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朱月のアリス  作者: 白塚
第1章 騒乱の陸軍編
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【第1章】12話「変身」



 一方、監獄竜は椿を再び捕らえるべく、菊池らが空けた天井の穴付近に近づこうとする。対峙するのは百合と菊池。そして、2人の影が歪み、人形ではない形をとり始める。


 2人は“変身”してゆく。やがて現れたのは白い羽毛に覆われた竜と禍々しい気配を放つ黒い獣。


 白い竜――百合は人の姿の時と変わらぬウェーブがかった長髪を残し、角も人の姿の時と同じ。フワフワもふもふとした気高そうな立派な竜。

 対して黒い獣――菊池の姿は“怪異”そのものだった。4つの金色に輝く目。血の色の大きな角が二対。耳まで裂けた口に、胸元にももうひとつの口。3対の脚に背中からは鋭そうな突起が飛び出し、禍々しいオーラを放っていた。


「祟り神。あれが…陸軍の祟り神……」


 兵の誰かがそう呟いた。菊池こそが、陸軍の、ひいては日本の祟り神でありながら守護神と呼ばれる存在だった。


 百合は大きな翼を広げ、1体の監獄竜に襲いかかる。しかし、監獄竜の守りは堅く攻撃が通らない。百合はすぐに距離を取り、監獄竜に向かって炎を吐く。しかし僅かに動きが鈍っただけで完全に動きは止められない。


(もう、こいつ…どうすればいいのよ!)


 心の中で百合は叫ぶ。監獄竜もやられてばかりではない。装甲のような鱗を活用して突進してきたり、尻尾をスイングさせて攻撃を仕掛けてくる。一発でも当たれば動けなくなると百合は理解していたゆえ、迂闊に近づけない。その時、百合は竜に妙なものが刺さっているのが見えた。あれは……脇差?

 百合は一か八か、脇差に向かって飛び、柄を口でくわえ勢いよく引っこ抜く。すると、刺さっていた部分の装甲が落ちる。弱点が無いなら作り出せば良かったのだ。百合は叫ぶ。


「清口さん!私がこいつを抑えます!あの鱗がない部分に!式神を撃ち込めますか!」

「…!?撃てないことはないが…やってみよう!」


 答えを聞くと百合は再び監獄竜に飛びかかる。物凄い力で抵抗してくる監獄竜。百合は必死に抑え込む。清口は普段使う紙片よりもやや大きい紙片を取り出し、ダツではなく、カジキの姿に変化させる。…そして。


 バシュッ!


 百合が上手く抑え込めたのと清口の正確な飛ばし方により、大きなカジキは装甲のない部分に深々と突き刺さった。


 ギャアアアン!


 激痛に監獄竜が悲鳴を上げる。


「刺さって痛いだけじゃないぜ。死にな」


 清口がそう呟いた否や、刺さったカジキから清口の妖力が溢れ出る。例え相手が竜であろうとも、体内で暴れ回る妖力に耐えきれるはずもなく。百合の相手の監獄竜は内側から崩壊するようにボロボロと崩れていった。


 一方、菊池はというと。獣の体に大きな翼を生やし、監獄竜との空中戦を行っていた。…本当は憎き帽子屋を相手取りたがったが、自分が出張る前にあっさり捕まってしまった。不完全燃焼のまま監獄竜を相手していた。


「む。百合の方はもう終わったのか…ならば、私もそろそろお遊びは終わりにしようか」


 言い終わらぬうちに菊池は監獄竜の首筋目掛けて突進する。竜は自分のカタさには自信があるのか、迎撃する構え。そして菊池は竜の首筋に噛みつく。


 バキッ!ベキベキベキッ!


 グギャアァン!


 竜の装甲の硬さより、菊池の歯の頑丈さ、顎力の方が上回ったのだ。予想外の結果に監獄竜は悲鳴を上げて床に激突する。しばらくのたうち回っていたが、首から溢れ出る血に沈む形でやがて動かなくなった。菊池は口の周りについた竜の血を舐めながらその様子を眺めていた。誰もが戦闘終わりと判断した、その時。菊池が叫ぶ。


「戦闘態勢をまだ解くな!鏡獣がたんまり出てきおった」

「菊池大尉…!あれ…人の形をしてます。…まさか…」

「そのまさかだな。獣だけかと思いきや…人を素体にしているのも一部いるな…一体どれだけコイツらは人を攫ったんだ、忌々しい」


 菊池が舌打ち交じりに吐き捨てる。すると、天井の穴から地下の広間にひとりの銀髪の男――御船がすとんと降りてきた。


「菊池大尉殿。鏡に取り込まれた人間の方の鏡獣は大尉殿におまかせします。何やら策がありそうですし。私はそうじゃない方の鏡獣を相手します。構いませんね?」

「…そうだな。ならば貴様に任せよう。ただし。こっそり鏡獣にされた人間を研究用になどと言って連れ帰ったりするなよ」

「勿論です、大尉殿」


 菊池は鏡獣の素体にされている人々に向かって走り…喰らい始めた。


「…ッ大尉殿!?それは殺してはいけないのでは…」

「待て清口。…きっと何かお考えあってのことだろう。現に大尉は彼らを咀嚼せず、丸呑みにしているんだ。大尉殿に任せよう」


 焦った様子の清口を佐々木が制す。


「俺たちは殲滅する方の鏡獣を相手どろう、あの騎兵に戦績ぶんどられる前にな」


 御船は迫りくる大量の鏡獣たちを眺め、扇子で自らを扇いでいた。御船は何やら手のひらサイズの狼のぬいぐるみのようなものを取り出すと勢いをつけて放り投げた。


「来なさい、フェンリル。あの化け物どもを全員喰い殺しなさい」


 ぬいぐるみが一瞬にして膨張したかと思うと大きな狼の姿になる。フェンリルは御船の命令を受けて駆け出し、鏡獣たちを蹴散らし、喰らい始めた。さらに後方にいた鏡獣たちを炎が覆い、焼き尽くしていく。佐々木だ。


