん…)


 鏡を持つ人物…“白ウサギ”は愉悦の笑みをこぼした。


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