【第2章】14話「来たる嵐」
嵐は、突然やってくる。東京、渋谷。巨大な獅子の悪魔が暴れているとの通報が入った。現場に駆り出されたのは、菊池と大刀洗率いる憲兵隊。
「ありゃ?あいつなんか見たことあるような」
「知ってるのか?」
「うん…でも前と見た目が違う。あんなデカくなかったし翼なんぞ生えてなかったぞ」
「…まあとにかく。被害者が出る前に倒すぞ。一般人の避難誘導は任せた」
「任された!」
大刀洗達憲兵は素早く規制線をはり、それぞれの位置につく。彼らが唱えるのは祝詞。魔のものを弱体化させるためである。
「むうう!耳障りな…!」
獅子が腕を振るうも、大刀洗の一閃にて切り落とされる。しかし、数秒と経たず完全に再生する。
「わはは!無駄無駄!」
そんな獅子の前に立つのは菊池。巨大な獣人を前にして怯む様子は一切ない。
「なんだ、向かってくるのか?ちっぽけな人間風情に何ができる?」
「私は人間ではないよ」
そう言いながら菊池の影が伸びる。そして大きくなっていく。人の姿から大きな獣の姿に――。やがて獅子よりは少し小さいものの禍々しい黒い獣――祟り神が現れる。
「ほお、変身か。お前なら楽しませてくれそうだ!」
獅子が菊池に迫る。菊池も負けじと飛び掛かり、爪による攻撃を行う。鋭い爪が獅子の脇腹を抉る。
「ぎゃあああ!」
獅子はたまらず悲鳴をあげ、菊池から距離を取る。ダメージは入ったようだが、傷はやはり再生してしまう。
「ぐうう…痛ぁ…やい、獣。お前の名は」
「菊池だ。菊池孝太郎」
「菊池、か。俺はミラだ。堕天使ベル様のしもべさァ!」
堕天使、というワードにピクリと耳を動かす菊池。やはり、仕掛けてきたか。
「菊池ぃ!俺はお前を倒すぞ!ベル様から貰った御力、存分に試させてくれ!」
獅子、ミラは凄まじいパンチを放ってくる。跳躍して避けた菊池はその背面を狙う。しかし。
「うおっ、うおお!危ない!」
ミラの身体の数多の目玉が菊池を捉え、妖力弾のようなものを放ってくる。数多の弾幕を避けきれず半分ほど被弾する形となった菊池。地面に激突するも、すぐに起き上がりミラに掴み掛かる。
「あの数が当たっておいてまだ倒れぬとは。これは良い強敵に出会えたぞ!嬉しいな!」
「私はちっとも嬉しくない!」
激しい掴み合いの最中、喜ぶ者、げんなりする者。菊池とて強い相手と戦うのは好きな方だ。だがしかし、それは自分の力を存分に発揮してこそであるわけで、制約の多い街中で本来の力などを発揮すればそれこそ大惨事だ。相手は全力。しかしこちらは全力は出せない。状況としては不利である。
(確かに不利だ。…だが、その不利すら有利に変えてやる!)
菊池は意気込むも、そう上手くはいかない。揉み合い、殴り合い……戦いは長引けば長引くほど周りの被害は大きくなる。結界が憲兵たちによって張られているとはいえ、長引けば外の市民に被害が出る。早く。早く片付けなくては――
「菊池!応援呼ぶか⁉︎」
大刀洗の声である。戦闘の音すら超えてくる大声は流石の一言である。しかし菊池は提案を拒否した。
「いいや。私1人でいい。逆にやりにくい」
「いいのかあ?本当に助けを呼ばなくて」
「いいと言っているだろう」
妖力弾を放ち合い、かと思えば肉弾戦となり。戦局は刻一刻と変わっていく。その時。
「ママぁ…パパぁ…どこ……」
「!!」
いつの間にか小さな子供が怪物2体の前にふらふらと現れたのだ。
(結界はどうした⁉︎まさか、結界内に入り込んでしまった…?いや、結界が張られる前に逃げそびれたのか…)
菊池の思考をよそに、ミラが子供に気づく。その拳を大きく振り上げる。
「危ない!」
咄嗟に菊池が覆い被さるようにして子供を守る。菊池に、拳が振り下ろされる。
*
「さてさて。ミラはうまくやっているかな?」
「はい、上手くあの祟り神を引きつけているようです」
そうか、とベルは頷く。この国トップクラスの危険度を誇るというかの祟り神。人間基準だからだろうか、我々の大きな敵ではないかもしれないな、とベルは思案する。だが油断はしないうちが良手だろう。
「こっちの準備は万全よ。広間には召喚陣も設置した。あとはあなた方ね」
狐面の女、七隈が腕を組みながら言う。ベルは不敵に笑った。
「まずは、この国の通信を断たせてもらおうか。七隈、指示を出してくれ」
「ええ……私よ。計画を実行しなさい」
スマホに向かって命令を下す七隈。ベルは立ち上がる。
「さて。我々も行くとするか」
*
「ダメです、こちらも繋がりません!」
「こっちも、ダメです!」
公安にて、あちらこちらから悲鳴が上がる。突然電波が使い物にならなくなった。おそらく、堕天使共が仕掛けてきたのだろう。
『落ち着きなさい。今は軍はおろか、他の組織とも連絡がつかない状態です。しかし戦っている者がいるのです。ここで匙を投げるのは許しませんよ。各自、微力でもいいから何か自分にできることをするのです。いいですね』
「し、しかし内海さん!電波が…」
『それくらいわかっています。もう既に彼には頼んでいますよ。10分ほどと言っていたので、それまでは耐えますよ』
特殊な方法で何とか繋いだ電話越しに内海が叱咤激励する。内海は任務で現在海外にいる。10分。短いようで長い。だがそれを突破すればどうとでもなる。すると窓をコツコツと叩く音がする。職員が近寄り、その窓を開ける。そこにいたのは一羽のカラス。
「よう内海、なんか大変なことになっちまったな」
職員の持つスマホに向かって人語を話すカラス。だが驚く者は公安に1人としていない。なぜなら、見慣れている光景だからである。
『やはり龍臣でしたか。ええ…まあ北の奴に任せたのでそう長くは続きませんよ。それで要件は?』
「俺の弟たちを貸してやる。連絡やらはそいつらに任せるといい。陸軍と警察の方にはもう寄ってきたから、あとはここ公安だ。伝書鳩ならぬ、伝書烏だ。しかも人語を話せる。伝書鳩より便利だぜ」
『助かります』
職員が窓から一歩後退ると窓から大量のカラスが室内へと入ってくる。1人に1羽、職員にカラスがつく。
「あと、内海。こないだ言っていたバックについてるデカいの、やっぱし教団だけじゃなかった。ヤクザだ、それも金村組」
金村組。少し前の教団が根城にしていた屋敷も金村組が所有するものだった。一斉摘発を行なったはずだが、未だ残党が、それも強力な奴らが残っていたとは……
「内海。俺はこれから大刀洗と菊池を拾ってヤクザんとこに突撃する。お前は堕天使側を頼む」
『了解です。なる早で戻ります。ご武運を』
富田は飛び立つ。その後ろ姿を見ながら職員、そして電話越しに内海は表情を険しくする。その時、後ろから大声が。
「う、内海さん!通信、繋がりました!」
『おお、早いですね。流石は英霊神。…まあこのカラスたちも有効活用しましょうか』
さて、反撃ですよ、とつぶやく内海。不安要素は、ここで潰す。




