【第2章】5話「堕天使」
とある廃墟にて。あちこちが崩れ、人が住めるような場所でないにも関わらず、そこには幾つかの人影。
「ベル様。申し訳ありません。“執行者”についての調査を行っていた“右舷”と“左舷”が殺されました」
「何…?あの2人がか…?」
跪き、報告を行う人物にベルと呼ばれた長い髪をひとつに結わえた男。その他にも数人の人影。そして彼らには例外なく背に黒い翼が生えている。堕天使だ。
「くそ…奴らは中々使えたというのに…まあいい。他はどうなってる」
「妾は割と良好じゃ。恐らく、気づかれとらんよ」
「そうか。ならいい。だが慎重にな」
「分かっておるわい、ベル様の命令は絶対じゃからのう」
見た目は小柄な、いたって普通の少女だがその語り草は老婆のようである。ベルは大きく息をついた。
「他の者も、活動時はよーく気をつけることだ。呪い師の連中は勘がいい。見つかれば終わりだと思え。…何としてでもベルフェゴール様をここに顕現させてみせる…邪魔する奴らは、天使だろうが悪魔だろうが滅するまで」
強い意志の炎をその目に宿すベル、そして他の堕天使仲間も大きく頷いた。
*
「どーもー。転校してきました。榊原椿です。よろしくおなしゃーす」
椿たちの潜入先、「七つ橋女子校」のある教室にて自己紹介をする椿。美幸は別のクラスに入ることとなった。ぱちぱちと拍手される中、隣に立つ教師が話す。
「榊原さんは親御さんのご都合でしばらくこの高校に通うこととなった。皆も良くしてあげるように」
「ええっ!しばらくってことは…また転校しちゃうんですか!?」
「まあ、そうなるな。それがいつになるかは分からないが」
クラス中がえーと言い合う中、椿は教師に指定された机へと移動し、席に座る。一番うしろの窓側の席だ。
「よう!アタシ椿。よろしくね」
「…へっ?えっあっ、よ、よろしく…」
椿は隣の席の若干存在感の弱い地味な眼鏡の女子に声を掛ける。眼鏡の女子は椿に話しかけられたことによっぽど驚いたのか、しどろもどろになりながら返事を返す。椿が再び話しかけようとしたとき。
「ねーねー!椿ちゃんてどこから来たの!?」
「ノーメイクなのにかわいい!ってお肌きれい!ねえ、乳液とかどんなの使ってる!?」
「髪もサラッサラつやつや…シャンプーとリンス何使ってるか教えてー!」
あっという間に他の子らに囲まれてしまい、質問の嵐に遭う椿。何とか答え切り、自分の机に群がる同級生たちのすき間から先ほどの眼鏡少女を見ようとするが、いつの間にか席を立ったのか、いなくなっていた。その様子を見た1人が椿に話しかけた。
「ああ、ここの席の子気になるの?」
「気になるっていうか…隣だし話しかけたんだけどびっくりさせちゃったみたいで」
「あの子…私らもよく分かんないんだよね〜名前はええと、確か…藤田早苗、だったよ」
「藤田、早苗…」
その後も再び質問攻めに遭う椿。答えたりはぐらかしたりしつつ椿は後でまた話しかけようと思うのだった。
昼休み。お誘いを断り椿は美幸と合流し、報告がてら昼食をとっていた。
「怪しいやつ、いた?」
「全然。皆いたって普通の女の子たちだよ〜…」
2人はハァ、と思わずため息をついた。はじめはウキウキしていたものの、この潜入捜査はかなり難易度が高そうだと悟ったためである。そこに数羽のカラスが飛んできた。1羽のカラスが2人の横に降り立つ。
「椿。美幸。お疲れ〜。そっちはどう?」
「ん〜…進捗ナシ。白川は?」
「全然ダ〜メ」
降り立ったカラスのうち1羽は白川であった。白川曰く、この潜入捜査が終わるまでカラスの姿なのだという。早く炙り出したいところだが、何一つ掴めているものはない。
「まあ…これからここに馴染んでいったら、もしかしたら向こうから尻尾出してくれるかもな。長期戦覚悟だけど」
「だな…」
「ま、ゆるく頑張ろ〜」
昼休みも終盤。3人は互いを激励しあい、持ち場に戻っていくのだった。
放課後。ある程度の荷物をまとめたところにクラスの少女数人が近づいてきた。
「ね、椿ちゃん。これから暇?」
「?まあ、予定はないけど」
「良かった!ならさ、私らとちょっと遊ばない?遊ぶって言っても買い食いとかカラオケだけど」
買い食い、という言葉に反応する椿。美幸とは放課後も別行動ということで約束している。椿は二つ返事で了承した。
「椿ちゃんここらへん初めて?私たちが美味しいスイーツのお店とか教えてあげるよ!」
「マジ!?よっしゃー!」
椿はウキウキしながら他の少女たちと教室を出ていく。不意に振り返って隣の席…早苗の席を見ると、そこには既に早苗はいなかった。
(何だろう…何がこんなに引っかかるんだろう…)
椿は言語化できぬ違和感を覚えつつも、その場をあとにした。
*
「ようやく来たか。待っておったぞ」
場所は高校の体育倉庫室。体育館では部活動が行われているが、この倉庫は使われなくなってから久しい。誰かが来ることなどは殆どない。彼女らを除けば。
「ちゃあんと今日の分はこなしたんじゃろうな?早苗?」
「も、もちろんです…シャルル様…」
そこにいたのは藤田早苗。そして…堕天使、シャルル。制服を着てシャルルは女子高生に擬態しているのであった。シャルルは笑みを浮かべ、そして自らの黒い翼の一部を掴み引き抜く。黒い羽根が辺りに舞う。シャルルは手の中の羽根を早苗に差し出す。
「ほれ、これは明日の分じゃ。…分かっているとは思うがの、決してバレてはならんぞ。まあ、この羽根を他の奴らの服につけるだけ、簡単じゃ。それもお主は影が薄いからの!楽ちんじゃろ」
シャルルはそう言って笑う。早苗は俯き、スカートをぎゅ、と握る。
「あ、あの…この羽根…つけたら…ど、どうなるんですか…?」
「ン?」
シャルルは言ってなかったか、と思いながら話す。
「お主、悪魔はどうやってこの世に顕現し、活動できるか知っておるか?」
「ええ、と…召喚して…肉体を手に入れることでしょうか」
「その通りじゃ。我らはとある大悪魔をこちらに顕現させようと思っているのじゃ。…お主がやっているのは、その肉体収集じゃ。悪魔とは力が強いほど人っ子1人の肉体じゃ依代としては足りん。複数必要になる」
「じゃ、じゃあ…私が羽根をくっつけた子は…」
「うむ。皆例外なく悪魔の依代じゃ。安心せい、依代になる瞬間には死ぬが痛みも何も無い。死んだと気づかずに逝くからの」
けらけらと笑うシャルルに、早苗は真っ青になった。簡単な仕事をこなしてくれたら、願いを何でも叶えてやる。そう言われ言われるがまま従ってきたが…自分のやっていることは、未知の怪物に差し出す生贄集めだったのだ。ダメだ、こんなこと…
「分かっているとは思うが、今更「やっぱり辞めます」は無しじゃぞ。無論、そんな事言うならば妾がお主の喉掻き切って殺すがの。…明日も、頼むぞ」
シャルルは笑いながらすぅ、と影に溶けるように消える。残ったのは、真っ青な顔色の早苗だけであった。




