【第2章】18話「炎の北九州男児」
内海らは屋敷の門を容赦なく破壊し屋敷の敷地内へと入る。騒ぎを聞きつけた金村組構成員がやってくる。
「何やこの騒ぎはぁ!」
「陸軍と警察と公安です。令状は出ています。この屋敷内を捜索、及びあなた方を一旦拘束させていただきます」
「何やとぉ!?」
淡々と告げる内海にザ・ヤクザといった風貌の男が睨みを利かす。しかし、そんなもので怯む内海ではない。
「言ったでしょう、令状が出ていると。さっさとそこを退きなさい」
「国家の犬風情が、偉そうに――!」
拳を振り上げる男。しかしそれより早く内海のハイキックが男の顎にヒットする。
「ぐお…あ…」
呻き声を残して倒れる男。途端に他の構成員達が殺気立つ。
「てめえ!よくもアニキを!」
「ウチのシマで散々やってくれてんだ、キッチリ落とし前つけるんだろうなあ、ああん?」
「国背負ってんからって調子に乗ってっと……」
「うあああ!!しゃあしかぁ!!!」
突然の雷のような内海の怒鳴り声にヤクザも陸軍も警察も公安の者もスン…と大人しくなり静寂が下りる。しゃあしいとは喧しいの意である。しかし堪忍袋の尾が切れた内海は止まらない。
「何が落とし前だクソボケが。人っ子攫うわ教団と手ェ組むわ海外で仕事してたら10分で戻ってこいやら。この社会にヤクザの居場所なんざあるわけなかろうが!調子乗ってんのは貴様らやろがい!!」
凄まじい九州、それも北九州弁に僅かにヤクザ側が怯む。あの大刀洗(彼も北九州の出身である)ですらちょっと引いている。内海は止まらない。
「こうなったらヤケです、貴様ら全員、ぶちくらしたらぁ!」
内海の叫びを皮切りに、一斉に軍人や捜査員が動き出し、半ば乱闘のようになる。ちなみに、「くらす」というのは方言で「シバく」といった意味合いである。構成員達を蹴散らしながら広間へと向かう。途端、数多の怪物達が姿を現す。
「これは…鏡獣!」
「やっぱりけしかけてきたか」
菊池に答えるようにして富田が呟く。突入した捜査員達は皆呪い師。陣を組み、祝詞をあげ鏡獣たちの弱体化を図る。
「全体!退避ッ!」
内海の叫び声と共に前面に出ていた隊員達が一斉に飛び退く。迫る鏡獣と堕天使らに向かって内海が大きく手を振り上げた。瞬間、内海を中心点として氷の波動が放たれ、大多数の鏡獣たちは凍りついた。しかし、さらに後方から凍りついた鏡獣達を乗り越えてさらに怪物達はやってくる。
「ぬう。しかもこいつら、堕天使と融合しているのもいるな……それもこの動き。指示してる奴がいるな?」
富田の呟きにハッと菊池がある場所を見上げる。視線の先には、監視カメラ。
「私は裏でこそこそやってる奴らをやる。鏡獣と堕天使は任せた!」
菊池が走り去っていく。菊池隊の面々や学生、富田は鏡獣を相手取る。
「私は、親玉を叩きに行くとしましょうかね」
内海は意気込み、屋敷のさらに奥へと走った。
*
「ん…あれ、ここは…」
「椿!よかった、目が覚めたのね」
椿は百合に膝枕をされている状態で目覚めた。辺りを見渡すと多くの車両。そのうちの救護車の中に2人はいた。
「行かなきゃ…みんな行ってる…!」
「椿、もう少し休んでからの方が…」
「そうも言ってらんないよ、みんな頑張ってる中、アタシだけ寝て待ってるなんてできない」
「そうね、あなたはそういう子だったね」
もちろん私も行くわ、と百合はにこりと笑う。百合と椿は救護車を飛び出した。と、そこに。
『つーばき。久しぶり♪』
「あああっ!ムラサメ!」
「椿。この人は…?菊池、さんじゃなさそうだけど……」
かくかくしかじか、椿は百合に説明する。何とか理解してもらった椿はほっと一息つく。そんな様子をじっと見ていたムラサメ。
『椿。行くの?』
「もちろん。」
『じゃあ、僕も行く。助太刀するよ』
