【第2章】7話「翼獅子」
放課後。この日も椿はクラスメイト達に誘われ、商業施設で遊ぶこととなった。スイーツを食べたり、ゲームセンターでクレーンゲームをしたり、本屋で雑誌を手に取ってみたり…と、彼女らはいつもどおりの日常を送る。
そして、日も傾きかけた時。また明日学校で、とそれぞれの帰路につく。が。
「中橋瑠美ちゃん!待って!」
呼ばれた瑠美は振り返り、駆け寄ってくる椿に目を丸くした。
「どうしたの、椿ちゃん?」
「ちょっと…ね」
「…?なあに?って、ちょっと痛いよ」
瑠美は椿に掴まれている腕をやんわりと振り払おうとするが。
「お前、堕天使だろ」
1トーン低くなった椿の声に瑠美は固まった。椿が続ける。
「皆、出てきていいよ」
椿の言葉を合図に、物影から幾人もの軍人呪い師が現れ、一帯を包囲する。その物々しい雰囲気に近隣住民や通りすがりの人が何だ何だと集まってくる。しかし憲兵と警察官達が素早く規制線を貼る。
「椿ちゃん?何言ってるの?それにこの人たちは何?」
「とぼけんな。こちとら全部知ってんだぜ。美幸監禁しといてよく言えるな、シャルル」
「あの金髪女…もう見つけられたのか」
瑠美…シャルルはチッと舌打ちすると椿の手を振り払い、大きく後ろに飛び退き、警察官達が盾で牽制する。シャルルのブレザーから黒い翼が飛び出す。
「バレてしまったのう。全く、あの便利屋のせいじゃな…とことん使えん」
「ようやく正体を現しやがったな。諦めて降伏しろ」
「嫌じゃ。ああイライラするのう、腹いせにお主ら全員ぶっ殺してやる」
その瞬間、シャルルの影が一瞬にして大きくなり、その場には翼の生えた大きな怪物が現れた。獅子に翼が生えた姿だが、額に、体のあちこちについている目がギョロギョロと辺りを見渡している。巨大な怪物に警官達が僅かに怯む。
「怯むな!奴をここから逃がしてはならん!」
隊長格と思しき警官が叫び、各自それぞれの位置につく。椿はハチと同化する。シャルルが訝しむように目を細めた。
「何じゃ、お主。天使でも、悪魔でもない…堕天使、でもなさそうじゃな…不気味なヤツ。まずはお主からじゃ」
シャルルが猛スピードで椿に襲い掛かるが、華麗に躱す椿。椿姫の力を使い、刃と化した髪でシャルルの胴を斬りつける。シャルルは上手く躱しきれず、血飛沫が舞う。
「うぎゃあああ!痛あ!」
叫びながら椿に飛びかかるも、やはり躱されてしまう。
「ちょこまかと小賢しい…それにこの詠唱!全力も出せぬ、傷もうまく治せぬ!」
包囲した警官と憲兵達は印を結び、祝詞のようなものを唱えている。その土地の神様の力を借り、魔封じの結界を張っているのである。魔の者の力を弱くし、聖なる力を増強させる基本的な結界。椿は聖魔両方の性質を持つため、魔の力が使えずとも聖なる力で応戦できるため、弱体化することなく戦える。
「ええい…こうなったら…避けてはならぬ状況を作るまで」
シャルルは突如踵を返し、祝詞を唱えている憲兵達に飛びかかろうとする。
「げっ!不味い!」
椿は慌てて憲兵とシャルルの間に割って入ろうとする。爪が椿に迫る。しかし、その爪が椿に届くことはなかった。
「ぐわああああっ!妾の腕があ!」
シャルルの振り上げた腕は綺麗に切断されたのである。すると、どこからともなく聞き覚えのある笑い声が。
「ワハハハ!何も女の子ひとりで戦わせるわけねぇだろ!…つーわけで、応戦するぜ、椿ちゃん」
「大刀洗さん!」
大刀洗と椿は並んでシャルルの目前に立つ。何とか腕をくっつけたシャルルは憎々しい目を2人に向ける。椿と大刀洗は共に抜刀する。椿の刀は、ハチと契約する前に使っていたものと同じものである。近頃椿はハチの力に頼りっぱなしであった為、抜刀するのは久方ぶりである。2人の刀には妖力が宿っている。
「おのれ…人っ子ひとり増えようがこの妾に敵うものか。ここで喰い殺すまで!!」
シャルルの体から数多の人影が飛び出してくる。
「妾の忠実なる眷属じゃ。この数、果たしてお主らに捌き切れるかの?」
自信満々といった面持ちのシャルルだが、その顔は再び曇らされることとなる。
「なにっ…しもべが…減っていく!?何じゃ!?」
包囲している警官・憲兵らは何も結界を張るため動員されているわけではない。戦える呪い師、戦えない呪い師。そんな彼らがシャルルの眷属たちを撃ち落としているのである。
「やっぱ憲兵はエリート揃いっすね…」
「だろ。お陰で目ン玉ライオンに集中できる」
同時に駆け出す2人。椿は跳躍し上空からの攻撃を試み、大刀洗は人間離れした身体能力でシャルルの身体に飛び乗り、脚の筋や目玉を中心的に攻撃していく。その度にシャルルは悲鳴を上げる。大刀洗だけでなく、憲兵警官達の遠距離攻撃者達によってじわじわと体力が削られていく。
「痛あ!くそっ、この!このぉ!」
シャルルは身体の大刀洗を振り落とそうとするも、大刀洗は退かない。
「おーい。アタシのこと忘れてんだろ」
椿の声にハッとなるシャルルだったが、意識をそちらに向けたときには既に椿の髪の刃が迫っていた。切断までには至らなかったものの、致命傷を首に与えることができた。だが、倒れたシャルルは不意に不気味に笑い始めた。
「何笑ってんだ、アンタ」
「くっくっく、ひとつ忘れておったわ。妾の切り札があることにの」
「切り札だと?」
大刀洗が訝しむように聞き返す。シャルルは横たわったまま嗤う。
「お主らは知らんかもしれぬが。妾は便利屋を使って高校中の小娘どもに妾の羽根を仕込んである。妾の指先ひとつで、彼女らはベルフェゴール様の受肉用の肉塊となる。つまりは人質じゃ。…小娘どもの命が惜しければ…」
「その必要はないよ!」
シャルルの言葉を遮ったのは…美幸。
「美幸!無事だったんだな!」
「当たり前よ。自力で脱出したんだから」
「何…お主も、呪い師じゃったのか…!」
美幸はえっへんと胸を張る。その肩にはカラス。おそらく白川だろう。
「その必要はないって、どういうことだ?美幸ちゃん」
「うふふ。それはね〜…」
大刀洗に答えるように美幸が笑う。
「皆に仕込まれてた堕天使の羽根だけど。私の相棒、ぽんちゃんが夜な夜な皆の体の中から羽根を取り除いてくれたんだよ!シャルルって言ったね。嘘だと思うならやってみな」
そう言われたシャルルの顔色がどんどん悪くなっていく。
「この金髪娘が…よくも…あれだけ苦労したというのに…!」
「ちなみに。アンタが便利屋とか言って脅して無理やり協力させてた早苗って子はもうこちらで保護してあるから。観念なさい!」
「クソッタレがああーー!!」
シャルルが叫ぶと同時に大刀洗が駆ける。そして、手に持つ太刀を振り上げ、シャルルの首を切断した。




