【第2章】17話「助っ人」
2日遅れてしまいました。申し訳ありません。
「終わりよ、勇敢な呪い師の卵ちゃん」
倒れ伏す3人に向かって告げるルル。椿は流血する脇腹を抑えながらルルを睨みつける。傷は浅い。それも椿姫の力で少しずつではあるが治癒している。とはいえ、無闇には動けないが。
「…目的は何だ。何故生徒を狙う」
白川の問いにルルは笑う。
「そうねえ…死にゆく者に言ったとて、とは思うけれど可哀想だから教えてあげる。体育館に集めた子達は生贄。大魔王ベルフェゴール様のね。顕現の陣は完成している。あとは生贄だけ。一箇所に集めた方が転送しやすいからね」
「絶対…そんなことさせねえよ…!」
「動くのもままならない怪我人が何を言っているの。さ、もう分かったでしょ。私とあなた達とでは雲泥の差があるの。諦めて貴女方も生贄の1人に――」
バゴォオオオオッ!
ルルの言葉を遮り、轟音が聞こえた。体育館の方向からだ。
「何なの…?」
ルルは異常を確認するために窓から身を乗り出し、体育館を見やる。そこには――
「姉ちゃん!」
体育館の上に大きな美しい白い竜がいた。百合である。
「あの竜…結界を破っているわね…」
忌々しそうに呟くルル。結界と体育館を破壊した百合の足元には呪い師の軍人――憲兵や騎兵たちが生徒や教師の避難誘導をしている。
(ルル。聞こえるか)
「ええ…異常事態発生ね。どうするの?軍人共を殺して全員捕まえる?」
(いや、それは現実的ではない。だがいいニュースもある。適合者がいるようだ)
「適合者ですって!?」
その言葉に美幸がハッとなる。
「適合者って何だ?」
「さっきあのルルとかいうの、大悪魔を顕現させるのが目的って言ってたでしょ。悪魔をこの世に顕現させるには肉体が必要。本来なら数百人レベルでようやく受肉のところを、適合者ならその子1人で顕現が事足りるの」
「じゃあ…その適合者をあいつらより早く見つけて保護しないと!」
椿と白川はゆっくりと立ち上がる。しかし、ルルは笑いながら椿らを振り返る。
「残念。その子はもう見つけたわ。…お先❤︎」
ルルは窓から飛び立つ。そして逃げ惑う生徒達の元へ近寄ると、1人の女子生徒を抱え上げた。その女子生徒は――
「早苗ちゃん!」
藤田早苗。堕天使シャルルに騙され、利用されていた女子生徒。軍によるカウンセリングなども終了し、元の学校生活に戻っていた彼女が、適合者。
(何であの子ばっかり…!)
運命の悪戯というべき状況に苦虫を噛み潰したような表情をする美幸。早苗を抱えたルルは屋上へと向かう。椿らも階段を駆け上がり屋上へと向かう。
「この子ね、適合者っていうのは」
「は、離してください…!」
「残念だが、その希望は聞き入れられない。邪魔が入る前にとっとと行くか」
しかしその前に大きな白い竜が立ち塞がる。同時に椿らも屋上に到着する。
「行かせないわよ!」
「早苗ちゃんを返して!」
「……ルル」
ベルが呟いたその時。ルルの身体はみるみる羽毛に覆われ、大きな黒い鷲の姿となった。片足に早苗を掴み、その背にベルが乗る。一瞬の百合の隙をつきルルは飛び立った。
「あっ!…椿!美幸ちゃん、白川くん!乗って!」
3人は百合のふわふわの背に乗せてもらい、飛び去ったルルを追う。ルルは海辺近くの屋敷に向かっていく。百合は数多の妖力弾を放つ。避けるルルだが翼に被弾、バランスを崩して落ちていく。
「くっそ…竜如きが……」
「ルル。時間稼ぎをしろ。その少女は私が連れて行こう」
