【第2章】6話「堕天使の羽根」
藤田早苗は、のろのろと倉庫をあとにした。自分のやっていることは、同級生たちを生贄として未知の怪物に差し出している行為に等しい。人殺しになってしまう。そもそも、シャルルにそういった契約を持ちかけられた時点で怪しむべきだったのだ。
早苗は、いつもクラスで浮いていた。人と話すことが苦手で、常にひとりぼっち。そんな彼女に話しかけてくれた子、それがシャルルだった。尤も、その時は偽名「中橋瑠美」、と名乗っていたが。早苗は嬉しくてたまらなかった。高校で初めてできた友達。何度も遊びに行ったりした。ある日、瑠美から話したいことがあると体育倉庫室に呼ばれた。そこで彼女は正体をあらわにした。
『見ての通り…妾は人ではない…名前も偽名じゃ。本当は、シャルルという』
『シャルル…』
『早苗。失望したか?妾が恐ろしいか?今まで隠していて悪なんだ』
『そんなことない…!たとえあなたが人の身でなくても友達でしょ…!』
『早苗…』
シャルルは騙していたお詫びに、何か願い事を一つ叶えてやると言った。その時、早苗は遠慮したもののシャルルの押しによって一つ、願い事をした。それは、“好きなアイドルのライブに当選したい”という至って普通の願いだった。倍率が恐ろしく高いライブチケット。しかし、チケットは当たったのである。シャルルの力だろう。早苗は狂喜乱舞した。そこで、シャルルはこう言ったのである。
『お主に、頼みたい仕事があるのじゃ。お主しにかできぬ。…もしこの仕事をやりきってくれれば、お主の願いをすべて叶えてやろう。どうじゃ?』
早苗は二つ返事で了承した。言われるがまま、他の子にシャルルの黒い羽根をくっつける。くっつけると不思議なことに羽根は見えなくなる。バレる心配もなかった。だが、1日に与えられる羽根を余らせてしまう日々が続いた。シャルルは豹変した。
『愚図め。こんな事も出来ぬのか!』
『友達?何を言っておる。少なくとも妾はお主のことをそう思ったことはないのう、カカカ』
『お主は妾の便利屋じゃ。いやあ、楽ちん楽ちん』
優しかったシャルルは早苗を脅すような言葉も発するようになった。早苗は戻るにも戻れなくなってしまった。そして、先ほどの告白。
『もしも、このことを誰かに相談したり、妾「中橋瑠美」の正体を誰かに言おうものなら…わかるな?呪い師に接近するのもダメじゃ。妾はお主に監視をつけておる。怪しい動きなぞすぐに分かるのだからな…』
シャルルの言葉が脳裏をよぎる。…これ以上、シャルルからの“仕事”はできない。だが辞めようものなら何をされるかわからない。
……もういっそ、死んでしまおうか。
どこがいいだろう。あそこの裏山?橋から飛び降りる?
そんなことを考えていたせいで目の前を歩く同じ高校の生徒に気づかなかった。2人は勢いよくぶつかる形になり、転んだ。
「いったあ…」
「ごごごごめんなさい…!怪我は…」
慌てて目の前の同級生を助け起こそうとして早苗は固まった。金髪ショートヘアの少女。こんな子いたっけ…?そんな表情を読み取ったのか、金髪の少女は笑った。
「見ない顔、て感じだね。私は新庄美幸。転校してきたばっかなんだ」
「あ、ああ、そうなんですね…」
転校、という言葉に早苗は今日の話しかけてくれたあの子を思い出す。
(榊原…椿さん、って言ってたな…)
「あのう…大丈夫?ぼーっとしてるみたいだけど」
「へ、あっ!だ、大丈夫ですごめんなさい…」
「はいこれ。落としたよ」
美幸から差し出されたものを見て早苗はぎょっとして固まった。美幸の手には、シャルルから預かった“堕天使の羽根”。
「ああっ!」
早苗は堪らず美幸の手から奪い取るようにして慌てて鞄にしまう。
「ごめん、大事なやつだった…?」
「あ、えと、いや…奪い取るみたいな取り方しちゃってごめんなさい…焦っちゃって…」
いいんだよ、と言って笑う美幸。2人はその場で別れた。去っていく早苗の背を見送る美幸。
「ぽんちゃん」
「はいよ、お嬢」
「あの子の持ってた羽根…あれ…」
「ああ。堕天使のもので間違いないね。シャルルって奴もね」
美幸は、シャルルと早苗の密会の一部始終を目撃していた。
「これは早く…先生たちに報告しないと」
*
翌日。いつもどおり椿は女子校に通い、昼休みの約束していた場所に向かう。しかし、待てども待てども美幸だけが来ない。
「今日、美幸学校来てないらしいぞ」
「えっ?」
椿と美幸の仮の宿場は呪い師だと勘付かれないように別々である。そのため、会えるのは学校に着いてからとなる。何かあったのか…
「美幸は来ない」
不意に後ろから声がし、慌てて振り向く2人。しかしそこに人影はない。
「バカ、こっちだ、上だ、上」
声の通り目線を上に向けると一羽のカラス。この声は…
「富田さん!?」
「富田さんもカラスと体入れ替えたんですか?」
「違えよ、俺はカラスに変身できんだよ」
「それより、美幸は来ないって…?」
椿の問いに富田はため息をつく。
「堕天使側に捕まった。昨日の夕方。ばったりエンカしちまったみたいだな」
「美幸が…!」
「早く、助けに行かないと…!」
「まあ待て、落ち着けガキども。何も捕まってどうしようで止まってるわけじゃないのよ。もう既に然るべきところが動いている。それに美幸が堕天使の正体を暴いてくれている。今日の放課後。捕まえるぞ」
「「はい…!」」




