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朱月のアリス  作者: 白塚
第1章 騒乱の陸軍編
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【第1章】3話「大刀洗少尉」


「おう!コッチだ!」


 やってきた椿達に大きな声で手を振るのは、口元のホクロが特徴的な憲兵服の男、大刀洗 宗太(たちあらい そうた)である。隣には彼のバディ、八木軍曹。そして…


「…!椿!!」

「ああっ、姉ちゃん!!」


 そう言い椿に抱きついたのは…大刀洗の隣に立っていたわずかに青みがかった長い銀髪に頭に2本のツノを持つブレザーの制服を着た少女。彼女の名前は、百合。


「1週間ぶりかしら?元気そうで何よりね。…ね、椿の木の精霊と契約したんですって?すごいじゃない!」

「ありがとう。相変わらず姉ちゃんも元気そうだな。紹介するね。椿姫、改めハチ!」

「貴女が椿様の姉上なのですね。よろしくお願いいたしますわ」


 猫の姿のハチがフフンと胸を張る。椿と百合がハチを思い思いに撫でているとコホンと大刀洗が咳払いをした。


「再会を喜んでいるところ申し訳ないが…そろそろ任務地に向かうぞ。車が待っている」

「あっ、すいません…」


 そう歩き出すとすぐに周りの群衆がザワつき始めた。


「…え、あの歩いてる憲兵さん大刀洗さんじゃない…?」

「本物…!?かっこいい…」

「連れてるのは候補生の子たちかしら。かわいい子たちねえ」


「…やっぱ大刀洗サン、人気すごいっすね…」


 椿がそう漏らすと大刀洗はドヤ顔で振り返った。


「当たり前だ。俺は顔でバズった男だからな」


 若干うぜぇと思う椿だったがそれもそうである。大刀洗がまだ見習い士官であった頃。陸軍の広報がSNSに投稿した写真の1枚に写り込んでいた大刀洗が、「とんでもないイケメンがいる」とそれはそれはバズりまくったのである。瞬く間に彼の存在は日本中に知れ周り、TV出演を果たすなどの人気絶頂の軍人である。彼のまっすぐとした性格、歯に衣着せぬ物言いが(稀に炎上するものの)SNSを中心に人気の輪が広がったのである。しかし、大刀洗にはもう一つ、秘めているものがあった。それは――“前世の記憶”を持っているということ。


「大刀洗サン、やっぱこの街並みとか昔に比べて変わったな〜とか思ったりするんすか?」

「ン〜…以前の俺は東京にはあまり来てなかったからな…ただ、焼け野原だったはずが、7、80年見てなかった隙にこんなに栄えるとは思ってなかったぜ」


 戦争がないってのは幸せなもんだぞ、と呟く大刀洗。…一同は車に乗り込み、任務地に向かう。


「ここか、蛇型の悪魔が出たっつう建物は」


 一同が見上げるのは、人が離れてからかなりの時が経っているであろう大きな屋敷。


「情報によるとここは心霊スポットとして有名みたいだな…そこで肝試しに来た奴らが襲われたと…悪魔も怨霊も負のエネルギーが溜まる場所を好むからな…全くこのご時世に肝試しとは、馬鹿も減らんもんだ」


 この世界において心霊スポットとは非常に危険な場所である。大刀洗がいった通り、怪異たちの溜まり場になりやすいからだ。


「よし。では二手に分かれよう。俺と百合。八木と椿。この二手で確実に仕留めよう」


「椿さん。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくでっす」


 かくして大刀洗たちは正面入口から、椿たちは裏口から入っていったのだった。


 建物は中まで完全に荒廃しきっており、歩みを進めるごとに虫たちが足元をかすめる。


「うえっ!Gじゃんさいあく…」

「虫はダメで怪異たちは平気なんですか…?」


 八木が心底不思議そうに呟いたその時


「椿さん危ない!」


 バゴォオオオッ!


 八木に突き飛ばされ尻もちをつく。しかしほんの数秒前までいた場所に、壁を破って太い尻尾が横たわっている。――通報のあった蛇型悪魔だ。


「八木さん!大丈夫ですか!」

「問題ない。何とか避けられた」


 瓦礫の中から出てくると八木はホイッスルを口にくわえ、


 ピピーーーーーッ!


 と勢いよく鳴らした。大刀洗たちに場所を知らせる合図である。しかしその音に反応してか、悪魔が体勢を変え顔をこちらに向ける。悪魔には首が3つあった。3つの蛇の頭が椿と八木を襲う。


「どれか1個の首が本体なのかな」

「恐らく…3つ全てかと…取り敢えず自分は1番左の首を――」


 八木が飛びかかろうとした瞬間、


 プシュッ!


