【第1章】13話「束の間の平穏」
帽子屋との戦いに幕を下ろしたあと。相手の狙いが椿であると分かった以上、単独で行動させるわけには行かない。任務中も、プライベート中であってもだ。外出時は誰かが必ず付き添うことが椿に義務付けられた。
「師匠〜!見てあれ!」
「わあ、美味しそうなスイーツがいっぱい」
椿は精神的なダメージを回復させるために一時休暇をとっていた。そしてこの日はデパートで開催されていたスイーツ展に来ていた。護衛は菊池。
「じゃあ私はショッピングをしてくるね。おふたりとも楽しんで!」
そう言うのは百合。百合も一度襲われた身である為、百合にも護衛が付いている。護衛は野間。
「よ〜し…いっぱい食うぞ甘いモン!」
「お〜!」
椿も菊池も大の甘党であった。菊池も普段の硬い話し方ではなく、若干可愛らしい口調である。ギャル大尉という呼び名がつくほどには…
「いちごクレープうま〜」
「私のチョコバナナのも美味いぞ、一口どうぞ」
「うま〜!」
「わたくしにも…」
「はいよ」
「なんと…美味…!」
「フワフワのパンケーキ…うま…師匠いちご1個ちょうだい」
「え〜…しょうがないなあ、はいどうぞ!」
「抹茶パフェ美味し〜!口の中の甘さリセット〜!」
「コーヒーゼリーもうまいな、すっきり」
「一口ちょうだ〜い」
「椿にコーヒーはまだ早いんじゃないか?」
「ハァ!?いくつだと思って…あむ…う、苦…」
「ほぉ〜らご覧。ウフフフ」
「フフフ、椿様、お可愛らしい…」
「ああ〜食った食った…甘くて美味しかった〜」
「今日のお目当ては達成できたかい?」
「ハイ!」
「じゃあ、甘いものいっぱい食べたし…〆、行っちゃう?」
「し、〆…!?」
〆という菊池の言葉に目をキラキラさせる椿とハチ。菊池はそんな椿をみて笑いながらついておいで、と歩き出した。そして菊池が歩みを止めたところは…
「ら、ラーメン!!」
「ここ、私のお気に入りのお店でね。いつか連れてこようと思っていたんだ」
「らあめん…気になりますわ…!」
2人は店内に入り、豚骨ラーメンを頼む。麺の硬さは勿論カタ。そして2人の前にラーメンが置かれる。鼻腔をくすぐる豚骨の香り。あれだけ甘いものを食べまくっていたにも関わらず椿はおなかが鳴りそうな気がした。
「「いただきます…!」」
椿はチャーシューから、菊池はスープを一口目に運ぶ。
「「うま〜…」」
濃くもさっぱりとしたスープに味が染み込んだチャーシュー。噛み応えのある麺に薬味としてネギがいい味を出している。正しく、絶品。ハチは椿の味覚を通して味わっている様子である。2人ともしっかり替え玉を頼み、お腹いっぱいになった2人はラーメン店をあとにした。
「ふう…甘いモンもラーメンもめっちゃ食べちゃった…うう…急に罪悪感…太っちゃう〜!師匠だけスープ全飲みするし!我慢してたのに〜!」
「ワハハ、私はね、太らない体質なのだよ」
「ムキ〜!」
「そう怒るな、いつも通り鍛錬と任務こなしてたら余裕で今日食った分のカロリー1日で燃やせるぞ」
そんなことを話しながら百合と野間と合流する。百合の両手にはたくさんの紙袋。野間は心なしか疲れたような顔つきである。
「姉ちゃん!」
「椿〜!いっぱいお洋服買ったよ!椿の分もね」
「椿ちゃんが選ばなくてよかったの?」
「あー、うん…アタシあんまりオシャレに興味なくて…服もほとんど姉ちゃんが買ってくれたやつなんだよね」
ほ〜と頷く野間に菊池が声をかける。
「お疲れのようだな」
「そりゃあ…俺もファッションとか興味ないですし…あちこち連れ回されたり「どっちが似合う?」なんて聞かれたり…どっちも可愛いって言うと怒られるし…世の中の彼氏さんってすげえんだなって思いましたよ…」
そんな野間を菊池が笑っていると、不意に野間が真顔になった。
「それより大尉…ごほん、菊池さん。ニュース見ました?」
「ニュース?」
なんのこっちゃ、という顔をする菊池に野間が自らのスマホ画面を菊池に見せる。そこには…
『‘白の教団’幹部運ぶ護送車 何者かの襲撃に遭い大破』
「何だ…これは…」
「記事曰く、死傷者も出ているみたいです。護送していたのは警察と…近衛騎兵の呪い師たちです。そして…護送されていた帽子屋は、逃亡した模様です」
菊池は絶句する。そんな2人の様子を見て、榊原姉妹は何となく事情を察する。野間はさらに続ける。
「この近衛騎兵たちですが…どうやらその中に裏切り者、つまり内通者がいた模様です。その内通者は射殺されてしまった為、事情はもう聞けませんが…」
「誓約の術を解いた以上、奴は教団には戻れまいが…この男は椿に執着していた。より一層気をつけねばなるまい…ってまだ内通者いたのか…陸軍やばいな」
「それから…」
「まだあるのか、言ってみろ」
野間は表情を陰らせつつ、言いにくそうにこう言った。
「その…騎兵呪い師達の所属ですが…あの御船が所属している、真田さんとこの隊です」
「……」
菊池は頭を抱えた。もしそれが本当なら、今頃彼らは…
「あとで私が様子を見に行こう…椿!百合!さ、そろそろ帰るとしよう。あんまり遅くなると叱られちゃう」
「はーい」
「うす。…帰ったらランニングしよ…」
こうしてのんびりとした休日は終わってゆくのであった。