【第1章】15話「潜む怪異」
「ほれ、ちゃんと元通りになったぞ。痛みはないか?」
「はい…!本当に本当に、なんとお礼を申し上げればいいか…」
「構わん。仕事だし、御船の非道っぷりはよく知ってるからな」
何度もペコペコと感謝する帆高を若干うっとおしそうに見る神埼。菊池が口を開く。
「御船…アイツどんどんやることがエスカレートしてきているな…普通目抉るか?…自分の能力自体は凄いというのに、使い方がなあ…」
ため息混じりに菊池がぼやく。菊池と御船の対立は今に始まったことではない。両者とも対怪異の際は手を組むこともあるが、それ以外の時にばったり出会おうものなら言葉の応酬が始まってしまう。
「あ、あの…椿さん、でしたっけ。あの時はありがとうございました」
帆高がハッとしたように椿に向かって謝意を述べる。
「あっいや、お礼言われるほどのことはしてないっすよ…アタシも胸ぐら掴まれた時は正直チビリそうだったし…」
「こらこら、女の子がチビるなんて言っちゃだめ」
照れくさそうに言う椿に菊池がそっと言葉遣いを注意する。そんな光景を見てか、心なしか帆高の顔色も良くなってきている。
「あのう…自分はこれからどうしたら良いんでしょう?御船少尉…真田大尉殿のところに戻らないとなると…自分はどこへ行けば良いんでしょう?」
不安そうに帆高が問う。それに答えたのは神埼。
「ああそれね。とりあえず新しく編入する隊を探すところからだな。これに関しては俺や菊池も手伝うぜ。んで、見つかるまでの間は住み込みでここ医務室の手伝いをしてほしい。勿論給料は出してやるぜ」
神埼の言葉に心底安心したのか、帆高は大きく息をついた。
「帆高さんよかったですね、取り敢えずの仮の仕事と住むところが決まって」
「何せ神埼だからな。面倒見が良い奴だ」
医務室をあとにした椿と菊池は駄弁りながら歩く。
「椿。今回の件もあるし、あの裏山を鍛錬場にするのはやめようか。御船はこの件で全く懲りてないだろうからな…もし希望があれば付き添いを頼んでもいいからな」
「はい、そうします」
菊池と別れ、自らの寮の部屋に戻る椿。ベッドの上にぐったりと横たわっていると誰かがドアをノックする音がした。椿がどうぞ、と言うとドアが開く。入ってきたのは…
「あっ!内海!帰ってきてたの?」
「ええ。無事悪魔討伐が終わったのでね。…菊池から話は聞いています。」
そう言うと内海は椿に歩み寄り、そのままぎゅっと椿を抱きしめた。
「攫われたと聞いた時は震えましたよ、もう心配で心配で…しかもその後に問題児騎兵に危害を加えられたときて…色々辛かったでしょう、怖かったでしょう。側にいてやれず、申し訳ない」
「わたくしも、椿様を守るべき立場に有りながら上手く立ち回れませんでしたわ。申し訳ない…」
内海の腕の中で椿はふるふると首を振り、内海も猫の姿のハチに対し気にするなという目線を送る。内海は日本でトップクラスの呪い師。故に国内外問わず出張も多く、いつもいるわけではない。そんな内海からの温もりを椿は堪能する。
「内海の香り、落ち着く」
「おや、そうですか?好きなだけ吸っていただいて構いませんよ」
内海の言葉に甘えてひしと抱き合う。若干ハチが嫉妬するような目線になる。ぱっと見細そうに見える内海だが、その腕は大きく胸板も厚い。内海は着痩せするタイプだった。一通り堪能した椿は内海の腕から離れる。そのまま2人は近況報告や世間話をした。
「そういえば…内海。あの事件知ってる?…串刺しの」
「ああ…勿論。こちらでも追っている事件ですよ。なかなか恐ろしい事件です」
串刺し。事件。最近、何人もの人間が森の中で串刺しになった状態で発見されるといったことが立て続けに起こっている。ニュースでも毎日のように報じられているが、犯人の目星がまだついておらず、捜査は難航していた。分かっていることは、犯人は人間ではなく何かしらの怪異であるということ。
「あ、いけません、もうこんな時間…またお喋りでも何でもしましょうね。最近物騒ですし、貴女は狙われている立場ですし、安全にはよーく気をつけるようにね。では」
そう言い残し、内海は去っていった。椿は手を振って送り出し、もう一度ベッドにダイブする。濃い1日だったためか、椿はそのまま眠りについた。
翌日。教室でクラスメイト…と言っても2人だが…と菊池の授業を受けていた。今回は呪い師関連の法律についての授業。小難しい単語が並び、椿の意識は眠りの底へと落ちそうだった。その時。
「菊池大尉殿!」
大きな音を立てて教室の扉を開いたのは宮崎。四人の視線が一気に宮崎に集中する。
「どうした…何があった。そんなに慌てて…」
現に宮崎の顔色は顔面蒼白といった感じである。そして僅かに目に涙を浮かべていた。ただ事ではない。皆がそう察した。そして宮崎は絞り出すようにこう言った。
「柏木…柏木中尉殿が…例の森にて…遺体で見つかりました…」