 蛇の口から何やら霧のようなものが噴射される。突然の攻撃に八木は霧を避けきれず喰らってしまう。


「ぐ…あ……」


 八木は崩れ落ちるようにして倒れる。蛇が発射したのは毒霧の類のようだ。


「八木さん!」

「いいから…き、君は一旦逃げなさ…い…」


 意識は朦朧とはしているもののまだ繋ぎ止めている八木に、蛇の口がゆっくり近づいてくる。妖力のない椿には一切興味がないらしい。


「クソっ、蛇風情が舐めやがって…ハチ、行くよ!」

「はい!練習の成果、お見せいたしましょう!」


 ハチはそう答えると、椿の中にするりと入った。蛇の口が八木に届こうとしたとき――その頭に黒いものが巻き付き、そのまま壁に叩きつけた。


「椿さん…その姿…!」

「さすがはハチ!力がみなぎってくるぜ!」


 椿は椿姫と契約したことで、精の力を思うままに使えるようになっていた。左目は紅く輝き、1つに結わえていた髪はほどかれ、長い髪を揺らめかせている。突如現れた強大な妖力の持ち主に3つの頭が向く。蛇が再び霧を放つ。しかし椿はその長い髪を自在に操り、楯代わりとした。その時、


「助太刀するぜ」


 その声と同時に3つある蛇の頭のうち1つがごろりと地に転がる。大刀洗だ。大刀洗の刀も椿と同じく、妖力を纏っているため、ダメージは大きいはずだ。しかし、落とされた首はあっという間に再生してしまい、元の三つ首蛇に戻る。


「チッ、何だよ、3つ同時に斬らなきゃダメってか」


 すぐに大刀洗は跳躍し悪魔から距離をとる。そしてその背後から駆けつけていた百合が妖力弾を放つ。なかなか堪えたらしく、悪魔は悲鳴を上げる。


「…!動きが鈍くなったな…よし椿!お前の髪で首3つ無理やりでも固定してくれ!その隙に俺が――」


 プシュッ!


 言い終わらぬ間に蛇が再び霧を放つ!大刀洗は避けはしたものの体勢を崩し、さらに畳み掛けるように放たれた蛇の太い尻尾に打たれ、壁に叩きつけられる。


「かはァ…ッ」


 人並み外れた身体能力の持ち主とは言え、大刀洗は菊池のような自己再生能力は持ち合わせていない、ただの人間である。蛇は動かなくなった大刀洗から興味をなくし、再び椿に向かってくる。


『椿様…!わたくしの髪は刃物にもなり得ます。奴が再び毒霧を吐く前に首を刎ねてしまいましょう…!』


 ハチの助言通り、髪を刃物にするイメージをして思い切り蛇に斬り掛かってみる…も、したことのない技のため上手く斬り込めず蛇の首に傷をつけるだけになってしまう。激昂した蛇が襲いかかろうとするも、百合の妖力弾が邪魔をする。しかし、いくらダメージを与えようと悪魔は傷を再生してしまう。このままでは体力切れでこちらが負けてしまう。その時、椿の視線があるものを捉える。次の瞬間には髪を伸ばし、蛇の首を捕縛して動けなくする。


「椿!?捕縛するだけじゃ勝てな――」

「ナイスだ椿!死になクソ蛇野郎が!」


 百合の言葉を遮るように叫び声がした。椿の視線が捉えたのはいつの間にか目を覚まし、刀を持ち臨戦体勢に入っていた大刀洗だった。瓦礫の影から飛び出しそして固定された首3つを一気に刎ねた!

 3つの首全てを落とされた悪魔は、力なくゆっくりと斃れた。


「ふう〜、危なかったぜ。助けてくれてありがとうな、椿ちゃん」

「自分もです…助かりました」


 毒霧にやられていた八木も、流石は呪い師といったところか、今は一人で歩けるようになっていた。


「大刀洗さん…思い切り壁に激突していたけれど…大丈夫ですか?」


 百合が心配そうに聞く。だが大刀洗は軽く笑った。


「まあもしかしたらどこか折れてるかもしれんが…特に今は問題ない。俺は菊池らみたいな超再生は持っちゃいないが、常人より傷の治りは2倍近く早いからな。むしろ、無様な醜態見せつけて申し訳ないな」

「いんや…大刀洗サンいなきゃ多分やられてました。八木サンのお陰で命拾いしたし」


 どんなに強い呪い師もある日低級の怪異に簡単に殺される時もある。呪い師とはそういうものである。今回の蛇の悪魔はけして低級ではないが上級というわけでもない。もしあの時、大刀洗の意図を汲み取れないでいたら――1つのミス、1つのファインプレーで命運は大きく分かれる。それを痛いほど椿は実感した。


 大刀洗は妖力を持たないため厳密には呪い師ではないのだが、呪い師として活躍している。ひとえにそれは以前の椿と同じく、超人じみた身体能力ゆえである。魑魅魍魎の類を倒すには妖力の有無は関係ない。銃でも剣でも倒せるが、妖力有りの攻撃がより効く、という具合なのだ。


「サ!帰って取り敢えず医務室行かねーとな。車に戻るぞ」

「「「はい」」」


 こうして、ハチと契約してからの初陣は幕を下ろしたのであった。


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