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朱月のアリス  作者: 白塚
第1章 騒乱の陸軍編
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【第1章】14話「私的制裁」



ショッピングモールから戻ったあと。椿は寮の裏山でランニングをしていた。いつも通りの道。が、ふと視界の端に何かが映った気がしてそちらを向く。視線の先には、ひとりの軍人。椿は首を傾げた。鍛錬をしている風でもなく、リラックスしているようでもない。むしろ、何かに怯えているような…


「あの、大丈夫っすか…?」


 椿が声を掛けるとハッとしたように軍人が顔を上げる。萌黄の兵科色に軍帽の五芒星の周りには桜葉。騎兵科…それも近衛。しかしその顔には血の気が無く、目には涙すら浮かんでいる。


「き、君は確か菊池大尉殿の…だ、だめですこんなところに来ちゃ…早く寮に戻って!」

「は、はあ!?なんだよ急に!こっちは鍛錬中…」

「…!あの人が来た…隠れて!」


 軍人はもはや突き飛ばす勢いで椿を押しやり、椿は近くの茂みに全身突っ込む羽目になった。


「んのやろ…」

「おや、もう来ていたのですね、帆高。感心感心」


 その声に思わず椿はびくりと固まる。この声は…忘れるはずもない。…御船だ。

バレないように、音を立てないように茂みの中で体勢を変え、そっと軍人…帆高と呼ばれた男と御船の方を見やる。帆高の顔色は真っ白でわずかに震えている。そんな帆高を嘲笑っているような笑みの御船に、八戸(腰巾着)もいる。


「さて、帆高軍曹。私が貴方をここに呼び出した理由は、分かっていますね?」

「………じ、自分のせいで…帽子屋…東を、に、逃がしてしまったこと、でしょう、か……」


 震える声で答える帆高。椿はそこで先程の菊池と野間の会話を思い出し、合点がいった。御船の部下への暴行は日常的と聞く。自分は、そんな恐ろしい場面に居合わせてしまっている。特に椿は御船に目をつけられている。隠れているのがバレでもしたら…


「流石は優秀な帆高軍曹。よく分かっているではありませんか。ですが…」


 次の瞬間、パァン、と甲高い音がした。…御船が手に持つ扇子で帆高を勢いよく殴ったのである。帆高は受け身を取り切れずその場に倒れる。


「…それだけではないのですよ、帆高軍曹」


 御船は屈み、扇子で帆高の顔を無理矢理上げる。帆高は切ったのか口には血が滲んでいる。


「…警察と共に近衛騎兵だからと任された帽子屋(罪人)の連行。それなのに罪人ひとりマトモに護送もできず、相手との内通者をも見抜けない始末…お陰様で近衛騎兵の信用は地の底ですよ。現に、ネットでも散々な書かれようですし」

「も、申し訳あ…」


 言い終える前に再び御船の扇子が帆高の頬を殴る。そして御船は帆高の胸ぐらを掴む。


「私がどれだけ手を回したか…お前にわざわざ命じておいたはずだぞ?内通者に気をつけろと…そして探し出せと…!」


 御船はそう言いながら何度も横たわる帆高の腹を蹴り上げる。


「ごぼぁ…っ!」

「おや、フフフ。苦しいでしょう?痛いでしょう?…………なんだ?お前のその眼は」


 ドゴォッ!


 さらに強く御船が帆高の腹を蹴り上げる。帆高は悲鳴を上げることもできないのか、呻き声すら聞こえない。


「ハァ、やれやれ。これだから出来の悪い部下は困る。…内通者すら見抜けず、上官に対しても反抗的な目つきをするのはこの眼だな?」

「ヒッ」


 御船は薄ら笑いを浮かべながら帆高の目をこじ開ける。


「ナイフ」

「はっ」


 御船の言葉に八戸が答える。帆高は震え上がった。


「い、嫌だ、どうか、どうかお許しを…アアアッ!」


 御船は容赦なくナイフを帆高の左目に突き刺した。


「グアアアアアッ!!」

「黙れ」


 ナイフを突き刺したまま御船が帆高の腹を殴る。がふうっ、という呻き声がし悲鳴が止む。…そして、御船は帆高の左目を…くり抜いた。


(なんだあれ…何だアレ何だアレ…!)