「御船少尉!アンタだけの手柄にはさせないぜ」

「私は別にあなた方と競ってなどいませんが…まあ、それでも私のフェンリルには及ばないと思いますがね」


 口元を扇子で抑え、クスクスと笑う御船に佐々木は話しかけるんじゃなかったと後悔した。佐々木の炎、清口の式神、狼人間の古賀、御船のフェンリル…こうして、鏡獣たちは一斉に掃討され尽くした。皆が肩の力を抜いたとき、祟り神の姿の菊池が憲兵のところへ猛スピードで走ってきた。そして、そのまま拘束されていた帽子屋――東をも菊池は呑み込んだ。


「うおおっ!?」

 「ちょ、ちょっとあんた!重要な参考人だと言うのに…」

「説明もなくすまんな、術を解くためでね」

「術…ですと?」

「ああ。詳しくは上に戻ってから話そう」


 慌てた憲兵を宥めると菊池は佐々木と清口、そして御船らの方へと向き直る。


「貴様らのおかげでスムーズにことが進んだ。ありがとう」

「軍人として、責務を全うしただけです」

「フフフ、私の助太刀が役に立ったのなら光栄ですね」


 そして一行は椿の捕らえられていた地下広間から地上に戻った。そこは和風の大きなお屋敷であった。


「まさか教団が反社と手を組んでいたとはね…だが一斉摘発できただけ良しとするか…」


 菊池がそうつぶやきながら裏口へと向かう。玄関口は突入の際、トラックで突っ込んだため出られなくなっているのだ。


「組事務所にトラックで突っ込むの、フィクションの世界だけかと思っていました…」

「そうか?意外と事例あるぞ」

「そ、そうなんですか…いやだとしても、軍もそういうことやるんだなあって…」


 清口と佐々木の会話を聞きながら一行は裏口に回り、外へ出る。ちなみにトラックで突っ込んだのは佐々木である。そこには憲兵に保護された椿を百合、美幸、そして椿姫(ハチ)が丁度抱きしめている場面だった。白川は椿に何やら言葉をかけている。椿が菊池らに気づく。


「あ!師匠!」

「椿。無事だったか。怖い思いをしたろう、守ってやれずすまなかった」

「し、師匠…」


 祟り神の姿でフワフワしている菊池に抱きしめられた椿は不安の糸が千切れたのか、菊池のもふもふの胸元に顔を押しつけて泣き始めた。そんな椿を菊池は優しく撫で、心配そうにハチが見守る。


「良いところに水を差すようで申し訳ないのですが…菊池大尉殿。鏡獣と帽子屋を飲み込んだのはなぜです?」

「それはな…まず鏡獣たち。私が相手したのは生きた人間を素体としたもの。以前はリュウが何とかしてくれたのだが…いつもいつもリュウに頼るわけにはいかん。

 彼曰く元の人間に戻すためには、体の中に入っている鏡獣を倒すこと。そうすれば、大刀洗や寺田のように元の人間に戻すことができる。鏡獣は私の体内では生きていられない。後でみんな吐き出してしまえば、その頃には皆もとに戻っているだろうよ」

「なるほど。腹の中のものは出し入れできるのですね」


 御船が興味深いといった表情で頷く。

 

「まあな。…そして帽子屋。帽子屋を飲み込んだ理由は、制約の術を解くためだ」

「制約の術…あの、白ウサギの件ですね」

「そうだ。貴様が以前推理していたように、教団の秘密をべらべら喋ったりしないよう…口封じの術。それを解くためだ。そうすれば捜査も一気に進むだろう」

「なるほど。祟り神…大尉殿の体は本当に便利なのですねえ、興味深い…」


 御船はそう言い目を細める。菊池は抱きしめていた椿から腕を離す。


「もう大丈夫か?」

「はい」

「お前は強いな…」

「師匠…どうしてここが分かったんですか?呼んだ、て言ってましたけど…」

「怪異は大概名を呼ぶとそちらに惹かれていくんだ。あとは、私と椿の間に仮留め状態とはいえ、魂どうしを紐付けていた、てのが一番の要因さ… さて。もとに戻った人々を解放するとしよう。ついでに帽子屋も」

「はい!」



 *



 菊池の言う通り、吐き出された者たちは鏡獣の姿からもとの人の姿に戻っていた。帽子屋を吐き出した際、帽子屋は気絶していたためそのまま護送車に乗せられていった。ハートの女王とやらを逃がしてしまったのは痛いところだが、幹部級の者が2人も消えたのだ。教団へのダメージは大きいはずだ。しばらく教団関連の事件がなくなると良いな、と思う菊池だった。


 

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