気絶した早苗を抱えたベルは海沿いの和風の大きな屋敷へと入っていく。跡を追おうとするも、ルルがそれを許さない。ルルは人の姿に戻ると、短剣を取り出し椿らに襲い掛かる。百合も竜の姿のまま応戦しようとするも、小回りが効かないため人の姿に戻ることを選択する。4対1であるというのに、ルルには苦戦する様子は見られず、生徒ズは防戦一方である。
「あらあら!遅いわね、そんなんじゃ呪い師なんて夢のまた夢よ!おほほほほ!」
大剣を弾き飛ばされ、容赦のない蹴りを白川に入れるルル。吹き飛んできた白川に巻き込まれた美幸は白川と共に気絶する。椿は長い髪を伸ばし拘束しようとするも、ひらりひらりと躱されてしまう。
「椿!息を合わせていきましょう。私たちならいけるわ」
「応!」
百合が妖力弾を放つ。避ける先を予測して椿が髪を伸ばす。
「チッ、厄介な…!」
苛立ちを露わにするルル。だが榊原姉妹も焦っていた。ベルが屋敷に入ってから5分ほどが経つ。早くしなければ、早苗を助けることが絶望的になってしまう。
「あら、隙だらけ」
ルルの声がすぐ耳元で聞こえたように椿には思えた。胸から大量の血が吹き出す。
――あれ?アタシ、やられちゃった…?
思考が追いつかない。体がゆっくりと崩れ落ちていく。百合が何か叫んでいる。ダメだよお姉ちゃん、よそ見しちゃ――
「椿!椿!」
駆け寄ろうとした百合にルルが容赦のないパンチを腹に入れる。百合は呻き声をあげてその場に倒れる。
「全く。手こずらせやがって…その出血量では助からないわね。さようなら、よわよわ卵ちゃん❤︎」
倒れ伏す4人に背を向けたとき。ルルの全身に鳥肌が立つ。何だ、この殺気は――
「愚かな堕天使よ。そこまでです」
声がどこからか聞こえてきたかと思えば、海が割れた。かつてモーセが海を割った、あの時のように。
「何…?何なの…!?」
ルルが困惑し、百合はその目を見開く。この声は。
やがて割れた海からこちらへ向かってくるひとつの影。黒い悪夢の騎馬に乗って走ってくる。
「内海、さん…!」
内海を乗せたナイトメアは跳躍し、倒れ伏す4人の前にルルに立ち塞がるようにして立つ。
「悪魔一体増えたところで、同じこと!」
ルルが襲い掛かる。蹴りとパンチをひらりと避け、内海はルルに組み付くとそのまま勢いよく投げ飛ばした。放り投げられたルルは岩場に激突し、そのまま動かなくなる。その間に内海は4人に駆け寄る。
「子供達だけでよく頑張りましたね、あとはお任せください」
「内海さん…私はいいから、まず椿を…!」
百合の言葉に頷き、椿に駆け寄る。胸元の傷はなかなか深い。ハチが今にも泣きそうな声で内海に問う。
「内海殿…椿様は……」
「助かりますよ、大丈夫」
笑みをつくってみせ、ハチを安心させる。治癒の術を施すため手をかざす内海。椿の胸元の傷がみるみる塞がっていく。やがて傷は閉じ、椿の呼吸も安定する。すやすやと眠っている状態の椿を内海は百合に託した。すると後方から車の排気音が聞こえたかと思うとパトカー、軍のトラックが現れる。大刀洗や富田、菊池もいる。
「この屋敷だな?堕天使の親玉がいんのは」
「ああ。しかも金村組の屋敷だな。行くぞ」
「あの、僕らは!」
「ガキンチョどもか。…来るのは構わんが、邪魔はするなよ」
「はい!」
白川と美幸が立ち上がる。百合は椿を介抱するため残る旨を口にする。内海が先頭に立つ。
「さて、突入といきましょうか。人質を速やかに解放し、堕天使及び教団、ヤクザを叩き潰すとしましょうか」