 椿は必死に口元を押さえて恐怖に耐えるのに必死だった。こんなことあっていいわけがない。止めなくては。でも怖い…でも…


「う、ううう…グウァ…」


 声にならぬ呻き声を上げる帆高。それを見て御船は笑った。


「さて。ではもう片方も…」

「…こんなこと…いくら御船少尉殿とは言え、ゆ、許されるはずはありません…!」

「…何だ、お前。まだ口答えする余裕があるとは」


 御船はフウ、と息をつき、左目が刺さったままのナイフを八戸に渡す。そして扇子を帆高の口に勢いよく突っ込む。


「ウグゥッ!?」

「口答えばかりする口は必要ないでしょう。…このままお前の喉を潰してやる。安心しろ、後でちゃんと治してやる」

「――ッ!」


「…オイ、ちょっと待てよ」


 3人の視線が一箇所に集まる。その先には茂みの中から立ち上がった椿。帆高の口から扇子を抜き、御船が薄ら笑いを浮かべながら立ち上がる。


「おやおや、これは椿さん…こんなところでお会いするとは」

「糞餓鬼…」

「…君…だめって言ったのに……」


 御船がゆっくりと椿に近づく。貼り付けたような笑み。だがその目は全く笑っていない。椿は恐怖を押し殺しながら御船を見据える。


「どうせすべて見ていたのでしょう?覗きをするとは、悪い子ですね」

「黙れよ、人でなし」


 次の瞬間、椿の体は横に吹っ飛んだ。扇子で殴られたのだということを理解するのにわずかに時間がかかった。


「――()っ…!」

「ハァ、本当に菊池(アイツ)の取り巻きはどいつもこいつも躾がなっていない」


 御船が倒れた椿の胸ぐらを掴み、無理やり立たせる。


「躾のなっていない子には…教育が必要ですよねぇ?」

「あ?お前みたいな奴から教わることなんかあるかよ」

「フフフ、強がりがバレバレですよ」

「は?何のことだよ」

「フフフフ、膝が笑っていますよ」


 事実、椿は御船のことが苦手、というより恐れていた。そんな男が目の前で部下を散々に虐め、甚振っていたのだから尚更だ。


「覗きをする悪い子は、どうなるか分かりますね?見ていたのなら尚更」

「少尉殿…!その子は関係ありません…!悪いのは自分ですから…!どうか…」


 帆高が必死に庇おうとするも、八戸によって動きと口を封じられてしまう。


「ああ、気に入らない。その目つき。だがそれが逆に嗜虐心が煽られてしまう……悪い子には、きつぅい折檻(お仕置き)が必要ですね」


 御船が扇子を振り上げる。椿は衝撃に備えてぎゅっと目を閉じる。だが、その衝撃が来ることはなかった。ゆっくりと目を開けると、御船の腕を掴む一人の影。


「…私の可愛い生徒を虐めるのは、貴様か。御船少尉」


 菊池である。御船は腕を振り払いながら鋭い舌打ちをした。そして椿の前にはいつの間にかハチが両手を広げる形で立っていた。


「…虐めるだなんて、人聞きの悪い。盗み見をしていた彼女に少々()()をしようとしていただけですよ」

「なら、彼はどうなんだ?目を抉ることが貴様なりの教育と?」

「大尉殿にこちらに口を出す権限は有りませんよ」

「だとしてもだ。いくらなんでもやり過ぎだろう……貴様は一体何人虐め殺せば気が済む!御船!」


 御船はああ煩いという風に耳を押さえる。


「虐め殺したなんて…彼らが勝手に決めた道ですよ。私だって悲しいんですよ?」

「…鬼畜の所業だな。とにかく、彼女に手は出させん。…それからそこの彼も連れて行く。いいな」

「…お好きにどうぞ」


 御船は態度の悪さを隠そうともせずに舌打ちをした。


「君。立てるかい」

「は、はい…」


 帆高に肩を貸しながら菊池は去ろうとしている八戸に声を掛ける。


「八戸、とかいったか。…こいつの左目を返してくれないか」


 八戸はナイフに刺さったままの帆高の左目を投げてよこす。そのまま2人は影に消えていった。


「師匠!良いんですか追わなくて…」

「ああ…追いかけて捕まえても無駄さ。アイツは軍の中だけじゃなく政界をはじめとした、その他諸々の世界に顔が効く男だ。奴の暴虐ぶりは今に始まったことじゃない。普通ならば即逮捕なところを、色んな力が働いて無罪放免となっているのだからな。憲兵にも警察にも突き出したって無駄さ」

「あんな奴を…野放しにしていて良い訳ないのに…!」


 椿はぎゅっと拳を握り込んだ。先ほどの菊池の台詞通りなら、すでに死人が出ているというのに…

 そんな様子を見た菊池は小さく笑った。


「…いつかは必ず、奴の悪行を曝け出させて罪人として捕まえる…いよいよ手がつけられなくなる前に」

「…はい」

「さて。帆高と言ったな。安心しろ、腕のいい軍医のもとに連れて行ってやろう。御船の下にはもう戻さん。だからもう安心するといい」


 帆高は何度も感謝の言葉を述べながら涙を流していた。そんな帆高に椿が問いかける。


「帆高サン…さっきの話して申し訳ないんだけど、御船が言ってた「治してやる」って…?」

「御船少尉の能力によるものです。…彼の支配下にある者の生殺与奪権を彼が握るのです。その中には治癒能力もあります…どれだけ酷い暴行を受けても治癒能力で元通り…という具合になるのです。時には治癒能力で怪我を治してさらに暴行、なんてこともザラにあります」


 椿の中に激しい怒りの炎が宿った。絶対に、許さないと。必ず捕まえると。


「椿様…初動が遅れてしまい申し訳ありません…わたくしも、あの男が苦手なものでして…」

「大丈夫。最後は庇おうとしてくれてたじゃん。さ、みんなで戻ろ」


 ハチは嬉しそうに頷くと、猫の姿になる。一行は寮へと戻っていった。

 




「ああ腹が立つ。いつも大事なところで邪魔をしてくる。祟り神め…あと少しで妹の方は手に入れられたかもしれないというのに」

「機会はまたきっと来ます。次こそは、上手く立ち回ってみせます」

「フン。どうだか」


 怒りを滲ませながら宣うのは御船。そしてそんな彼のそばにいるのは八戸。その顔にはあちこちに殴打跡が残っている。御船の八つ当たりである。八戸はどれほど御船に暴力を振るわれようと、御船への忠誠心は揺らがなかった。寧ろ暴力を振るわれている方が自分を見てくれていると喜びを感じるほどには、御船の狂信者なのだった。そして暴行とは、何も殴る蹴るだけのものではない。


「…八戸。お前はあとで私の自室に来い。いいな」

「はい」


 八戸は明日寝不足になることを覚悟した。御船は未だ菊池への怨嗟を口にしている。


「忌々しい祟り神にあの姉妹め…今に見ていろ…必ず私のモノにしてみせる…最後に笑うのは、()だ」

 

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