【第1章】2話「白の教団」
「さて。では、先日話していた“白の教団”のことについて話しておきましょうかね」
執務室の中、椿と内海、そして菊池が向き合うように座っている。内海が再び口を開く。
「白の教団とは、正式には鏡鳴教という宗教団体のことです。今でこそ人々を襲う魔物を喚び出したり我々に対して攻撃してきたりと、テロ組織として指定されていますが数年後前まではせいぜい防衛省前でデモを行うくらいだったのですが…主導者が変わったのか、段々テロじみた活動をするようになりましてね…」
「有名なのは神奈川で起きた一般人をも巻き込んだ、呪い師軍人らと教徒との激突だな。数十名の死傷者が出て、これがきっかけに宗教法人からテロ組織に指定された」
菊池が苦い顔をしながらそう呟いた。後に知ることだが、この事件の応援として駆けつけたのは菊池隊であったという。あまりにも惨たらしい現場の様子は菊池の脳にしっかりと焼きついていた。
「彼らはね、崇拝対象が魑魅魍魎の類全てなんです。だからそれらを殺す私達がどうやら彼らにとっては神敵らしい」
「熊が人襲ってんのに「熊がかわいそう」とか「殺処分するな」とか言っちゃう連中に近いな」
本当に面倒な奴らがさらに面倒になりおった、と菊池と内海はげっそりしたようにため息をついた。
「でも、何でこんなに過激になったんですかね?何が目的なんだろう?」
椿が発した質問に内海が答える。
「確定ではありませんが…鏡の国、とやらをこの世界と繋げたいようですね。奴ら教団にはヒエラルキーがありましてね。一般信者をトランプのカード、幹部らは白ウサギ、帽子屋、白の女王、黒の女王、そしてハートの女王。さらにその上…つまり教祖が鏡の魔術師。といった具合ですかね。…彼らの目的は教団が唯一神として崇める“鏡の悪魔”の復活でしょう。鏡の悪魔は鏡の国でしか行動できないように呪いがかけられていますからね。」
「では此方の世界にもその鏡の悪魔が来れる…活動できるようにしたい、ということですのね?」
「その通りです。ハチさん、流石です」
内海は優しい瞳で猫の姿のハチを見た。白の教団。なかなか厄介そうな…と椿はげんなりした。怪異共も面倒だが、人間の方がさらに面倒に決まっている。しかし呪い師として活動していく以上、彼らとの激突は恐らく避けがたいだろう。
「奴らを逮捕しようにも、決定的証拠が必ず出ない。襲ってくる奴らは大概下っ端のトランプのカードだ。こいつらは大した情報を持ってないから尋問しても意味がない。上が指示したという証拠が掴めん。それに奴らは神出鬼没。どこを拠点にしているのかさえ…鏡の魔術師は相当厄介な相手さ」
「椿。恐らくこれから先…教団とは何度も刃を交えることになると思います。自分の力を過信せず、不味いと思ったら逃げる。相手は人間ですからね」
貴女の怪力でうっかり人殺しになってはいけませんからね…と内海から注がれる視線がそう語っている。
「人間相手にはちゃあんと手加減するよ!」
「そう言って私の部下の骨折ったのは誰かな〜ッ?」
「う…自分、です…すみません…」
菊池のツッコミに思わず謝る椿。それもそうである。菊池の部下、野間との模擬戦中、勢いよく蹴りで野間の肋骨や腕を折りまくったのである。幸い、菊池の治癒能力ですぐに元通りにはなったが。さすがの野間も「椿ちゃんやりすぎだよお〜」と泣き言を言っていた。
「白の教団…それらがこのわたくしの本体に釘を…許せませんわ」
ハチが瞳孔を細めながら呟いた。あの釘は内海ら二人によると教団のもので間違いないらしい。教団の使う呪具は独特な気配を放つらしく、すぐに分かるという。
「まあ、とにかく。これからは白の教団にも、怪異共にもより一層警戒していくように。以上!」
「「はい!失礼します!」」
――白の教団 ある拠点
「聞きました?あの噂」
「天使と悪魔の間に生まれたって姉妹か?」
「そうです。2人とも呪い師候補のようで」
「ああ…厄介なところが拾いやがったもんだ…」
「どうなさいますか…?攫います?」
「今攫ったところで…特に姉の方は危険だ。こちらにまでその実力は轟いているのだからな…まあ、どうにかしてこちらに引き入れられれば御の字だが…上に任せよう」
白いローブを身に着けた背の高い男と中肉中背の男二人が廊下を歩いていく。フードを目深に被っているせいで顔はほとんど見えない。男二人はある一室に入っていく。
「「失礼します」」
「どうぞ」
そう答える声の主は室内にも関わらず特徴的な帽子を被り、紅茶を飲んでいる。
「例の計画の方はどうか、“白ウサギ”」
「順調ですよ、“帽子屋”殿。いい感じに人数も集まり…同化も完璧かと」
背の高い男の方がフードを外し、出された紅茶を飲みながら笑った。
「陸軍の連中共もチョロいもんです、教団幹部が紛れ込んでいるということ、微塵にも気付いていなさそうです」
「そうか…それならいい。また変な欲出して痛い目に遭うなよ」
「勿論、重々分かっていますとも…。もうしばらくしたら陸軍内の居営生活ともおさらばですね…日本の軍も、落ちたものですねえ…」
そう笑い合いながら、帽子屋と白ウサギはお茶会のように紅茶を嗜みながらそんな会話をしているのだった……