表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱月のアリス  作者: 白塚
第1章 騒乱の陸軍編
10/41

【第1章】10話「勇者の伝説」



「ん、んんぅ…」


 いつの間にか眠りについていた椿はゆっくりと意識を浮上させた。そして体に違和感を感じ目を開ける。椿は椅子に拘束されていた。手首と足首、そして胴を椅子の枷に拘束されているという具合だった。何があったのか椿は痛む頭でできる限り思い出そうとする。…確か自分は…腹に監獄を持つ竜に捕まって…それから…


「ようやくお目覚めのようね。その椅子は座り心地がいいでしょう」


 聞こえてきた女の声に椿はハッとして顔を上げる。そこには自分を攫った帽子屋と、狐面に赤いワンピースドレスを着た女。


「まずは自己紹介ね。私は七隈 冬(ななくま ふゆ)。この教団では“ハートの女王”なんて呼ばれてたりするわ。こっちが東 圭一(あずま けいいち)。見ての通り“帽子屋”よ」

「ちょっとちょっと、なぁんで俺の名前も言っちゃうかなあ…出さないでおこうと思ったのに…」

「あら、そうなの?でも言ってなかった貴方が悪いわよ。…さて、そこの貴女…椿、といったかしら」

「…ンだよ、これ外せ」

「まあ、全くもって言葉遣いがよろしくないわね。初対面の相手には普通挨拶でしょう?」

「ふざけんな。何が挨拶だよ。人のこと攫っておいて」

「そうね、確かに多少強引だったわね…非礼はお詫びするわ…でも怪我は治してあげたのだからそこは感謝してもらいたいわね」


 狐面を着けているせいで女…七隈の表情は読めない。その時椿はハッとしたように心の中に問いかける。


(ハチ…ハチ!おい、聞こえてないのか!?返事してくれ!ハチ!)

「もしかして椿の精霊…“椿姫”をお呼びになってるのかしら?」


 見透かしたように言う七隈を椿が見つめる。


「その椅子、精霊や悪魔を調伏するための椅子なの。だからその椅子に囚われている間は力は使えないわ、なんたって封じの枷なのだから」


 椿は舌打ちした。椿が強いのは椿姫――ハチの力を借りているからなのであって、それ以外は身体能力抜群というだけの一般人にすぎない。


「なあ、何のためにアタシを攫ったわけ?ハチ…椿姫の力が欲しいのか?」


 そう問う椿に、七隈はわずかに考えるような仕草をしたあと、逆に椿に問いかけた。


「貴女、私たち鏡鳴教の一番の目的はご存じかしら?」

「そりゃあ…えっと…鏡の悪魔の召喚」

「ええ、その通り。貴女は鏡の悪魔を喚び出すための重要な鍵なの」

「…鍵……?」

「白ウサギ…八木と彼の鏡獣と戦ったことは覚えているわね?あの時、鏡獣は貴女のことを攻撃できなかったでしょう」


 八木との交戦はまだ記憶に新しい。…確かにあの時、今思い返せば不自然なくらい鏡獣たちは寄ってこなかった。そして、大刀洗の突然の停止。


「貴女方は鏡獣の支配に対抗した元の体の持ち主の自我による妨害…とでも考えたかもしれないけれど、実際は鏡獣は榊原椿を襲えないということの証明よ」

「違う。アレは大刀洗さんの抵抗だ」

「…まあ、どちらでもいいわ。それで、どうして鏡獣たちは貴女を襲えないと思う?」


 全く身に覚えもないしピンともこない。そんな椿を見てか帽子屋――東がくつくつと笑った。


「お前もしや、鏡の悪魔の伝説を知らないな?」

「伝説…?」

「知らねえんだろ。んじゃ俺が教えてやるよ」


 帽子屋はそう言うと、その伝説を語り始めた。





 今から数千年前。ひとりの少女がこの世界に落ちてきた。彼女の名は愛莉珠(アリス)。そんな彼女を最初に見つけ、共に行動する仲になったのが鏡の悪魔だった。少女はこの世界を「不思議の国のよう」と言った。鏡の悪魔と協力し元の世界へと帰る方法を探しながら、アリスは海渡り(世界と世界を跨ぐこと)で手に入れた力で各地の人に害なす怪異を祓って回った。強力な呪い師となった彼女は、「勇者」と呼ばれるようになった。


 しかし、そんなアリスを危険視する勢力が現れ、彼女を暗殺する計画が練られた。それをいち早く察知した鏡の悪魔は、大切な友であるアリスを守るため、弱い自分の力を鏡で反射(リフレクション)させ大きな力を得ようとするも体が保たず失敗、暴走した。勇者アリスはそんな鏡の悪魔を止めるため対峙、相討ちという形になる。死の直前、彼女らは誓う。生まれ変わったら、次こそはずっと一緒にいようと。




 *




「……というのが鏡の悪魔、そして勇者アリスの伝説だ。これで分かったか?鏡獣たちは鏡の悪魔の眷属。主人の大切な人は襲えない。つまりお前はアリスなんだよ」

「ちげえよ、榊原椿だよ」


 帽子屋は深々とため息をついた。その代わりに七隈が口を開く。


「人の魂は輪廻する。アリスの生まれ変わり、もしくはアリスの魂の器になりうる人物。それが貴女。人間の輪廻転生は記憶も人格も変わってしまうけれど、悪魔は違うわ。まったくもって同じ状態で、寧ろ強くなって生まれ変わるの。…鏡の悪魔を呼び寄せるにはアリスは必要不可欠。だから貴女にはここに来てもらったの。帰すわけには行かないわ」


 きっぱりと言い切った七隈を椿が睨みつける。


「帰すわけにはいかないって…全部そっちの都合じゃねえかよ!鏡の悪魔を召喚して、鏡の世界とこっちの世界つなげて何するんだよ」

「鏡の世界とこの世界。交わればきっと素敵な世界になるわ。伝説では鏡の悪魔の体は大きな力に耐えきれなかったけれど、今は違うわ。力に順応した体を手に入れている。鏡の悪魔は今や神をも超える全知全能なの。彼女ほど世界の長にふさわしい人物はいないわ。

 …だから安心して。鏡の悪魔はきっと貴女を大切にする。私たちも貴女を殺したりはしないわ。それに、貴女がここに留まってくれると誓ってくれたなら、貴女の仲間達…民間人には手を出さないって約束してもいいわ。どう?」


 鏡の悪魔について興奮したように話す七隈。椿はここがカルト宗教であることを思い出す。そして、七隈の提案の答えだが――


「いいや、絶対に誓わない。アタシらの目的はお前らをぶっ潰すことなんだよ。鏡の悪魔なんざ絶対に顕現させない」

「……」

「ハッハッハ、ガキのくせになかなか言うなあ」


 七隈は黙り、東は笑う。七隈は何処からか鞭を取り出した。


「そう…話したら分かるようないい子だと思っていたのだけれど…私が思っていたより頭の悪い子みたいね」


 鞭をしならせながら近づいてくる七隈。椿は体を仰け反らそうとするも、拘束椅子のせいで身動きできない。


「おい…アタシに手出さないんじゃなかったのかよ」

「手を出さないとは言っていないわ。殺さないって言ったの。それに傷ならつけても癒せばいいだけのこと。…それに、これは教育の範疇よ。鏡の悪魔を悪く言うことは許さないわ」


 そうして、七隈は鞭を振り上げた。東は相変わらず暇そうに欠伸をしていた。鞭が、振り下ろされる。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