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朱月のアリス  作者: 白塚
第2章 悪魔と堕天使編
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【第2章】13話「壊れた結界」



 公安の建物内、応接室にて椿、菊池、内海、そして高鍋が集っていた。内海が口を開く。


「ことのあらましは高鍋から全て聞いています。…まずは謝罪を。長い間貴女ひとりが苦しんでいる中、何も力になれなかったこと、謝罪します。申し訳ありませんでした」

「い、いや、内海が謝ることじゃないよ!」

「私のことを心配して言わなかったのだろう?これからはそういう配慮はしなくていいぞ。私は大丈夫だからな」


 ダブルピースをした菊池が優しげな笑みを浮かべて椿に語りかける。椿はうん、と頷いた。


「それにしても。禍山兵叢雨明神…叢雨(ムラサメ)がここまで自由行動できるようになっているとは…流石は祟り神ですね……」


 内海がふう、と息をつくと不意に立ち上がった。


「皆さん。少し、私にお付き合いいただいても?」



 *



「内海ー。どこまで行くの?」

「もうすぐですよ。なので頑張って」


 一行は菊池達の兵舎の裏山に向かっていた。獣道を進み、山頂へと向かう。山に入って一時間ほど。ようやく内海の足が止まった。その目前にあるのは、手入れはされているものの少し寂れた神社。そびえ立つ鳥居には『山兵明神』と書かれている。


「内海…ここって…」

「私の神社だな」


 菊池がぽつりと呟く。椿は振り返る。私の神社?


「それってどういう…」


 椿は言いかけたものの、内海と高鍋は一礼して鳥居をくぐる。椿も慌てて一礼し、内海の後を追う。菊池は一礼はせずに境内へと足を踏み入れた。内海は本殿の裏を周り、さらに鬱蒼とした森へと迷う様子もなく歩みを進める。そして、大きな洞窟が現れ内海はそのまま入っていく。


「着きましたよ。お疲れ様でした」

「あちゃあ〜、これはこれは酷い有様だねぇ」


 そこにあったのはしめ縄のかけられた大きな岩と、小さな祠。高鍋の言う通り、岩の方には数多の亀裂が走り、今にも崩れてしまいそうだ。


「内海…ここは一体何なん?」


 内海は大きく深呼吸をし、椿に向き直る。


「椿、どうやら貴女はここの主に魅了されてしまったと聞きました。ですので、()のことを話しておこうと思いましてね。菊池もいるし、ちょうどいい機会でしょう」


 菊池もいいですね?という内海の問いに頷く。そして、内海は語り出した。



 *



 ――1945年。戦後日本にて、密やかにあることが流行っていました。それは、魔女狩り。異能の持つ女性であったり呪い師の女性であったり、いわば妖力を持つ女性が何者かによって拉致される事件が多発していました。この事件を放っておくことは出来ないと考えたGHQは日本の公安に対し、速やかに調査・救助せよとのお達しが降りました。まだ人間だった菊池及び菊池隊は、その時調査員として抜擢されたのです。何せ呪い師ではないとはいえ、実力は十分にありました。菊池の愛する奥さんも、その組織に連れ去られていたので、菊池の熱量は相当のものだったはずです。


 そして、菊池らはホシをつけたある新興宗教の潜入に成功しました。彼らの推測通り、その宗教団体こそが魔女狩りを行っている組織でした。


 が。菊池は妻を見つけ出せたものの素性がバレ、拘束されました。組織は1人ずつ彼の目前で部下を、そして妻をも殺害したのち、菊池のことも殺害した、はずでした。


 しかし強い怨恨と憎悪、そして後悔から彼は蘇りました。祟り神として。同時に彼らの部下と妻も、彼の眷属として蘇りました。自我を失い、暴れ回り、厄災を撒き散らす祟り神の討伐命令が私に下ったわけです。


 菊池は、本当に強かった。この私があれほど苦戦したのは数千年ぶりでした。まあ、何とか倒し、自我を取り戻した菊池らを私たちの仲間に引き入れることができたわけですが。


 しかしここで問題が発生しました。菊池孝太郎は、2柱(ふたり)になっていたのです。恐らく、祟り神へと変貌した際に「菊池孝太郎の自我を残した魂」と「『菊池孝太郎』という名の根からの完全で新たな祟り神の魂」のふたつに分かれてしまっていたと我々は推測しました。前者は我々の仲間となりましたが、後者は違いました。純粋な悪意、とも言えるその残虐ぶりは相当のものでした。倒すことは困難、そのため私と菊池がこの大岩の下に彼を――禍山兵叢雨明神を封じた、というのが、これまでのあらましです。



 *



「ちなみに、菊池の神名は禍山兵五月雨明神かやまのひょうさみだれみょうじんといいますね。……ざっくり話すと、こんな感じですかね。」

「そっか、そんなことがあったんだね、師匠…」


 椿は菊池に目を向けると、菊池はどこか悲しげな顔で笑った。


「内海、疑問なんだけど、その連れ去られた女の人たちはどうなったの?」

「ああ、ほとんどが救助されましたよ。…僅かに、犠牲者は出てしまいましたが」


 沈黙が洞窟内に下りる。椿は亀裂の走る大岩を見据えた。


「じゃあ、ムラサメはここの封じの結界が弱くなってきたから、出て来れるようになったの?」

「いえ、コレはもう結界としての役割を果たしていません。完全に破壊されています。彼の力はどんどん大きくなっていたようですね…彼はもう自由の身でしょうよ」


 内海ですら苦戦する恐ろしい祟り神の片割れが、今や自由の身。街が、この国が危ないのでは――


「まっ、でもムラサメちゃんを急いで見つけ出さなくても良さそうだよ。一応会話は成り立つし、むやみやたらに暴力を振る…うこともあるけどあれは僕が相手だったしな。椿ちゃんの言うことを聞いてるみたいだし、それほど重く受け止めなくてもいいかもよ?」


 呑気な高鍋の声が響く。内海は大きく息をついた。


「相変わらずお前は楽天家ですねえ…まあ、でも一理あるかもしれません。縛しの勾玉はつけることができたそうですし。……椿、何か変わったことがあれば、次はすぐに言うのですよ。貴女にご執心とはいえ、相手は祟り神ですから」

「うん、分かった」


 一行は、洞窟を後にする。その様子を禍山兵叢雨明神――ムラサメが木の上からじっと見ていた。ムラサメは内海を目で追いながら、チッ、と舌打ちした。


『あいつ……本当は分かってるくせに……』

 


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