ムラサメの力があるのならかなり心強い。3人は屋敷の中に突入する。少し進んで広間。そこは戦場と化していた。数多の鏡獣と堕天使たちを相手取る呪い師達。奥の襖からどんどん湧き出ている。
「行くよ!」
椿はハチと同化し、長い髪で鏡獣達を薙ぎ払う。百合も結界術を行使し堕天使を次々と破る。各々が相手と戦っている様を、ムラサメはじっと見ていた。
*
「くそっ、どんどん援軍が来やがるな…一体どれ程の人数を動員してんだ」
屋敷の離れにて。モニタールームに20人弱の男達がいた。モニターに映し出されるのは鏡獣達と交戦している呪い師たち。あらゆる角度に、場所に取り付けられた監視カメラによって映し出された映像をもとに鏡獣や堕天使達に指令を出しているのがこの男達の役割であった。そして、証拠隠滅の小細工などを弄すのもまた仕事である。
「お!こいつ、教団が探してた女だ!鏡獣ども、堕天使ども!この女を拘束しろ!」
教団の女、七隈から言われていた“選ばれしもの”探し。自分からやってきてくれるとはありがたい。女子供1匹、大したこともないだろう。
「…ン?何だこいつ」
リーダー格らしき男が凝視したのは、モニターのひとつ。軍服を血に染めた男が突っ立っている。鏡獣たちと交戦する間に怪我を負ったのか?しかしそれにしては痛がる様子も、息が上がっている様子もない。不気味だ…。その男は不意に“此方”を見る。監視員は思わずびくりと肩を震わせる。血塗れの男はにやりと笑うと、ピースサインをしてみせる。
「…こいつ、舐めてんのか…?おい。手の空いている奴は突っ立ってる血だらけの奴をやれ」
そうマイクに向かって指示を出すも、何も反応がない。言葉を解さず、人間ほどの理知はないとはいえ、司令に対し応答のような咆哮が返ってきていたというのに、何故…?その時、着信がかかる。上からの新たな司令だろうか?
「もしもし。モニタールームです」
『もしもし、私メリーさん。今広間にいるの』
「…は?」
男の声。しかしいつの間にか電話は切れてしまっている。一体何なんだ、不気味ったらありゃしない。再び着信。
「…もしもし。」
『もしもし。私メリーさん。今離れの前にいるの』
「……」
近づいてきている。また電話は切れてしまっている。しかし離れの前にいるのなら、排除しなくては。
「おい、今手ェ空いてる奴、離れの前を見てきて…くれない、か…………」
ヘッドホンをつけ、ずっとモニターに齧り付いていたせいで背後のことなど何も気づいていなかった。モニタールームは、地獄絵図と化していた。首を斬り取られている者。胴から切断されている者。首や腕、足が変な方向に曲がって事切れている者…
「い、一体…何が…」
再び、着信。男は震える手でスマホを取る。通話ボタンを、押す。
『もしもし、私メリーさん。』
「今、あなたの後ろにいるの」
携帯越しではなく、はっきりと後ろから声が聞こえた。ゆっくりと振り向くとそこにはスマホ片手の軍人。すらりと長い足を優雅に組んで机の上に座っている。その軍人の背からは鋭い棘のような突起のついた触手が蠢いていた。そのうちひとつがするりと伸びてきて首に巻きついた。
「!?」
「何か言い残すことはあるか?」
「ひっ、ひぎぃっ…た、助け――」
ごきゅり。
菊池から伸びた触手が言い終える前に首の骨をへし折り、男を殺害する。菊池はやれやれと言ったふうに息を吐く。
「今は命乞いを聞く気分ではないかな。…ま、これで鏡獣たちの動きも鈍くなったんじゃないかな?」
その時、扉が勢いよく開けられる音がする。
「何だ…この状況…軍人、テメェの仕業だな!」
おそらくここのヤクザの残党だろう。今回、敵の生死は指定されていない。声を上げながらこちらに向かってくるヤクザ達。菊池の黒がかった鶯色の瞳が、獰猛な金色に輝き出す。菊池は残虐な笑みを浮かべて、その背の触手をくゆらせた。




