【第2章】9話「角獅子」
翌日。百合は悪魔が現れたという通報を受け、所属する近衛歩兵の田中隊の熊田少尉とともに現場に向かっていた。田中隊隊長、田中大尉は菊池との同期である。その車内にて、2人は他愛もない会話をしていた。
「熊田さん。昨日の件聞きましたか?」
「堕天使の件か?妹さん…椿さんと憲兵が戦ってたらしいな。最後は逃げられちまったようだが…妹さんに怪我はなかったかい?」
「はい!かすり傷程度だったみたいです」
それなら良かった、と大きな欠伸をする熊田。百合はそれに、と呟く。
「堕天使と交戦したと聞いて、大した怪我はないって聞いてたんですが、心配で様子を見にいったんです。そしたらどうなってたと思います?あの子、交戦直後に美容室寄って髪染めてたんですよ!」
「全染めか?」
「いえ、前髪と後ろ髪に一本ずつメッシュ入れてただけなんでしたけど、ネオングリーンですよ?思い切ったなあとも思いましたけど、強敵と戦った後には見えませんでした。全く、私の心配を返して欲しいです」
「ハハハ!余裕なこったな!なかなか強者だな、椿ちゃんは」
百合は全く、とため息をついているが熊田は豪快に笑った。呪い師とは、イカれている奴が生き残っていく世界でもある。雑談を交わしつつ、2人はこれから討伐予定の悪魔の詳細に目を通す。通報のあった悪魔は若干群れていたと聞く。雑魚だけの群れなら何とかなるが、仮にリーダー格の悪魔が古い悪魔の場合、危険度は一気に上がる。
悪魔とは基本的に重ねた齢が多ければ多いほど、古くからの悪魔ほど危険である。
「最初は堕天使でも、時が経つと悪魔化するケースもあるのですよね」
「ああ…何度か元堕天使の悪魔と戦ったことがあるが、体感普通に発生する悪魔よりかは手強いな…」
そうこうしているうちに、悪魔の出現現場に到着した。規制線を張っている憲兵に一礼をして2人は中に入ってゆく。悪魔は案外すぐ見つかった。いたのは、角の生えた獅子のような悪魔。
「アア?なんだあ、お前ら」
「呪い師だ。お前を駆除しに来たんだよ」
巨大な獅子に一切怖気づかず、熊田が睨み返す。間髪入れず獅子が爪を振るう。2人は華麗に躱しつつ、悪魔に対し攻撃を行う。しかし、悪魔も負けじと影から数多の悪魔が飛び出してくる。獅子の眷属あたりだろう。
「熊田さん!私が獅子をやります!熊田さんは眷属を!」
「分かった!」
二手に分かれ攻撃することにした2人。熊田は自らの身体を巨大な蜘蛛に変化させ、糸と脚をうまく使い、素早く悪魔を捕まえては毒を注入し、行動不能にさせていく。
百合も負けていない。竜の姿になろうかと考えたが、場所は市街地。あまり周りのものを壊すわけにはいかない。妖力弾や拳銃を使いこなし、じわじわと獅子を追い詰める。
「こんの…クソガキめが!」
獅子が叫び百合から距離を取ろうとする。しかし目に見えぬ何かに阻まれ身動きが取れなくなる。百合の得意とする術は、結界術。身動きの取れぬ獅子に拳銃を向ける。しかし…
ドゴォッ!
「ぐあぁっ!?」
百合は脇腹に強い衝撃を覚え思わずその場に屈み込んでしまう。恐らく熊田が捕捉しきれず、狩り損ねた小さな悪魔が百合に向かって突進したのだった。それと同時に獅子を封じる結界が崩れてしまう。獅子がうずくまる百合を見下ろす。
「クソガキ。よくもやってくれたな。どういたぶり殺してやろうか」
「百合!」
熊田が応援に向かおうとするも、悪魔の数が多すぎてその場を離れられない。獅子が百合を掴み上げる。獅子が大きな口を開けた、その時、獅子の下に何か小さなぬいぐるみのようなものがどこからか投げ込まれた。
「ぐわぁアアアっ!?」
突如地面――そのぬいぐるみから大きな狼が姿を現し、獅子の胴を食いちぎったのである。獅子が悲鳴を上げ百合から手を離す。そして落下してきた百合をしっかりと抱きとめたのは…
「御船……さん!?」
「…今一瞬呼び捨てにしようとしたでしょう」
御船は文句ありげに百合を見下ろすが百合はスルーした。そこにようやく悪魔を一掃し終えた熊田が走ってくる。
「獅子の!悪魔は…」
「残念、目を離した隙に何処かに逃げてしまいました。あーらら」
お前がぐだぐたしてるからだぞ、とでも言いたげなニヤケ面で御船は熊田を見据える。
「逃げられたのなら…早く捕まえないと!他の隊にも連絡を…」
「既に済んでますよ。それに、百合さん。その状態で追いかけても殺られるだけですし、フェンリルにあれだけの傷を負わされたのです、永くはありませんよ」
「そうだな、百合。それにお前ワンチャン折れてるぞ、神埼に診てもらえ」
「…はい」
軍人2人に止められ、冷静さを取り戻す百合。御船が笑う。
「フフ、にしても意外ですね、百合さん。いつでも冷静沈着かと思えば、周りが見えなくなるほどの熱血女子だったとは」
「…だったら何よ」
「いえ?何も。双子とはやはり内面も似るものなのでしょうかねぇ」
「…個人差あるんじゃない。あと、降ろして」
御船はやれやれといった具合にため息をつきながら百合を腕から降ろすも、よろめく百合に肩を貸す。
「ま、取り敢えず戻りましょう、憲兵たちと車のあるところへ」
*
「ガハッ、ぐぅ…はっ、はっ…」
獅子の悪魔は必死に下水道を這っていた。突如現れた巨狼により胸から下を失った獅子。数多の血を流しながら匍匐前進のような動きで這い続ける。
「あの…小娘に…銀髪野郎…」
怨嗟の声を漏らしながら前進する獅子。その時、目の前に人影が立つのをその目が捉えた。一瞬呪い師の追っ手かと警戒するも、その男から漂う自らと同じ魔の雰囲気に警戒を解く。
「…ハァ、ハァ…なんだお前。ッハァ、何の…用だ…」
傷により途切れ途切れになりつつも獅子が問う。目の前に立つ長い髪を一つに結わえた男は獅子を無表情のまま見下ろす。
「呪い師どもが憎いか」
「ああ」
「助けてやろうか」
「…ああ、頼む。あんたの傘下に入ってやってもいい、このまま死ねるものか」
男…ベルは嗤う。ベルは懐からビー玉のようなものを取り出し、獅子に翳す。
「獅子の悪魔よ、我らが傘下にようこそ。記念に名をやろう。お前は今日から『ミラ』だ。喜ぶといい、我が下僕」
獅子が光を放ちながらベルの持つビー玉に吸い込まれていく。獅子の入ったビー玉をベルは満足げに眺め、懐に入れる。そしてひとりの堕天使は下水道の中へ歩を進め、闇に溶けていった。




