【第2章】19話「召喚」
『うふふふ。サミダレが暴れているね。いいねいいね、僕たちは祟り神。殺戮が一番得意なのだから♪』
ムラサメは嬉しそうに笑う。目の前の怪物達――鏡獣たちがこちらに向かってきている。殺してくれと言わんばかりに。
『なら、遠慮なく』
ムラサメが駆け出す。狂気の笑みを浮かべて。
地獄、というのならば今のこの状況を表す言葉として最適だろう。ムラサメは自分の体の一部を刃のように変化させ、鏡獣達を屠っていく。血飛沫を上げ、悲鳴を上げて斃れていく鏡獣たち。血飛沫でできた赤い花の中で踊るように、華麗に殺戮を繰り返すムラサメ。
『もっと、もっともっと!遊ぼう♪』
はたとムラサメの動きが止まる。その視線の先には大型の鏡獣。顔がふたつある、ケルベロスのような鏡獣。何人かこいつにやられてしまったのか、倒れ伏している人間が数人。ムラサメは笑みを深め走り出す。ケルベロスは大きく前足を振るうが、ムラサメは跳躍して避け、獣の上に降り立つ。そして、どこから取り出したのか一振りの黒い刀身が特徴的な刀を鞘から引き抜く。
一閃。
ケルベロスの片方の首がごろりと転がる。獣は絶叫し背からムラサメを振り落とす。残った一つの頭が吠えると、鏡獣たちが大挙して押し寄せる。しかし、ムラサメにとっては敵でも何でもなかった。
『きゃは♪きゃはははは――ッ♪』
ムラサメの笑い声がこだまする。鏡獣たちを全て倒しきり、ケルベロスのもう一つの頭も地に落ちる。ムラサメの圧勝であった。
『ふむ、手応えがない。今度はもう少しやりがいがある者がいいものだな…』
子供のような口調から一変、軍人のような口調になるムラサメ。ムラサメという祟り神が特殊な存在ゆえであった。
『おや?』
椿の方を見るとやたら椿に鏡獣やらが群がっている。確か、教団は椿を狙っているのだったか。
『…椿はあげない』
刀を振り上げ、椿に群がっていた怪物たちをあっという間に屠るムラサメ。ようやく解放され若干椿は息が上がっていた。
「ムラサメ、悪い。助かった」
『うふ。いいよ♪』
嬉しそうに笑うムラサメ。あれほどいた鏡獣や堕天使は、ムラサメが大暴れしたせいでほとんど死に絶えている。富田や大刀洗、菊池隊の面々が集まってくる。
「椿。この、大尉殿にそっくりの…その、ムラサメ、というのは?」
柏木少尉が恐る恐ると言ったふうに口を開く。それとほぼ同時に。
「おーーい!皆〜〜!」
菊池がどこからともなく走ってやってくる。返り血だろうか、軍服に血のシミができている。
「いやあ、結構久々に暴れちゃった♪全く人数だけは多いんだかrうええええっ!?私!?」
1人で騒がしくビックリした様子の菊池。ムラサメを指さして目を見開いている。
『やっほー、サミダレ。久しぶり♪元気にしてた?』
「…やはりそうか。その言い草、あの洞窟の祠にいた祟り神、叢雨明神だな?」
『流石。頭の回転は良いね』
「“は”って何よ?」
椿はここでももう一度ムラサメについて説明する羽目になる。かくかくしかじか。
「なるほど。大尉殿であると同時に、大尉殿ではない……ウッ頭が」
「まあ、完全に理解する必要もないかもな。祟り神になった時に多重人格になっちゃいました、もう一つの人格が受肉しちゃいました、という感じだな」
「一応、味方なんですね?」
大刀洗や柏木をはじめとした菊池隊は何とか飲み込めたようであった。
『うふふ。僕は椿が嫌がることはしないからね』
「ムラサメ。その刀、どこから取り出したの?」
ああ、これ、と言った具合にムラサメは刀を掲げる。
『保管室にあった』
「おい、ちょっと待て」
椿とムラサメの間に眉間にシワを寄せた富田が割って入る。
「……その保管室って、厳密に管理されてる妖刀やら呪具を置いてる場所だろ。何でこいつがその代物持ってんだよ。てかどうやって入った」
『名前がおんなじだったから』
「は?」
『「村雨」っていうんだって、この刀。八犬伝に出てきた刀だね。この刀も、私のことを主人と認めてくれているみたいだし、別に良いだろう?』
「…………まあ、いい、のかな……」
諦めた様子の富田。大刀洗がハッとしたように口を開く。
「内海さん!それに人質の女の子も!」
「いかん。トロトロしてる暇ねえな。行くぞ!」
学生ズと軍人らは内海が進んだ先へと急ぐ。
*
「七隈!七隈!いるか!?」
早苗を抱き抱えたまま七隈を呼ぶベル。しかし応答はない。ふと目のつくところに一輪の青い薔薇と紙切れが置いてあることに気づく。
『撤収する。代わりに置き土産の鏡獣たちは好きに使うと良い』
「チッ、もう逃げたのか……教団の奴らは相当用心深いと見える」
ベルは舌打ちしつつ、召喚の陣の上に早苗を寝かす。
「さあベルフェゴール様…!どうぞ、顕現なさってください……!」
その時内海が部屋のドアを勢いよく開ける。
「ベル!」
「遅かったな、悪魔よ。残念だが召喚は開始されている。この少女のことは諦めろ。元々数百人を捧げる予定だったのがこの少女1人で事足りたのだ。それに比べたら1人の犠牲など小さいものだろう?」
「……犠牲に小さいも大きいもありませんよ」
静かな声色には確かに怒りが混じる。内海の後ろに追いかけてきた菊池や学生らが到着する。陣に置かれた早苗の身体は浮き上がり、禍々しい光に包まれる。
「ああ、そんな…早苗ちゃん……」
美幸が口元を覆う。ベルは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「さあ覚悟すると良い。大魔王ベルフェゴール様の前にはどんな小物が抗おうと無駄。全ては、ベルフェゴール様の、ひいては我々のものになるのだ――」




