【第2章】1話「執行者」
草木も眠る丑三つ時。男は自身に強い光を充てられ、意識を浮上させた。ゆっくりと目を開けるも、強いライトのせいでほとんど何も見えない。ふいに違和感を感じ、自らの体を見ると縄で縛り上げられていた。
「――ッ!――!」
声を出そうとするも口にガムテープを貼られているせいで言葉を発することはできない。ようやく目が慣れ、辺りを見渡す。そして分かったのは自分は大きな穴の中にいるということ。強いライトは、どうやら地上の重機につけられたものであること。
「ようやくお目覚めかよ、オッサン」
上から声がしたかと思うと、一人の人影がいつの間にかこちらを覗き込んでいた。逆光で表情は見えないが、かなり長身の男だということだけ分かった。
「オッサン。何で自分がこうなってるか分かるか」
「……」
長身の男の問いかけに黙る男。人影がもう一つ増えた。
「富田さん。これを…」
もう一人が長身の男――富田にタブレット端末を見せる。液晶画面の光で影に覆われていた富田の素顔があらわになる。端正な顔立ちに深い海のような蒼い目。喪服の如く黒いスーツを着ている。富田はタブレット端末を受け取り、読み上げ始めた。
「竹本茂。市議会議員。で、ありながら白の教団と深い関わりがある反社金村組の関係者。…おお、こいつぁ酷えな。人身売買か…件の女子高生拉致事件の時の鏡獣どもの素体にされていた奴らか」
富田が読み上げると議員の男の顔色がどんどん悪くなっていく。気にせず富田は続ける。
「お前、確か身寄りのない人や家出少女やら少年やらを保護するシェルター作ってたな。そいつらをヤクザに売って大金を貰ってたんだな?いい政策じゃねえのと思ったらコレかよ」
端末を側にいた者に返しながら富田は大きくため息をついた。
「俺達“執行者”はよ、お前みたいな奴を、社会に仇しか成さねえ奴をお掃除するためにいるんだわ…さっき読み上げた罪状、お前で間違いないな?」
議員の男は必死に首を振った。1羽のカラスがどこからか飛んできて、器用に男の口のガムテープを剥がす。
「ひ、ひ、ひ人違いだ!私はそんなことはやっていない!今すぐこの縄をほどいて私を解放しろ!さもなくばお前ら全員…」
「嘘」
富田が突然発した言葉に議員の男は固まる。富田はその顔にゆっくりと笑みを浮かべた。
「俺はねえ…人の嘘を見抜くことができるんだよ。お前のその真っ赤っ赤な嘘もな…それにちゃあんと物的証拠も揃ってんだぜ。ほれ」
そう言うと富田は穴の中の男に向かって紙と写真を投げ入れる。パラパラと降ってくるその写真は、紛れもない証拠たち。男の顔色がさらに悪くなる。追い打ちをかけるように富田は口を開く。
「あとな、ヤクザのほうは既にお縄なんだよ。そいつらの口からもあんたの名前が何回も出てきたぜ。認めるな?」
男…竹本はがっくりと項垂れる。そして次に襲ってくるのは死への恐怖。富田の先ほどの発言が思い起こされる。お掃除。
「頼む…頼みます殺さないでくださいお願いします殺さないでください……」
必死に命乞いを始めた竹本を嘲笑うかのように富田は鼻を鳴らした。そして重機…ショベルカーに向かって声をかけた。
「おーし!もういいぞ!埋めろ!」
ショベルカーが動き出す。竹本のいる穴に次々に土砂をかけていく。
「嫌だ、嫌だ…助けてくれ!誰か!助…」
「やかましい!」
富田が怒鳴り、思わず竹本は体をビクリと震わせ口を噤む。富田は竹本を昏い瞳で見下ろす。
「……人を売って貰った金での豪遊はさぞ楽しかったろう……地獄に堕ちるといい」
ショベルカーは次々に土砂を穴に入れる。竹本は必死に何かを叫びなから逃げようと藻掻いているが、縛られている身に何かできるわけもなく。土砂に埋もれ、段々悲鳴が小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。悪徳議員は生き埋めにされた。完全に穴が埋まり、富田はじめ他の者たちが退却していく時。
「――ッ!」
富田は異様な気配を感じ取り、すぐさまその気配の方向へ発砲する。見事に全弾当たり、何かが木からドサリと落ちてくる。銃を構えながらゆっくり近づく。
「…なんだコイツら…まさか、堕天使、か…?」
倒れていたのは2人。2人の背には黒い翼。ハーピィをはじめとした獣人とは違う気配。だが、悪魔でも天使でもない。発砲音に駆けつけた部下らに富田は片付けておくようにと命を下す。
(何か、嫌な感じだな…これは内海案件だな)
銃をしまいながら、富田は目を細めた。
【第2章】悪魔と堕天使編 開幕